仕事、時々僕。



「いい?メル。自分の恋にラブラブフラッシュを使っては絶対に駄目よ。」
「えーーー!!なんでなのっ?!」
「いけないものは、いけないの!」
「そんなぁ。じゃあ好きな人が出来たらメルはどうすればいいの?」
「貴方の特殊な能力を使わないで、その人と幸せになれるように、精一杯努力するのよ。」
「・・・。もし、使ったらどうなるの?」
「さぁ・・・使ったことがないから分からないけれど、きっととてもひどいことが起こるわ。こういう言い伝えやルールは、決して迷信なんかじゃないのよ。とっても苦い経験が、こういうルールを作るんだから。」
「・・・。」
「返事は?メル。分かったの?」
「・・・う、うん。分かった、よ・・・。」

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「はー。昨日も夜中まで残業だったぜ。女王試験始まってからこっち、休む暇ないよなあー。」
「だが今有休なんて取って見ろ!ミスタ・アイアンマスクが恐ろしいぜっ!」
「いやいや。ミスタ・ウォーターフォールよりマシだろー?あれよか幾分優しそうな顔立ちじゃないか。」
「ふぅ・・・どっちもどっちか・・・。次こそはもう少しお手柔らかな人材に恵まれたいもんだ。」
「って、新任を捕まえて、もう次の話か?」
「しぃっ!!アイアンマスクのおでましだっ!!」

