1章:旅の仲間



「リュウ、届いてるか?」
秘書は、目的語なしの俺の会話にも随分慣れたのか、問いもせずに、
「はい。昨日お話されていた、出張の装備ですね。届いています。」
ファイルを整理していた手を止め、ジュリアス様から届いていたらしい装備一式を乗せたワゴンを、俺の執務机の脇に付ける。中身を改めて確認しながら、
「ソル様の分も、こちらに届いています。量がありますので、俺が執務室へお届けしましょうか?」
視線を上げ、俺に問う。
「いや、俺から渡すようにという意図だろう。あるいは、俺の部屋でブリーフィングをなさるおつもりかもしれん・・・。」
言い終わらぬ内に、
「あの後、特に内線やメールのご連絡はありません。問い合わせますか?」
と先が促された。俺は、椅子に座ったまま、その長身をなんとなくぼんやりと見上げてしまう。リュウは、形の良い黒い眉を少し寄せ、少し不安そうな表情を覗かせて問うた。
「何か、俺、また変な事を申し上げたでしょうか?」
おかしくなって、
「いや・・・。」
俺は、クス、と思わず小さく笑ってしまってから、
「実に的確な支援で恐れ入っただけだ。問い合わせてくれ。」
と繋いだ。滅多に褒めないせいか、リュウは顔を少し赤らめてから、
「は、はいっ。」
と勢い良く頭を下げ、早足で内線まで移動すると、ジュリアス様の部屋に連絡を取った。程なく、既に俺とソルに入っていたアポイントの合間を縫ってブリーフィングの時間が設定された。

