忘れえぬ君 1

1、忘れたい男

『今日で、終わりにしましょう、オスカー「様」。』
プライベートでは、いつもはつけない敬称をつけて、さらりと、伝えた。
ドレッサーの前で、私は髪を高く結い付ける。
鏡の端に映る、驚いた、と少しだけいつもより大きく開かれた瞳。その薄い色の瞳は、虹彩がはっきり見えて、瞳の表情を豊かに伝えるところが素敵だと思う。勿論今でも。
『私、貴方の良い部下であり続けられると思いますわ。貴方も、私の良いボスであり続けて下さるでしょう?』
そもそも、関係を持ったのが間違いだった。そんなこと、本当はとうの昔に気づいていたはずだったけれど。
『つれないな、俺はいつだって本気だってのに。』
ちょっとむくれたような顔。いつものキザな笑顔より気に入っていた。
『貴方の本気に疲れました。』
これは本当。熱しやすく、冷めやすいその本気に、疲れたのだ。本気の相手としか関係しない。そんな貴方のルールくらい、ずっと前から知ってるわ。だからこそ、貴方が口説く相手は、「お高くとまってる、なびきそうにないタイプ」か「後を引かないと分かっているタイプ」なんでしょう?
それで、私は、後腐れなさそうで、仕事女で、なびきそうになくて、きっと貴方のタイプど真ん中だったでしょうよ。だから、「思い出したように本気にさせる女」だったのかしら?
『・・・』
ちょっともの足りなそうな横顔。
『私は、つまらない女です。オスカー様。もう私も30が近くなって、結婚相手を探したい年ですわ。女って、こういう打算的なところがあるんです。よく、ご存じでしょうけれど。』
言いながら苦笑してしまった。ちょっと意地悪だったかもしれない。
『どうやら、俺は君の本気の相手にはなれなかったようだな・・・』
ええ。なれませんとも。私は、マスカラを普段より多めに乗せた。
芝居がかった台詞を口にした男は、背後から、すいと、その右手を差し出す。その手が私のブルネットをなでて、クルリとカールした毛先にキスをした。細く骨張った指。その大きな手。上目使いに鏡の中の私を見る、ちょっと人間離れしたその瞳。
そういうのに、うっとりして、我を失う子を、貴方は相手にすればいいんだわ。そして手に負えなくなって、うんと後悔すればいい。

『ところで、湯殿担当のエヴァを、エヴァンゼリン・コーネットを口説かれたとか。あの子に「本気」なんでしたら、どうかそっとしてやって下さいな。あの子への「本気」が潰(つい)えたら、館中が針の筵(むしろ)になりましてよ?そういう時の、女の団結力を嘗めないで下さいね。』

だけど、そういう相手は私の仕事場の外で探して下さいな。あの子をグダグダにされると、私の責任になりますから。

『妬いてるの、か?』
ちょっと意外、って?

『まさか!そんなことで焼き餅を妬いていたら、2年もオスカー様と続いていませんわ!』
一笑に付す、とはこのことだ。

『では、仕事に戻りますので・・・楽しかったですわ。』
きつく結い上げた髪を確認して、もう一度鏡をみた。
『良い思い出を有り難う。オスカー。』
くるりと、振り返って彼にほほ笑む。6歳も年下よ。自分で自分が信じられない、と今でも思う。

泣かなかったし、さっぱりしてたし、ギスギスしすぎてなかったし。媚びてもなかった。多分、我ながら、『いい女』(=都合のいい女)として最後まで頑張ったと思う。

『そうやって、この後、君は一人で泣くのか?』

かわいくない男!一言余計よ!と、最後の一言には、蹴りつけてやれば良かったかもしれない。でも、ああ。いつもみたいに、見当はずれのキザな台詞、と嗤ってあげられなかった。だって、私は、それを無視して部屋を出るのがやっとで。その後、随分泣いたから。

--

都合のいい女っていうのは、そのことを自覚した時に、プライドを高く持ってないと、結局、ただのつまらない女になってしまう。都合のいい女は、あくまで相手にとって都合がよい、ということで、そこには『飽きない魅力的な女』とか、『落としがいのある女』とかってことはちゃんと織り込まれていて。
よっぽどの馬鹿(自分が都合のいい女であることを気づけない女)か、よっぽどの自虐趣味でない限り、1年もやれば馬鹿馬鹿しくて十分飽きる。
その意味では、長すぎるほど付き合った。それだけの魅力がある男だったとも言えるが、性質(たち)の悪い男に自分のアホさ加減に気づきながらも、流されていた、と言えばそれまでだった。