全く、エルンストってば、言われたい放題だね・・・。と僕は小さく息を吐き出す。パスハもパスハで言われたい放題だけど。ウォーターフォール(滝下り)って・・・後でサラに教えてあげよう。あの鋭い目と怖い顔で睨まれると、そんな気持ちになるのはちょっとだけ分かるけど。
隣を歩く、鉄面皮の横顔をじぃっと見上げる。整った顔立ち。尖った顎先。にっこりほほ笑みかけられたら、皆が感嘆のため息をつきそうな。でも、その顔はにこりともせず、無表情に行く先を見つめている。
きっと、意味のない廊下の囁きは、その耳には届いてないだろう。僕は火龍族だから、普通の人より耳が良い。でもそれ抜きにしたって、結構なボリュームで彼ら職員は噂してるのに。
「私の顔に何かついていますか?」
突然、振り向かれて、思わずびくぅっと全身が固まってしまう。
「え?あ、ああ。いや、よく見るとエルンストって綺麗な顔してるなーって思って見てただけ。アハハ。」
本当はよく見なくても綺麗な顔だけど。困ったように眉が少し寄る。
「綺麗だとか、そういう言葉は女性にかけるものです。それより、本当にさっき言っていた用事というのは、私のデスクじゃないと駄目なのですか?あまり、時間がないのですが。」
驚いて足を止めてしまった僕に合わせて、立ち止まっていたエルンストは、再び速足を進めながら、そう言った。
「う、うん。時間は取らせないよ。でも人に聞かれると色々まずいんだー。女王試験にも関連のあることだし。」
ウソはついてない。多分。
エルンストの仕事部屋がどんな感じなのかも気になってるし、他にも色々と隠していることはあるんだけど。
エルンストは、『女王試験にも関連のあること』というところで納得してくれたのか、それ以上は何も聞いてこない。
僕とエルンストは、それぞれ違う理由で難しい顔をして、王立研究院の廊下をほぼ無言でずんずん歩いた。エルンストの大きな歩幅で、早歩きされると、ほとんど小走りになってしまう僕に気づいて、途中、さりげなくエルンストはその歩みを緩めてくれる。
僕は女の子じゃあないけれど、こういうさりげない気遣いって、きっと女の子にすごくウケると思うなぁ。自称フェミニストのオスカー様の態とらしさとはエライ違いだね!
「ここです。」
部屋の前まで来て、エルンストはドアをさっと開いて、中に入った。
きちっと整理された部屋の中、デスクの上だけ、書類が山積みになっている。とは言え、量がすごいだけで、すっごくきっちり整理されて、書類ボックスに区分けしてあるけど。
「すみません。散らかっていて、こちらにどうぞ。」
脇におまけのようにおいてある、簡素な応接セットの席を勧められる。
ゼンッゼン散らかってないけど・・・とは思いながら、僕は生唾を飲み込んで椅子に座った。期待に膨らんだ胸がドキドキする。
「あ、あの。水でいいので、飲み物をもらえる?メル、喉がカラカラで。」
と、げほげほ咽せる振りをしながらリクエストした。僕には飲み物が必要なんだ。うん。とっても!!
「ああ、これは失礼。」
目を見開いたそんな顔もすごく綺麗!僕の胸は更に高鳴る。エルンストは少しだけ慌てた感じで部屋の奥に向かった。コップを二つ、水と氷をいれて、エルンストは戻って来た。
うーん。ホント、色気も素っ気もないなあ。きっと本当に忙しいんだね。仕事のこと以外目に入ってないエルンストが悲しい。でもそんなエルンストも今日で見納めだって思うと、それはそれでなんか僕なりに感じるものもある。
「ありがと。」
短く言って、僕はごくっと、一口水を飲む。冷たっ!でも、ちょこっと熱くなり過ぎてる今の僕にはこれくらいがちょうど良いかも。
「話っていうのはね。」
と、僕がやっと切り出すと、エルンストは正面からじっと僕の目を見た。うわぁ、そんなにじっと見られると余計緊張しちゃうよ!絶対赤くなってるな、僕の顔・・・と思いながら、僕は必死に続ける。
「女王試験のことなんだけど・・・エ、エルンストは、すっごくすっごく一生懸命お仕事してると思うんだけどっ・・・」
僕はぐっと左手を握った。
「でもね、僕は、今のエルンストには、足りないものがあると思うんだ。」
必死の思いでエルンストの目を見た。エルンストは、ちょっとだけ吃驚した様子で、でも、じっと僕の顔を見て、それからゆっくり目を伏せがちにした。
「実は、私も自分には足りないものが色々とあると思っていたところです。メルさんは、私に何が足りないのか、分かるのですか?」
睫がすっごく長ーーいぃ、と、僕は全然関係無いことを考えていて、エルンストの話をぼんやり半分聞き流してしまった。だけど、今の僕は、ある意味無敵だった。スーパーマリオで言うところのスターマリオ。アンジェリークで言うところの相性100かつ親密度200。しかも、直前セーブ済み状態。
「女王候補の二人はね、今とっても大事な試練に、つまり女王になるための試練に立ち向かっているけど、それと同時に、彼女たちは年頃の女の子でもあるんだよ。」
エルンストは、僕の言っていることを理解しようとしているようだった。こんな僕の話を子供の話、と笑わずに最初から真剣に聞いてくれるところもエルンストのすごいところだと思う。しかも、その瞳には、全く分野外の専門家を相手にしている、というエルンストの生真面目な姿勢が滲んでいる。
「でね、メルは、彼女たちが年頃の女の子なのは、女王試験に、それが大事なことだからだと思ってる。彼女たちが、愛情とか、憧れとか、友情とか、使命感とか。淡い恋心とかね。そういう感情がわーーーって沸き上がってくる年頃の女の子だってことが、実は宇宙にとって、とっても大事なことなんじゃないかなって、思うの。」
これは、僕が常々思って来たことだった。エルンストは、少し感動したみたいに、
「それは、考えたことがありませんでした。しかし、確かに、そうかもしれません。以前の試験も、その前の試験も、そのような少女を対象にされた訳ですし。女王として、体力的にも、精神的にも、活躍しやすい年齢に就任し、即位期間をできるだけ長く取るためなのではないか、とも考えたことはありましたが。」
小さな声で感想を漏らした。うんうん、と僕は頭をブンブン縦に振ってうなづいた。
「でね、エルンストは、すっごく仕事熱心だけど、女王候補たちの、そういう感情的な部分に、少し鈍いっていうか、そういうところがあると僕は思ってて。あ、誤解しないでねっ!!それはそれでエルンストのすごく素敵な個性だって僕は思うんだけど、だけど、でも、女王候補たちへの配慮っていうか・・・」
知らないうちに、エルンストは食い入るように僕を見つめていた。うわぁ、色っぽすぎるよエルンスト!!その微妙に寄っちゃった眉とか、切なげに結ばれた口元とか、ちょっと色々とマズすぎ!!
その瞳に、僕はあっさり、自分がそれまで何をしゃべってたか忘れてしまった。あれ・・・えっと・・・ええー!!すっごく良いところまで行ったのに!うそっ!?
「どうすれば、いいんでしょう。確かに、私はそういうことに疎いところがあって。それが女王候補たちに悪影響となれば、なんとか改善せねばならないと思います。」
エルンストの真剣な言葉に、僕は、はっとそれまでの流れを思い出した。
焦った、よかった。嫌な汗かいちゃったよ。
エルンストがその必死さが滲み出ちゃったみたいに、きゅっと、両手の指を膝の上で組み合わせたのを見て、うんうん、と僕はまたうなづいた。
「で、結局、僕が言いたいことは、エルンストも恋を少し、するべきだと思うの。」
話の流れは完璧だぁ!僕って天才かも!って思って、足元に落としていた視線を、期待にキラキラさせてエルンストに向けた。
あれっ?
なんでここで目が点になってるの?エルンスト?
エルンストは、ゆっくりと手を、その華奢なメガネの鼻当てに持って行って、一度ずれたメガネを戻してから、口元全体をその手で覆った。顔が小さいのに手が大きめだから、顔の下半分が隠れてしまう。
それから、ゆるゆると、僕の斜め後ろに視線をずらして、少しだけ、目尻を赤くした。