指定の時刻の1分前にジュリアス様は、俺の部屋に姿を見せた。
「執務には慣れたか。」
執務室の隣に整備されている私室で、俺とソルは、ジュリアス様を迎える。私室に足を踏み入れるなり、ジュリアス様は威圧感を与えぬようにか、笑みまで浮かべ、普段より数倍柔らかな声音で、ソルに尋ねたが、ソルは返事を返さない。無意味な沈黙に俺の苛立が募る。数十秒の沈黙の後、ソルは、何か言いたげに、視線を彷徨わせた後、
「は、はい・・・す、少し、慣れました。」
と、真下を向いて、蚊の鳴くような声で応えた。俺はメッシュ頭をどつきたい気持ちを、自分の前髪をぐしゃと潰し、溜め息を吐き出す事でなんとか抑えた。俺だって、これでも随分、持ち前の忍耐力で耐えてきた方だ。第一、お子様達の世話は夢の守護聖曰く「炎の守護聖の十八番」だ。だがしかし、ソルのこの宥めても梳かしても響かぬ態度には、俺はずっと振り回されっぱなしで・・・まして、振り回されるのが、俺ではなくジュリアス様となれば、俺の苛立も増すというものだ。
「オスカー。良い。とにかく座れ。」
ジュリアス様は、仕方なさそうにクス、と笑ってから、俺とソルに着席を促した。リュウがエスプレッソ2つと、オレンジジュースを持って入室し、テーブルに置いて退室するまでの間、ジュリアス様は他愛のない問いかけをソルに対して行っていたが、ソルの答えはいつも通り、曖昧なものばかりで、流石の俺も、「ジュリアス様の前だ」という自制心では対処しきれず、堪忍袋の尾が切れた。
「お前なぁ!」
俺の声に、ビクッ、とソルの両肩が何かに掴まれたように反応する。
「良い。オスカー。お前の労苦を少し味わってみたかっただけだ。」
ジュリアス様は、軽く右手を上げて、俺を制する。
「ですが・・・。」
ジュリアス様がこれだけの気遣いを示して下さっているというのに、普段の態度から一向に変わる気配のないソルに、なんとも俺はやるせない気持ちになる。
「ソル。お前も、苦労しているな。慣れぬ事ばかりで、さぞ気苦労も多かろう。」
ジュリアス様は、ソルに向かって、再び笑みを見せた。・・・なんだか別方向で、俺は更に憤りを覚えてしまいそうだ。
「はっ、はい・・・。」
そこは勢いよく頷くところじゃないだろうが!と胸中で突っ込みを入れながら、腿の上の拳を握りつぶして耐える。
「さて、このままでは出張前にオスカーが胃痛で音を上げぬとも限らぬ。」
ははは、とジュリアス様は朗らかに笑いながら、
「本題に入ろう。」
もってきたファイルを俺とソルの前にそれぞれ配布する。
「今回の出張だが、あまり大掛かりなものではない。半日も視察してもらえば良い。」
俺はファイルを開く前に、ジュリアス様の瞳をじっと見て、話を聞く事に専念する。ジュリアス様は、いったん言葉を切り、俺に向かって頷いてから、ソルに視線を戻した。それに促されるように、俺も隣に座るソルに視線を移す。まだ少年とも少女ともつかないその細身の身体は、ちょこんと、ソファに浅く掛けている。
「もしかしたら、ソル、お前も気づいているかもしれぬが・・・。」
ソルの視線は、ジュリアス様の瞳を、見つめていた。この強い群青が、怖くはないのだろうか。あるいは、そういう通常の感情は、この少年からは欠落しているのかもしれないと俺は改めて思い直す。
「実は、先代の水の守護聖、リュミエールが、まだ聖地内に居る。」
驚いた様子もなく、ソルはジュリアス様を、ぼーっと見続けていた。
「此度の出張は、オスカーと、リュミエールに同行して欲しい。お前のサクリアはまだ不安定だ。引き継ぎも満足に出来ず、リュミエールがお前の指導に当たれなかったことも関係しているかも知れぬ。オスカーからの指導も引き続き受けながら、出張中は、リュミエールからサクリアのコントロールについて、指導を受けると良い。」
ジュリアス様が、分かったか?と促すと、ソルは、コクリ、と頷いた。返事をしろ、と俺が口を開きかけると、ジュリアス様が軽くまた手を上げる。
「〜〜〜・・・。」
思わず唇が空気を食んで、力なく結ばれる。
「リュミエールが聖地にいることは、極秘中の極秘だ。ソル、決して他言してはならぬ。良いか?」
ジュリアス様が少し顔を近づけるようにして言うと、
「は、い・・・。」
小さく、ソルも声を出して応え、俯いた。ジュリアス様は、陛下や新たな女王候補とのやりとりを通じて、どうも年下の者の扱いに存外慣れていらしたようだ・・・と俺はある種の感慨を覚える。
「では仔細について確認しよう。」
ジュリアス様は、ファイルを開くよう、俺たちに促した。

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ソルとのブリーフィングを終え、リュミエールの部屋に移動する最中、俺はジュリアス様の半歩後ろを付きながら、思わず口にしていた。
「・・・申し訳ありません。」
ジュリアス様は、歩みを止め、「うん?」と振り返ると、俺を見上げた。いつもながらの群青に、思わずたじろいでから、
「いえ・・・。その。指導も不十分ですし。・・・ジュリアス様のソルに対する態度を拝見していて、私自身の未熟さを改めて感じました。」
胸中を明かした。ジュリアス様は、ふ、と口元だけで笑ってから、
「そのようなこと。私は日常的にソルと接している訳ではない。ルヴァにも指摘されたのだ。瞬間湯沸かし器と揶揄されているとな。」
言いながら、口元に指先を当て、クスクスと笑った。ルヴァ、アンタは、なんつーことを・・・と思いながら、
「あれは・・・。」
反論しかかった俺に、
「良い。そう評しているのは、ゼフェルかオリヴィエ辺りであろう?私も鈍いばかりではない。・・・いずれにせよ、普段からお前はソルと接しているのだ、たまに接する私が多少の寛容さを見せるのとは意味が違う。そうであろう?」
言葉を無くして、俺は恐縮する。
「お前の労苦を知りたいと言ったのは、本心だ。私も、自分があの者の世話係であったなら、厳しく接するだろう。それは、或いは、お前の比ではないかもしれぬ。」
少し視線を下げて、ジュリアス様は、
「・・・だが・・・。」
と小さく続け・・・俺の先を促す視線に気づいて、はっと視線を上げると、
「済まない。あの者が不安定なのは、あの者のせいだけではない。戸惑っているのは、私も同じなのだ。」
と締めた。俺が意味を取りかねていると、リュミエールが地下に下ってから、よく見るようになった、辛そうな笑みがジュリアス様の顔に浮かぶ。白く、体温の低い指先が、俺の頬に、つ・・・と、伸ばされて僅かに当てられる。
「このような場で、話す事ではなかったな。忘れてくれ。」
ジュリアス様は、何かを振り払うように、手を下ろすと、そのまま再びリュミエールの部屋に向かって、足を速める。ジュリアス様らしからぬ様子に、俺は妙な胸騒ぎを覚えながら、後に続いた。