なにより驚くべきは相手の年齢である。
出会った当時、実に相手は20歳。私は26歳だった。
これが30も越えたいい大人だったら、普通の、都合のいい女を次から次へと渡り歩く、色ボケ野郎、で済んだのだが、始末が悪いのは、当人が『それが、本気。それが恋愛。』だと勘違いしていることだった。
おそらく本人は自分の「好み」に忠実に相手を選んで、その都度本気になっているだけで、「都合のいい女」を選んでいるつもりなど全くないだろう。
恋愛感情と呼べるものにバリエーションがあるのは当然だが、この勘違いはハタ迷惑極まりない。
女の本気を思い知って、女の本気の恋愛に、彼がつきあわされる羽目に陥る日はくるかもしれない。だが、少なくとも、私はそんな本気を彼にはぶつけられなかった。そんなパワーは持ち合わせていなかった。いい女を気取って、一人で泣くくらいのパワーしか。

だから、
悔しさ余って、「少しは、痛い目をみればいいのよ」とは思った。
でも、こんなことを望んだわけでは断じてなかった。

--

翌日。
「アグネシカ?どうしたの?オスカー様は??」
帰りの遅い主人を待って、私は徹夜だった。中に居ると悪いことばかり考えるので、館の周りを散歩でもしよう、そう思って、外に出た。昨日の夕刻から降った雨で、濃い霧が周囲に立ち込めていた。

その霧の向こうからゆっくりと、アグネシカが現れたのだ。
その背に人の乗っている気配はない。
嫌な戦慄が背中を走り、弾かれたように私は駆け寄った。
すると、アグネシカの背中には、ぐったりとうつ伏せになったオスカーが。まるで物干しに干された洗濯物のように「ひっかかって」いた。
「オスカー様っっっっ!!!!」
絶叫しながらも、体は反射的に生体反応を確認する。意識はない。でも息はあった。

あわてて、残っていたメンバーを集め、そのぐったりとした主を館の中に運びいれる。寝室は遠い。まずは応接室だ。
簡易ベッドを用意させ、そこに寝かせる。
すぐに駆けつけた執事と共に、まずは二人で主の状態を確認した。身体がひどく衰弱していて、傷だらけだ。
「この腕輪のようなものは、なんでしょうか。」
「わからないわ。ひどい内出血。一体誰が、こんなことを・・・」
重すぎる腕輪が、雨に濡れた服の下に付けられている。
「箝口令を引きましょう、リシア様。さっきオスカー様をお運びした者の口から、このままではあっと言う間に良くない噂が立ちます。」
全くその通りだ。すぐに箝口令を引かなければ。
「ええ。そうしましょう。さっき居た者を集めて来るわ。体はタオルで、私と貴方で清めましょう。そちらの準備をお願い。」
執事にお願いをして、私はすぐにその場に居合わせた者に他言無用の旨と、もし、このことが広まった場合は全員に処分を加えることをよく言い含め、応接室に戻った。

熟年の人妻というのは、こういう時に肝がすわって居て、頼りになる。オスカーがこの女性を執事に選んだのも、よく分かるというものだ。
二人で手早く身体を拭き、寝間着を着付けて、安静にさせる。

その身体の傷は、主人が、何者かに凌辱されたことを如実に物語っていた。目を覚ますまで、様子を見ましょう。と、私達はベッドの脇にソファを用意し、二人で主の回復を待った。

きつく綴じられた瞳。眉間に寄せられた皺。
悪夢を、見ているのだろうか。
その唇が、不意に、ぎりり、と、見ているこちらが痛くなるほどに、かみしめられる。

「りゅ、ミエーーーールッッ!!」
確かに、知っている名が呼ばれ、私は執事と顔を見合わせた。
まさか、と、その目はお互いに何かを否定しあっていて。
「俺に、触るなーーーーーーーーーっっぅっ!!!!」
突然、ばさっと、主は目を覚まし、身体を起こした。