え?照れ顔!?これって照れ顔なの?!
「いや、しかし恋というものはしようと思って、すぐにできるものでもないでしょうし。それに、今は任務が立て込んでいて・・・。」
目を泳がせながらエルンストは独り言のように言った。
僕は内心ガッツポーズだ。
「だと思うよ。いきなりエルンストに仕事そっちのけで恋に落ちられても、皆も困っちゃうしね?」
そこで、にこっと僕は余裕の笑い顔をつくった。
「で、エルンストには、お仕事に集中してもらいつつ、恋愛気分をちょっとだけ味わってもらって、アンジェ達の気分をなんとなく分かってもらおうって僕は思ったの!!」
エルンストは、困ったような顔をして、僕の目を見た。
「ですが、そんなに都合よく・・・。」
いくものでしょうか、と続きそうなその心配そうな目を僕はしっかと受け止めて、チ、チ、チッと人差し指をその鼻先で振った。
「僕を誰だと思ってるの、エルンスト。」
目が据わってしまったかもしれない。ちょっと、エルンストは引き気味だ。でもここでいつもの調子に戻っては計画は大失敗だ。僕は自分の勇気を奮い立たせて頑張った。
「僕に任せて。お仕事に支障が出ないように、だけど、女王候補みたいな年頃の女心がばっちり体験出来る仕組みを考えて来たんだ。」
フ、と僕は自分の口から怪しげな笑いが漏れるのを聞いた。
「それが、コレ。」
ずーーーーーっと握り締めていた左手を僕はエルンストの目の前に差し出して、開いた。そこにあるのは・・・