扉の前に着くと、ジュリアス様はいつものように、ノックを二回して返事を待つと、「ジュリアスだ」と短く低く告げ、迷い無く中に入った。
「お珍しい。例のブリーフィングですか?」
そろそろ来る頃と分かっていたのか、リュミエールは、暖めてあったらしい茶器に近寄る。
「いや、構わずとも良い。すぐに戻る。」
ジュリアス様が手を挙げると、リュミエールは茶を準備しようとした手をとめ、この部屋では唯一の調度品とも言える、俺とジュリアス様に簡素な備え付けのテーブルに付けられた木の椅子を勧め、自分は演奏用の丸椅子をテーブルの側に移して座った。
ジュリアス様は、座るつもりがなかったのか、少し逡巡した後、勧められるままに、椅子に腰をかけ、俺とソルに渡した書類をリュミエールに渡す。
「後で中を確認して欲しい。仔細はオスカーには説明してある。」
短く告げてから、袖口から、徐に銀のバングルを取り出す。
「お前が装飾品を好まぬのは、私も知っているのだが・・・。」
机の上に、コトリ、とそれを置いてから、息を吐き出してから、一気に言った。
「この部屋から出る為に、どうしても必要なものだ。今、身に着けて欲しい。」
じ、と机の上のバングルに視線を注ぐリュミエールに、俺はソルのぼーっとした視線を重ねてみてしまう。が、バングルは、直径5センチはあろうかという大ぶりの蒼い石が嵌め込まれていて、いつだったか、俺がルゥに無理矢理填められたような、植物の蔦のような形をなしていた。リュミエールにとっては、相当抵抗があるであろう形で、俺はリュミエールが填めたがらないのは無理も無いとも思っていた。しかし、意外にも、リュミエールはそれを手に取ると、するりと、自分の左手首に填めた。
「サイズが、合わないようですが。」
相変わらず感情の読めない能面と、平坦な口調で、リュミエールが疑問を口にすると、
「二の腕まで上げて装着するものだ。」
とジュリアス様が答える。リュミエールが能面のままに、それを二の腕まで、引き上げる。リュミエールの二の腕は、肘から先と違い、男にしては細い。案の定、バングルは止まる気配がない。リュミエールが再び疑問を口にする前に、ジュリアス様は、
「オスカー。サクリアをその石に込めよ。」
と短く告げた。突然の自分への指示に、少し驚きを覚えながらも、俺はサクリアを精錬し、その石に込める。と、パン、と弾けるような渇いた音がして、リュミエールの二の腕の半ばで、バングルはまるで吸い付くようにピッタリのサイズになった。蔦の形が、上下に少し伸びて、変形したような気がする。それに、石が、さきほどはただの青い石に過ぎなかったが、今は金が沢山練り込まれた瑠璃のように煌々と光っていた。ジュリアス様は、リュミエールの腕を確認するように一度取ると、「うむ。成功しているようだ。」と独り言のように言った。
「重さを感じません。」
リュミエールも独り言のように言う。
「ある種の呪物のようなものだ。オスカーのサクリアに反応して着脱ができる。サクリアを持たぬものには、ソレは見えぬし、触れられぬ。」
淡々とジュリアス様がおっしゃる様子に、また、俺は奇妙な印象を受ける。まただ、また、ジュリアス様は何かを我慢しておられる・・・。ほとんど直感的に理解する。
「『呪物』とはまた物騒ですね。しかし、重さがないのは嬉しい事です。」
リュミエールが、それを理解したかどうか。いや、しなかったに違いない。外面の方で、リュミエールはにっこりと笑い、少し首を傾げた。
「少しでも気に入ったのならば、良い事だ。私の役割はこれまでだ。明日、お前達の出発を予定している。書類の中身を確認して、可能ならば、道中、二人で協力し、ソルにサクリアの精錬などの指導をして欲しい。」
ジュリアス様は、ほとんど一方的にリュミエールに言い渡し、
「頼んだぞ。オスカー。」
と、いつものように俺に視線を流し、締めくくった。リュミエールの張り付いたような笑みは崩れぬままだったが、崩れぬからこそ、奴の悪態が透けて見えて、俺は内心で溜め息をつく。
「はい。」
という答えは、俺のそれとは思えぬ程、頼りないものだったに違いない。