一瞬にして脂汗をかいたその頬に、両手の細く長いその指を絡ませている。その顔はまさに土気色だった。
「お目覚めに、なりましたか。」
執事がゆっくりと、落ち着いた調子で声をかけた。
「あ、ああ。俺、何か言ったか?今。」
「いいえ。何も。突然、身体を起こされたので、びっくり致しましたが。お目が覚めて、何よりです。今、お水をお持ちしましょう。」
私が金縛りにあったように、何も言えず、動けないのに対し、彼女のなんと有能なことか。
彼女がいつもの調子で、部屋を出て行くのを目で追いかけて、私は、内心、ほっと息をついていた。一人だったらどうなったことか。

オスカーは身体をみて、自分が着替えていることに気づいたのだろう。
「見た、か。」
と、うつむき加減に短く聞いた。
無論、身体の傷を、凌辱の後を、であろう。
「はい。私と、執事の二人で拝見致しました。」
申し訳ありません、とは言わない。
「そうか、かっこ悪いな。」
斜め向こうを向いて、はぁ、とオスカーはため息をついた。このプライドの高い男が、このことでどんな風に傷つくかなんて、全く想像がつかず、私は心底狼狽していた。努めて、無表情を作り、その動揺を隠す。

「見たのが、お前達で良かった。」
と、少し憔悴した声で、短く言い、
「今何時だ。」
ここからはいつも通りの主人だった。
「午前8時を少し回ったところです。」
「陛下から呼集がかかっている。遅刻だが。支度をする。手伝ってくれ。」
一瞬、逡巡した。
「リシア。」
はっきりと名を呼ばれ、いつも通りの強い瞳が私に「これは、公務だ」と意志を伝える。
「はい。今すぐに。」
執務服を用意させるため、私は部屋を出た。

公務最優先。これはいつものことだ。あの強い瞳も。
だが、あれは一体誰が。リュミエール様が?信じられない。
と、考えを巡らせずにいられない。

ちょっと、痛い目にあったらいいと、そう思っただけで。
何もこんなこと望んだわけではなかった。
偶然だ、と思う。
けれど、あまりのタイミングに、私は、行き場のない自分を感じていた。

----
2、厄介な男

「オリヴィエ、もうお前しか頼るところがない。助けてくれ。」
執務室の扉をその男は乱暴に開き、そういった。
「どしたの、オスカー。そんな辛気臭い顔しちゃって。」
アタシは、危うく手に持っていたマニキュアをとり落とすところだった。
扉をしめ、ズンズンと、こちらに近づいて来ると、その男はカーテンを閉め始める。
「ちょっとオスカー、なにするのさ!」
手をつかえないままに、口だけで制止を試みる。
照明もあり、外が晴れているせいもあるが、真っ暗にはならない。けれど、部屋はすべてのカーテンを閉められ、薄暗くなった。
「オリヴィエ・・・。」
切羽詰まった声で、むりやり胸倉をつかまれ、赤毛の男は顔をよせてきた。なんか異常に色っぽいんですけど!?
「オ、オスカァー?アンタってば実はそういう趣味?」
青筋をたてながら、爪を庇いつつ、後ろにのけ反ると、
「んーーーーーーーーーーっっっっ!!」
無理やり唇を奪われた。
えーとこれはどういう展開なの!?いや、もしやチャンス?いやだがしかし、アタシはやはりなんだかんだいってもこれまでの友人関係が居心地が良いわけで!多少邪な視線でアンタをみたことがあるのは謝るから!!謝るから!!
熱烈な舌の猛攻撃を受けつつ、頭の中を猛烈な勢いで思考が通り過ぎて行く。
あまりに長いキスに、だんだん何か理由か分からないが、自分が襲っているわけではないのだから、と、身体の緊張を解いた。さすがに反撃する訳にいかず、されるままとなる。
しかし・・・さすが女誑しの異名を持つ男。なかなか侮れないわ。
などと、その舌技に関心し始める余裕が生まれたところで、唇は糸を引いて離れていった。
「で、なんなわけ・・・」
マニキュアは、後で塗り直しだ。
オスカーは、その質問には答えず、自分の下半身を見つめていた。
その瞳が絶望の二文字を刻み、力無くアタシをみた。

「だ、だめだった。」
一体なんなのよ・・・
「何が。」
「オリヴィエ、俺、オレッッ!!」
こんな切羽詰まったオスカーは見たことがない。目尻にはうっすらと涙まで溜めているじゃないか。