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僕らはその日、いつものようにマルセル邸の中庭に集まってお茶をしていた。年が近いせいもあり、気が合うせいもあり、折りにつけ、このメンバーで集まるのは恒例になっていた。
「これ。みて。」
マルセルは怪しげな、親指ほどのサイズの小瓶を僕達の目の前に突き付けた。その顔は、大人っぽく不適な笑いを携さえていて。こういう顔は、彼はほとんど僕らにしか見せない。
「なんです?それは。」
ティムカはマルセルの思わせ振りな言い方に、呆れたように聞いた。
「んっふっふー。これはね、アフロディジアックっていうんだけど。」
あふろで?なんだって?
「つまり、性欲増強剤ですか。」
ティムカは、ふーん、と少しだけ興味を持ったみたいだった。
せーよく??つまり何?僕は一人だけ会話についていってない。
「んもー!メルはお子様だなーっ!」
焦れたようにマルセルは叫んで膨れた。
「つまり、これを飲まされた人は、誰かとエッチなことしたくなっちゃうって事だってば!」
なるほど。僕にも意味は分かった。。。って、えー!!僕は耳まで真っ赤になるのを感じた。って、僕の耳は元々赤いんだけども。
「え、エルンストも!?」
僕は思わずずっと想ってた人の名前を出してしまう。
「やーーっぱメルはエルンスト狙いだったんだねー?ま、バレバレだったけど。」
マルセルはフフン、と鼻で笑った。
「そんなもの、どこで買ったの?!」
と聞く僕に、
「何言ってるのさ、メル。そんなの、守護聖の僕が買える訳ないでしょ!作ったに決まってるじゃない!」
マルセルは小さく肩を竦めた。
そうだった。そんじょそこらの学者さんも適わないくらいの探求心の持ち主だったんだ。マルセルは。いつもはそんな素振りはみじんもみせずに「ヒドイ!僕にそんなの、わかるわけないじゃないですかぁー。」なーんてブリッ子してるくせに。
「資料さらって、自分で原料になる植物の種見つけて、育てて、抽出して、ブレンドして、再現したの。しかもオリジナルレシピより濃く抽出する方法を思いつくまでに紆余曲折あってさー。いったい、何度ランディで実験したことか!」
さらっと、すごいことを言ってのける。ランディ様も気の毒に・・・。
「で、実験結果はどうだったんですか?」
クールにカップを持ち上げながらティムカは聞いた。
マルセルは、ティムカの鼻先に人差し指を突き出し、チ、チ、チと、ゆっくり、思わせ振りに振って見せた。ちょっとかっこいい仕草だなー。今度真似してみよう、と僕は思った。
「僕を誰だと思ってるの?ばっちりだよ、勿論。最初は効き目が弱すぎたり、途中ちょっとトリップ期間が長すぎたり、バッドトリップで意識不明にさせちゃったりしたけど、最終的には、スーパーエロくなった後、2時間程で正気に戻るように調整した。ま、被験者はランディだけだから、多少効き目に個人差は出ると思うけど。」
ランディ様、死ななくて良かったね。僕は一瞬ホロリとする。だけど、マルセルってかっこいいなあー!マッドサイエンティストっぽいっ!絶対敵には回せないな、と僕は湯気の立つカップの中をフゥっと吹いた。
「僕もそれ、欲しい。」
はやる心を抑えたつもりだったけど、どこかやっぱり焦ったような声で、僕は言った。
「いいよー。だと思って、用意しておいた。僕は、このあとヴィクトールで実験しようと思ってて、」
とマルセルが言ったところで、それまでクールに話を聞いていたティムカが突然、勢いよくお茶を吹き出した。
マルセルは絶句した。一瞬で頭からお茶まみれだ。青筋を立てながらマルセルが唸り声をあげた。
「ティームーカー?何してくれんの?」
珍しすぎる粗野で凶暴な視線をティムカに投げている。しかも、その口元は怒りにひくついている。
「変な事を言うからですよ。突然。」
口元をどこから取り出したのか、きっちりと折り目をつけたハンカチで押さえながら、ティムカは平静さを取り戻しつつ言った。でも目尻はまだ少し赤い。
ハ、ハーン。僕はピンと来た。
「ティムカはヴィクトール狙いってことでしょ?」
僕はすまして、片目の端だけでティムカを見て、言った。
それをスルーして、ティムカは空いていた左手をすっと、マルセルに差し出した。マルセルは家人が手渡したフェイスタオルで頭を吹きながら、面食らったように眉を潜めている。
「私が、実験しますよ。ヴィクトールは。」
明後日の方を見て、ティムカは赤い目許を元に戻せないまま、言った。
苛立たしげに、マルセルはふーーーーーっと、深く息を吐き出した。
「なるほどねぇ。まったく、ヴィクトールが競争率が高いとは思わなかったよ。」
それから、ちょっと思案する感じに遠くをみて、フン、と思い直したように笑った。スミレ色の大きな瞳は、こういうとき、睫の陰になって、濃いバイオレットに見える。それがより一層、マルセルを普段のマルセルから遠い、正反対の生き物のように感じさせる。
「それじゃあ、こういうのはどう?」
気を取り直したのか、マルセルはうっとりするように目を細めて、テーブルに両肘をついて言った。
「共同戦線を張ろう。メルはエルンストが。ティムカはヴィクトールが欲しい。そして僕は・・・。」
庭の隅の壁に這っている、赤い薔薇をチラリとみやって、
「オスカー様が欲しい。」
ティムカがさすがに驚いたように、口をポカンと開けた。僕は薄々感づいていたことだったので、何も言わない。
「でも、厳しいよ?あそこはだいぶ・・・」
ややこしいことになってる。と、僕は言った。聖地の恋愛事情は、だいたい僕はお見通しだ。
「分かってる。変な虫がついてるって話でしょ?カイガラムシよりしつこいね、あれは。だから、すぐには無理だし、たぶんずっと無理かもしれない。でも、それはそれでいいんだ。とにかく、僕達は仲間の獲物には、手を出さない。そして、仲間を互いに応援する。どう?」
マルセルは拳の中に握りこんでいた、例の小さな小瓶を指先でつまみ、左右にゆっくり振って、ティムカを見た。
僕は聞かれるまでもなく、うなづいていた。エルンスト以外はどうでもいいし、マルセルは実はちょっと可哀想だとも思うから、応援してあげたい。
だけど、普段、頭脳明晰で回転の早いティムカは、ここでトンチンカンなことを聞いた。
「え?でもじゃあランディ様は?」
僕とマルセルは互いに顔を見合わせた。それから、
「あっはっはっは!!ティムカって意外と鈍いね!ある意味エルンスト並みかも!!」
「くくっ!本気で僕がランディ狙いだって思ってたの?冗談きついよー。もぅっ!」
僕らは一斉に笑った。
楽しい楽しい、午後のおしゃべり。