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出張の目的は、端的に言えば、水のサクリアの安定だ。視察先の惑星も、サクリア・・・特に水のサクリアが安定せず、そのために順調だった惑星の発展が、停滞している。供給する側のソルが安定していない中、結局、他のサクリアでバランスを取っていたのだが、まあ、この惑星がソルの影響を顕著に反映し始めたという訳だ。
三人で視察に行き、現状をしっかりと肉眼で確認した上で、ソルとリュミエールの両者で水のサクリアの供給を行わせようというのが、陛下のお考えだ。俺が聞いている限りでは・・・だが。
目的の惑星に向かい、航路をインプットしてから、俺は船内のリビングとして機能している一室に戻る。惑星の住人達と、特に守護聖として今回の出張では接触する予定が無いので、執務服ではなく、今回は全員、目的の惑星の住人が着ているという服装の中でも、楽な格好を選んで着用している。俺も、タートルネックの茜色のニットに、茶色のコーデュロイのパンツと、できるだけ、趣味に反したださめの服を選んだ。
船員や研究員や護衛などの同行がなく、俺たちが3人だけなのは、何もこの出張が小規模という理由だけではないのだろう。おそらく、リュミエールの存在を必要以上に認めたくないということだ。『誰のせいだ・・・』もう振り返らないと決めた問いが、知らぬうちに、また頭を擡げそうになっている事に気づいて、俺は頭を振って息を吐き、それを制する。
「・・・いつもは、どのように、サクリアを?」
リビングでは、青銀の長髪が、銀髪のボブカットを覗き込むようにして、笑顔で問うていた。
「あ・・・の・・・。」
いつものボーっとした表情はそのままに、ソルが小さな両手をテーブルの上に翳し、サクリアを精錬する体勢を取る。俺は、いつものサクリアの気配も感じられないままに、諦めるという顛末を思い出して、小さく溜め息を吐く。が、異変は、すぐに起こった。
「あ・・・。」
ソルの両の掌に、じわ、と水のサクリアが僅かに集まりかかり、ソルの怯えるようにして漏れた声に反応するように、霧散する。
「今のが水のサクリアです。すぐに霧散してしまったのは、貴方の集中力が切れてしまったから。」
リュミエールは、にこりと笑って、ソルの両手に自分の両手を添え、霧散したサクリアを引き寄せるようにして、少し精錬してみせる。それは、リュミエールが現役の頃に比べれば、数百分の一のスケールではあったが、確かに水のサクリアと呼べるもので、俺は、自分の内部のサクリアが、さざめくように呼応するのを感じた。
「分かりますか?今、貴方の掌に、サクリアが在るのが。」
ソルは、その瞳にほんの少し、生気を宿らせて、自分の両手を凝視している。
「この程度まで精錬できれば、対象物に向かって、放つ事も出来ます。ただ・・・。」
リュミエールは、自分の手をソルの両手から少し離し、水のサクリアを周囲に開放し、すぅ、とサクリアは周囲の空気に混ざった。
「まだ、貴方自身がサクリアを精錬している訳ではないので、コントロールは難しい。」
言い終えて、リュミエールは、それまでの慈愛に満ちた表情とは、正反対の厳しい視線を俺に投げて寄越した。
「・・・何が言いたい。」
俺は、ソファに仲良く寄り添うようにして座っている二人を、リビングの入り口で立ったまま、見下ろしている自分に気づいて、チッと舌打ちし、向かいの一人がけのソファに腰を下ろす。リュミエールは、俺から視線を逸らし、ソルに視線を戻し、問うた。
「今のは、初めてですか?」
「は、はい・・・。いつもは。掌を翳しても、何も起こりません。でも、さっきは、掌が、少し。・・・暖かい、感じでした。」