「アーーーーーーーーーハッハッハッハッッハ!!冗談やめてよ、クルシっっ!お腹がよじれるぅーーー!!」
事情を聞いて、アタシは爆笑した。
涙と腹痛が止まらない。
「女ったらしのアンタが!!冗談やめてーーーー!!」
「うるっっさいっっ!!」
「オスカーがイ○ポ!?聖地中に号外ものよ、それぇー!!!」
「声がでかい!!静かにしろ!!」
顔を真っ赤にしてオスカーがアタシを抑えようと上からかぶさる。一通りジャレて、床を子供みたいに転げ回って。

「もしかして、マジ?」
騒ぎ疲れたところで、思わずアタシにあるまじき低い声が出た。乱れた髪を手櫛で直しながら、オスカーの顔をのぞき込む。
いつもは自信に満ちた、その顔が、力無く、コクン、とうなづいた。そのままひざを寄せ、床に体育座りになると、
「どうしよう。一生俺、女性を慰めることが出来なくなったら・・・。」
と、深刻に落ち込んだ。
「一生ってことはないでしょうけど。なんか、思い当たることとか、ないの?」
可哀相に、と頭を撫でる。
「唯一続いてた女性(ヒト)に、振られた。」
うーん。男って意外にナイーブなイキモノだからねぇ。
「あと、男にヤラレタ。」
はぁぁぁぁぁぁぁ?!どこの馬の骨よっ!それはっっ!!!
あまりのことに言葉が継げず、口がパクパクと空気を食む。
「誰にも言うなよ。」
短く口止めされる。言えるか、そんなこと。
「誰にされたの。」
「言えん。」
はぁぁぁーーーーーーー、とオスカーは盛大なため息をついた。ため息をつきたいのはこっちも一緒だったけど。
「どーしてだー。どうすれば治ると思う?」
オスカーは必死だ。
「しようと思ったら、無理だったってことよね?アンタのことだから、女性に協力要請とか、してないんでしょ?」
「出来るか馬鹿!!第一失礼だろうがっ!!」
さすがフェミニスト。
「女性で駄目だったから、男のアタシに試してみたの?」
「あぁ。でも駄目だった。」
うーん・・・こういうのは弱みに付け込むみたいで、あんまり趣味じゃ無いんだけど。
「協力、してあげよっか。クララが立ったら、そこでおしまい。どう?」
「クララって?」
「アンタハイジ見てないの。まあいいわ。立てるはずの者が立てないでいることよ。」
「何、するんだ。」
そんなことまで言わせるか。
「アタシがクララが立ってくれるように頑張るだけ。どうするの?」
なんか必要以上にぶっきらぼうかねぇ。でもアタシだって恥ずかしい。なんか色気のかけらもないこの空気で、とんでもなく卑猥な話をしてるよーな。

「オリヴィエ!!」
お前っていいやつ!!と、オスカーが胸に飛び込んでくる。
膝立ちしてたアタシは、思わずバランスを失って後ろに倒れた。「いいやつ」ね。乾いた笑いがアタシの胸を擦り抜けていった。はーぁ。

執務中だし、私邸とかでゆっくりした方がいいような。でもそうすると、自分が引き返せなくなって墓穴を掘りそうな。なんて考えながら、そのまま、オスカーの背中を抱いて居た左手を、胸の上に乗ってる後頭部に移して、ぐいと引き寄せ、キスをする。これは、さっきの仕返し。
さすがに抵抗はないけど、理性で男にキスされるのを耐えてるって感じの反応。当たり前か。ってことは、男にサレタってのも、文字どおりヤラレタんであって、シタわけじゃないのねー。と、内心ほっとする。
いや、合意の上でなければ納得出来るってわけでもないけどさ。

このままだとやりにくい。上下を入れ替えたいわね、と一瞬思って、そのままの方が、見た目だけでも襲ってるみたいに見えて、オスカーのプライド的にいいかしら、と思い直す。

「オスカー、このままするから、手つっぱって、自分の身体支えて?」
両腕を床につかせて、アタシはジリジリと下にさがる。下から、口でするのだ。少しやりにくいが、仕方ない。
服も脱がせない。必要最低限の布をどかして、それを口にふくんでやる。
「ひっ!」
と、素っ頓狂な声をオスカーが上げるが、その後は無言でされることに耐えている。本当に必死なのねぇ、と思って、アタシはなんだか胸が詰まる。
だけど、自信はあったのに、なかなか口の中のクララはその気にならない。だんだん顎が疲れてきた。仕方がない。