そうして、僕らの共同戦線は出来上がった。僕は早速、その恩恵に預かってるって訳。ちょっと話が脱線し過ぎたかな?元に戻そう。

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「それが、コレ。」
ずーーーーーっと握り締めていた左手を僕はエルンストの目の前に差し出して、開いた。
そこに、小瓶があった。マルセルからもらってきた、例のアフロなんとか。名前はどうでもいい。
「それは?」
ちょっと訝しげに、エルンストはメガネを触った。
「これは、僕がね。念を込めた、恋愛体験のためのお薬。」
ウソです。ごめんなさい。龍人族ウソつかない。これもウソです。だって、この薬を使う時の交換条件が、マルセルの名前は絶対出さないって話なんだもの。まあ、ウソをつく理由はそれだけではないけれども。
で、僕は、その小さなコルクを抜いて、いきなりエルンストのグラスにひっくり返した。うっすらとピンク色をしていたその液体は、見る間に水と同化して、いかにも無害そうに透明になる。
「恋をした女の子にとって、世界がどんな風に見えるか、2時間くらい体験して、その後、元の状態に戻るんだ。」
僕は生唾をごきゅっと飲み込んで、エルンストの反応を伺った。
エルンストは、しばらく悩んでいるみたいで、時計をちらっと見て、時間を確認してから、
「今、飲むんですか?」
と、聞いた。
しまったぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!メルのバカ!!エルンストのスケジュール確認してから水と混ぜれば良かったんだ。えええー!今じゃだめなの?
「こういうことは、できるだけ早い方がいいと思って。だ、ダメかな?」
僕は、駄目元で押してみた。エルンストは、じっと、グラスの縁を見つめて、ごくっと、唾を飲み込んで言った。
「わ、わかりました。飲んでみます。2時間だけですね?」
やったぁーーー!!!いやぁ、相性100にしてきた甲斐があったね。禁断のラブフラの効果に違いない!!僕は今すぐウィニングランしちゃいたいような衝動にかられつつ、大きく、うなづいた。
「うん。2時間だけだよ。」
多分。ランディ様の実験によると。と、僕は心の中で付け足す。

エルンストの指が、ためらいがちに、細長いグラスを掴んだ。
そしてそれを、ぐぐぐっと一気に飲み干す。
僕はどきどきしながら、その変化を待った。
しばらく、自分の変化を確認するみたいに、手のひらを見つめていたエルンストが、突然、トロンとした虚ろな瞳を僕に投げかける。
きゃーーー!!色っぽすぎる!!
どさっ・・・
え?
突然、意識を失ったように、エルンストは椅子から崩れ落ちた。

えっ・・・・っと???

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「全くもー。被験者がよくなかったんだよね、きっと。あんな体力自慢が被験者じゃあ、確かに規定量も狂うかも。もっと考えればよかったよ。もー・・・・!!」
と、僕はぶつぶつ口の中で愚痴を言った。
エルンストの大きな身体をおぶりつつ、自分の館へと急ぐ。上からおおきな布で隠してはいるけれど、誰かに見つかったら大騒ぎになってしまうかもしれない。
だけど、僕は諦めなかった。
必死の思いで館までたどりついて、僕は私室のベッドにエルンストを横たわらせる。ベッドの近くで膝立ちして、顔を近づけると、ぐっすりと、深く眠っているらしく、規則正しい寝息が聞こえてくる。たぶん、お仕事で疲れていたのも関係あるよね、と僕はちょっと切なくなった。
でも、こんなチャンスはきっともう来ないし・・・。と、エルンストの顔の脇に、手をついて、軽くゆっくり、その唇に僕の唇を当てる。
夢にまで見た、エルンストとのキス。
ゆっくり、僕は瞑っていた目を開いて、唇を離した。
それに合わせるように、エルンストの瞳がゆっくりと開いた。