「今の感じを、忘れないようにしてください。」
ふわり、とリュミエールは笑ってみせ、ほぅ、とソルの息が吐き出された。
「ようやっと、貴方がたの徹夜の苦労が報われるようですね?」
据わったような視線と、先ほどの柔らかな声が嘘のようなリュミエールの言い草は、嫌味が過ぎる。フン、と知らずに鼻から吐息が漏れる。
「そのようだな。」
返事をしながらも、俄には信じられない。守護聖の移行期には、新人にも古株にも、サクリアが目覚める。緩やかに衰えるサクリアと、緩やかに力を増していくサクリア。今のを見る限り、結局、リュミエールの内部にサクリアが残っている間は、ソルは、リュミエールが同席しなければ、サクリアの精錬ができないのではないかという疑念が芽生えてくる。不安定とはいえ、ソルの内部に、水のサクリアの存在は認められるのにも関わらず、だ。
「ぼ、僕も・・・使えるように、なるでしょうか。」
ソルが、あの、焦点が合っているような合っていないような視線で、リュミエールを見上げる。俺は足を組み替えて、
「なってもらわなきゃ困るんだが。」
すかさず言ってやった。キッと睨むようにして、俺を一瞥したリュミエールは、
「貴方は黙っていて下さい。」
きっぱりと言い放つ。おーこわ、と俺は両肩を竦めてみせる。ソルは気にした様子も無く、リュミエールに視線を注いだままだ。
「貴方のサクリアが不安定なのも、貴方がサクリアを精錬できないのも、貴方自身のせいではありません。先ほど、それがはっきりしました。」
言葉を切って、ソルの両手をキュ、と握り込む。
「暫くは、私と一緒にサクリアを使用できるような環境が必要です。協力して下さい。ソル。」
にこ、と首を傾げてみせるリュミエール。ソルは、少し、視線を伏せて「はい・・・。」と小さく応えた。
水の守護聖の相変わらずの二重人格っぷりに、今更だが、腿の上で頬杖を付き、思わず大袈裟に溜め息を吐く。『暫く』?暫くとはいつまでだ。それでは全く解決にならない。俺は頭痛の種が取り除かれるどころか、勢いよく成長していくのを感じた。
「団らんは結構なことだが。言ってる間に、星に着いちまうぞ・・・。食事にしよう。」
頭を切り替えて、俺はキッチンに向かおうと席を立つ。思いがけず、ソルが、後ろを付いてきた。
「どうした?そんなに腹が減ってるのか?」
振り返って足を止めてやり、しゃがみこんで、視線の高さを合わせる。
「いえ。あの・・・。できること、ありませんか。何か、手伝うこと・・・。僕は、オスカー様を、がっかりさせて・・・ばかりなので。」
気を使わせてしまったか、と俺は少々反省する。・・・と、俺とソルの上に、影が射した。見上げると、リュミエールが、ソルの後ろで腕を組んで仁王立ちしている。・・・お前の言いたい事等分かってる、と俺はガシガシと自分の頭を掻いた。
「いや、俺の方こそ済まなかったな。さっきリュミエールが言った通り、俺は今までお前に厳しく当たっていたが、それは間違っていた。お前のせいじゃない。分かったら、俺に気を使う必要はないから・・・。」
リビングに戻って良いぞ、と続けながら、俺は、ポン、とその頭の上に右手を乗せる。ソルは、俺の手を見上げるように、自分の頭上に少し視線を送ってから、「で、でも・・・何か・・・」と俯いて、続ける。
と、突然、俺たちを見下ろしていたリュミエールが、ソルの手をとる。
「じゃあ私とソルは、お茶を淹れましょう。食事はオスカーが用意してくれますから。」
何やら勝手に話を進め、二人仲良く、手をつないでキッチンに向かう。俺は、慌てて二人の後ろを追いかける。
「お、おい。勝手に・・・。」
第一、食事が出来る前に茶を淹れてどうするんだ・・・俺は先が思いやられるこの三人組の旅に、なお一層深い溜め息を吐いた。