「ごめん、ちょっと上下入れ替えるよ?」
ぐるん、とオスカーの背中をを支えて、アタシは自分の身体を上にする。これでいくらかやりやすくなった。
「あっ。」
それまで無言だったオスカーが不意に甘い声をもらす。
え?アタシ何もしてないけど。
と思いつつ、クララを口に含み直す。え・・・もしかして・・・
唾液が、重力で後ろに伝っている。
アタシは、クララを咥えたまま、試しについ、とその入り口を指でなぞった。ぎくり、いやびくり、と身体が撥ねる。
「くっっ!」
まあ男らしい声。でも、口の中で、微妙にクララが反応しているような。
「もしかして、我慢してる?」
オスカーは答えない。そのまま、舌を這わせながら、唾液を使って入り口だけマッサージする。爪があるから、中に入れる訳にいかないし。
「はっ・・・。」
えーと。

そして、なんなくクララは・・・。
「立った!クララが立った!」
ペーターとハイジの声が、丘に響き渡りました。
めでたしめでたし。

--

の、はずだけど。
「何拗ねてんの。」
「うー・・・。」
「目的は達成出来たじゃないの。喜びなさいよ。」
あー。違う。これは八つ当たりってやつ。
オスカーはアタシからひったくったクッションに顔を埋めたまま、また唸る。
「うぅー・・・。」
アンタは犬か、狼か。
はあ、とため息をついて、ぽん、とその頭に手をおく。塗りかけの自分の爪が目に入る。まるで中途半端なアタシの心。
いんや、アタシの心は男らしくびしっと決まってたはずなんだけど。
目の前の誰かさんが変わったのよね。急にかわいらしくなっちゃって。何があったんだか。

妖しい気持ちが、むくむくと沸き上がってくる。誰がアンタをそうさせたわけ?なんて。
そのまま、クッションごと体重をかけて、ゆっくり押し倒す。背中を左手で支える。床だし、痛いだろうから。クッションを顎でのけて、出てきた額に優しくキスする。髪の生え際を唇でなぞる。
「やめろ・・・」
クッションでくぐもった声がする。
「聞こえない。」
そのまま耳に舌を入れる。身体が反応してる。耳が弱い?ゆるゆると、そのまま舌を、項へと送る。
「っ。やめ、ろ。」
少し熱っぽい声。右手を脇腹から、下へと這わす。パンツの上から、それをやんわりと握る。
「ほらね?キスだけでも大丈夫よ!」
それまでの雰囲気をかき消すように、明るくニパっと笑ってあげる。これ以上したら、多分ミイラ取りがミイラになる。
とにかく、後ろを使わなくても大丈夫だってことが分かれば少しはマシだろう。なんとなく、オスカーのクララが立つ理由、立たない理由は察しがついた。
床に脱力して寝そべったオスカーが、クッションをぽい、と脇になげた。その瞳は力無く天井を見つめていて。
「そんなの。楽しくない・・・」
うーん。これはまた。本質的なところを突いてきたわね。
「考え過ぎじゃない?受け身じゃないと駄目って訳じゃないと思うけど。」
とりあえず気休め。
「うそつけ。そう思ってるんだろうが。」
けっと吐き捨てるようにいって、腹筋を使って身体を起こす。眉間に不機嫌そうに皺を寄せ、ギロリ、とこちらを睨む。気休め攻撃は見破られた模様。
「おー、こわっ。協力者に対してその仕打ちはひどいんじゃないのー?」
おどけてみせると、はぁーーーーーーーーーとまた盛大なため息がオスカーから漏れた。
「すまん。八つ当たりだ。仕事にもどる。」
短く言って、えいやっと身体のバネを使ってオスカーは立ち上がった。
あんまり、聞きたくないんだけど。
「二度、同じこと聞くのは主義じゃないんだけどさーぁ?」
オスカーの方は見ずに、できるだけ明るい口調で聞く。
「リュミちゃん、じゃないよね?」
おっと、しまった。ちょっと声がマジっぽくなっちゃった。
「バーカ。」
オスカーもこっちを見ずにいい、
「邪魔したな。」
と執務室の扉を入ってきた時とは裏腹に、静かに締めて出て行った。
否定ぐらい、しなさいよ。
と、確信したくないことを確信してしまって。やっぱり聞かなきゃよかったね、と自分の主義を曲げた、後味の悪さをかみつぶした。



次へ