うっそー!!まるで映画とか、お伽話みたい・・・・

僕は感動した。このまま、寝込みを襲うのも仕方がないかなあって思ってたところだったから。
「メ・・・・ルさ・・・・」
掠れた声で、エルンストが僕を呼ぶ。名前を呼ばれただけなのに、僕は愛しい気持ちで胸がいっぱいになって、ひどく興奮した。
「メルで、いいよ。もっと呼んで?」
メガネの奥の、うっすらと灰味がかかったブルーの瞳は、少し痺れたようにぴくつく瞼の下で、どこか頼りなげで、焦点が定まってない。
僕はそっとそのメガネを取った。歪んだり、傷ついたりしないように、そぉっと、それを畳んで、ベッドに備え付けられた棚に乗せる。
エルンストの瞳は、メガネを取り上げられて、ますます頼りない。僕は自分の心臓の音が、喉元でバクバクと鳴るのを聞いた。
「メル、やさしくするから。全部、僕に任せて?」
エルンストは、聞いているのかいないのか、ボーッとしたままだ。

エルンストにも、ドキドキしてもらわなきゃっ!
僕は焦る気持ちをぐっと堪えて、ゆっくりもう一度、唇を重ねた。唇を、ゆっくり舌先でなぞると、まるで、エルンストの唇は、口紅を塗ったみたいに鮮やかに光る。誘うように、うっすらと開いた唇の中に、僕はそっと舌を差し入れた。
あったかーい・・・。
僕は、緊張してた身体が、そのあったかさで溶けていくのを感じた。
そうだよね。あんまり意識し過ぎたら、逆にやさしくできないかも。ただ、感じればいいんだ。エルンストが、して欲しがっていることを。
僕の全身で。僕の心で。
僕は、自分の身体の緊張が溶けた代わりに、僕の人よりちょこっとだけ「すごい」と言われてる、人の気持ちを感じ取る能力が敏感になったのを感じた。
口の中を思う存分駆け回った舌を、唇にもう一度這わせてから。僕はベッドの上に完全に乗り上がった。
エルンストは、少しだけ離れた僕の顔を、一生懸命探しているみたいに、視線を泳がせている。なんだか、親鳥の姿を探している雛みたいで、本当に可愛い。
「大丈夫。僕はここに居るよ?」
だらりと身体の脇に投げられていた大きな手に、きゅっと僕の指をからめて、僕は言った。エルンストは、僕の手を、ぎこちなく、握り返す。
マルセルの薬の作用でも、僕のラブラブフラッシュの作用でも、なんでもいい。今、エルンストが僕の手を握り返してくれる。僕はそれだけで十分だった。
額にかかった明るいブルーの前髪を、少し掻き上げる。気持ち良さそうに、エルンストは目を閉じた。
沸き上がってくる気持ちを、ゆっくり息と一緒に吐き出しながら、僕はエルンストの服を脱がせた。

露になった白い胸に、僕はぐっと息を飲む。そのままかぶりついちゃいたい、なんて獣チックな考えが一瞬頭をよぎるけど、なんとか我慢して、全部脱がせる。僕自身も、アクセサリーだけを残して、全部服を脱いだ。
裸になって、裸のエルンストの上に乗る。
エルンストは、裸もすっごく奇麗・・・。
その胸に、自分の額の玉を当てた。冷たいのか、びくっと一瞬エルンストが反応する。
僕は、いつもより速く打つ、エルンストの心臓の音を確かめた。
「好きだよ、エルンスト。」
僕の口から、自然にその言葉が出た。焦がれるみたいに、ちょっとだけ掠れた声は、エルンストに届いただろうか。