それは、突然だった。
栄養バランスは取れているが、味気ないインスタントのスープとメインディッシュを皆でつつき、そろそろ食事も終わりかけようかという頃。
カチャン、とソルが使っていたスプーンを取り落とした。
「ウッ、、、ウゥ・・・・。」
異変に気づいた隣の席のリュミエールが、「ソル?どうしました?」とソルの肩に手を当てる。突然船酔いでもあるまい。俺も食事を中断して、様子を伺う。と、そこで。

ガクンッッ!

と突然、船体が盛大に傾いた。反射的に椅子をおりて地面に這いつくばる。囲んでいた、床と一体になったダイニングテーブルの上を、ザザーッッと一気に食器類が滑って行き、けたたましい音を立てながら床の上を更に滑って行く。ガシャーンガシャーンと、違う部屋でも物が落下する凄まじい音がしている。リュミエールはソルを自分の身体で庇うようにしながら、ダイニングテーブルの足に掴まり、なんとか落下を防いでいた。
「一体、何事ですッッ!」
足下の俺に叫ぶ。そんなことは、
「こっちが聞きたいッッ!」
重力制御装置の故障か・・・?叫び返しながら俺はリュミエールやソルとの距離を縮めようと、その真下に向かってジリジリ移動する、が。

ガクッッ!!

まるで何かに振り回されるように、今度は船体が逆に傾く。今度は俺が、リュミエールとソルに向かって落下する番だ。慌てて俺は身体を丸め、衝突を防ごうと、リュミエールとソルから距離を取る。

ガゴォォォォッッ!!

と、船体の外で何かと何かが、激突するような凄まじい音がして、次いで、船体が、今度は乱気流に揉まれるように、上下左右にめちゃくちゃにGがかかり始める。こうなったら、もう、何かに掴まる以外、できることなどない。何か掴む物を探そうとして。
「オスカーッッ!ソルをッッ!!」
リュミエールの悲痛な叫びに、腕を翳して降り掛かってくる物の衝撃をガードしながら顔を向ける。ソルとリュミエールが、俺と同じようにGに揉まれ、繋いでいた手が離れようとしている。リュミエールが遅い来るGを読みながら手を離し、俺が頭上から振ってきたソルをキャッチする。そのまま、一挙動で、自分の身体の中にグイと抱え込む。ガツ、と何かが背中に盛大に当たるが、根性でソルを抱き込んだ姿勢を維持する。次いで、ガツッッともっと盛大に後頭部を打ち付け、俺は意識を手放した。

あー、チクショウ。どうせ俺はこんな役割ばっかりだ。

脳裏を愚痴が過った。


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