もう一度、顔の方に乗り上がって、目をみて言ってみた。
「好きだよ?」
何かを言いたそうに、エルンストの口元が少し動く。
いつから?どこが?と聞いているように僕には感じられた。
「最初から。全部だよ。」
僕は思わず笑ってしまう。言い出したらキリがない。理知的な瞳も、仕事をしているときの、きびきびした態度も。すこし潔癖症がすぎる神経質そうな視線も。華奢なメガネも。全部だよ、エルンスト。
みんなの前で、「メルはエルンストがだーーーい好き!」って言っても、いつも冗談だって思われてるみたいだったけど!
ちょこっとだけ、あんまり幸せで、涙が出てきちゃった。せっかくの、エルンストの奇麗な顔が、滲んでみえる。
「好きだよ。すごく。」
呟きながら、照れ隠しにその項にキスをする。どうしてこんなに好きなんだろう。どこから、こんなに気持ちが溢れてくるんだろう。
「好きだよ。」
肩口を吸って、胸元に向かってキスをずらす。
全部、全部。どこもかしこも好きで、だから、どこもかしこにも、キスしたかった。
胸元をチュっと吸うと、エルンストが
「あっ・・・」
と声を上げる。顔をちらっと見ると、エルンストの頬がバラ色に染まっている。奇麗。僕はうっとりしながら、思い切り、そこを吸い上げる。
「んんっ!!」
ちょっと上ずった声。ますます嬉しくなって、なんだか口が勝手にニコニコしてしまう。「アイアンマスク」なんて言われてるエルンストが、こんなにエッチな声を出すなんて、絶対ぜったい、誰にも教えてやらない。
骨張ったアバラも、チュウと吸い上げたら、少し紅く、跡が残ってしまった。あ、失敗。ちょっと強く吸い過ぎちゃった。
でも、エルンストは気持ちよさそうに、身体を反らしている。僕はその背中に腕をいれて、お腹やおへそもチュッと吸った。今度は、跡を残さないように、気をつけて。
あ・・・。
そこまできて、僕はエルンストの男の子な部分が、ちゃんと反応しているのにやっと気が付く。エルンストって当たり前だけど、本当に男の人だよね。素敵で、かっこよくて、とっても立派な。男の、大人の人。
僕はちょっとした戸惑いを覚えつつも、それをぱくっと、頬張ってみた。だって、僕のはこんなに大っきくないし、僕はまだあんまりちゃんとその・・・。まあとにかく!そうするのが自然な気がして、エルンストもそうして欲しがっている気がして。
エルンストは急に、身を捩った。口の中でそれが暴れて、歯に当たってしまう。あわてて僕はそれを咥え直す。と、それが悦ぶみたいに、ぐん、と大きさを増した。
喉の奥までいっぱいになってしまうけど、すごく嬉しい。調子に乗って、それに舌を這わせて、それ越しにエルンストの顎を見上げた。僕の顔の脇では、エルンストの腕が、ぎゅっとシーツを握っている。僕の顔を掴んでその動きをとめようか、そのまましてもらおうか、まるで迷っているみたいに。
「はっ!あ・・・や、やめっ・・・ん!!」
うわぁ、エッチな声オンパレード。たしか、止めては「もっとして」の合図(BYマルセル)だったよね。うん。
エルンストの声を頼りに、僕はそれを愛した。途中、エルンストは、耐えられない、というように、仰向けだったのを横向きに変えて、ぎゅっと身体を丸めた。その手は一つは口元を押さえて、一つは僕の肩の上にそっと乗せられた。身体を支える必要がなくなって、僕は楽になった上、エルンストの顔が近くなって、すっごく嬉しくなって、口にそれを含んだまま、ふふふ、っと笑ってしまった。それを合図にしたように、口の中のものがぐぐぐっと堅くなって、白いものを放出する。
「あ・・・あ・・・ぁっ。」
断続的なエルンストの声。あわわ、と僕はあわててそれを口を離した。けど、口の中にだいぶ入ってきたので、思い切ってそれを飲み下す。
たしかに苦い。けど、それもエルンストが喜んでくれた証しだ。
口元を手の甲でぐいっと拭って、僕は再びエルンストの身体をぴったりと抱き寄せた。
ほんとは、ここまでで十分なんだけど・・・と、僕は申し訳ないなあ、と思いながら、エルンストの赤い目尻を見る。
でも我慢できなくなってきちゃった。うーん。
「痛かったら、途中でやめるから。ね?」
と僕は夢見心地なその瞳に問いかけ、もう一度、ぐったりとしたそれを咥えながら、そっと後ろに指を伸ばした。

「ふっ!!」
指先が侵入しかかったところで、エルンストの眉間にきゅっと皺が寄る。やっぱり痛いのかなあ。僕はものを咥えたまま、
「ひらかったらひらいっていっれね?」
とお願いしてみた。たぶん伝わんないと思うけどっと言ったそれが、それが予想外の効果をもたらした。
「あぁっはっ!メ・・・ルッッ!」
名前を呼ばれて、僕の全身がかっと熱くなる。咥えたまま、しゃべられると気持ちいいのかしらん?僕は思って、続けてみる。
「ふきらよ、えるんふと・・・」
「あああああぁっんぅ!」
きゃー!これはやばい、とすっかりエルンストの感じている声と顔鑑賞会に僕が没頭している内に、僕の人差し指はすっぽりとエルンストの身体の中に収まっていた。
あ、あれ?
中に入った指は、ひくひくと、締め付けられたり、ゆるめられたりを繰り返されて、すっごく気持ちがいい。ああ、僕自身がこの中に入ったらどんなに気持ち良いんだろう、と僕は期待に目眩がしそうだった。
でも、絶対エルンストに不必要な痛い思いをさせたくない。
僕はもう一本の指をそこに滑り込ませる。二本目は、意外にも、すんなりとそこに収まった。
圧迫感があるのか、それとも異物感があるのか、エルンストは例のおぼつかない視線で僕の瞳の位置を必死に探しながら、眉を寄せていた。
口元からは、「ふっふっふっ」という短い息が吐き出されている。
僕は、思い切り口でエルンストのそれを吸ってから、後ろには指を入れたまま、少しだけ身体を離した。
「ふぅっくっ」
エルンストは僕の肩をぎゅっと一度強く掴んでから、それを名残惜しそうに離した。
どうしようかな、と僕はちょっとだけ考えた。たぶん、エルンストにとって楽なのは、後ろからだと思うんだけど、それだとエルンストの顔がみえなくなっちゃうし。
と、エルンストの上気した頬と、うっすらと汗ばんだ裸体をじっとみて、こういうことはできるかなあ、とその身体に近づく。エルンストの右足を跨いで、左足をぎゅっと持ち上げて、自分の胸に抱き寄せる。そして、お尻に僕自身をぐっと近づけた。
む!これなら、エルンストの顔も見れるし、なんか深くエルンストと繋がれそうな気配がする!と僕は思った。
エルンストは、持ち上げられた左足が恥ずかしいのか、ちょっとだけ身を捩って抵抗している。
僕は、胸に抱いた足ごとエルンストに顔を近づけて、
「だめだよ、暴れちゃあ。」
メッと、そのお鼻に人差し指を当てた。ちょっと驚いたように目を開いて、エルンストは乱れた息を整えている。
ふと、自分が結構むちゃな姿勢をエルンストにさせているのかな?と思って、身体を元に戻す。エルンストって身体が柔らかいんだなあーと僕は思った。
角度がちょっと難しいけど、と僕は身体の向きを調整しながら、ゆっくり、そこに体重をかける。中を摩っていた左手の指を抜き、エルンストの足を左手に持ち替える。
たぶん、痛いもんね?と、僕は空いた右手でエルンストん前をきゅっと握った。
「ん・・・っ」
エルンストの眉がまた寄る。その顔が一番好きになっちゃったかも、と僕は思いながら、ぐぐぐっと体重をさらにかけた。ゆっくり、僕がエルンストの中に埋まって行く。
僕の眉も、今はきっと、エルンストみたいに悩ましい感じに寄っているのかもしれない。
だって、すごく、気持ち良い。

埋まった部分から、体全体に、痺れるようにじんわりと歓びが広がっていく。僕は、エルンストの圧迫感が少しでも和らぎますように、と祈るように前を愛撫しながら、中へ中へと進んだ。
全部収まると、僕は思わず、
「は・・・ぁっ」
と息をついた。幸せで、満ち足りた気持ち。こんなの、知らない。
「エルンスト、僕、エルンストの中に居るよ?」
ふふっと僕は笑って、入り口の結合を左手でなぞって、エルンストを見た。エルンストは、はっはっはっ、と肩で息を吐き出しながら、でもゆっくりとバラ色の瞼を瞑って、口元に幸せそうな笑みを浮かべた。

ええええええーーーーーーーーーーーーー!!!!!

その瞬間、全身が雷に打たれたみたいなショックを感じた。わぁーーーーーっと訳のわからない感情が一気に沸き上がってくる。
僕は、涙がだーーーっと音もなく頬を流れているのを感じながら、感情の赴くまま、ぐいっと、エルンストを突いた。
「はっぁ!!」
エルンストが鼻にかかった声を上げる。
やっばいよ、エルンスト・・・あんまり、無茶したくないのに・・・。そんな顔されたら・・・
僕は、ぐっと奥までもう一度ついてから、ゆっくりと、ペースを上げていった。
その後は、あまり覚えていない。こんなに速く、腰って動くんだなーって僕は、自分のありえない腰の動きをぼーっとどこか遠くで眺めていた気がする。

「だいっす・・・きっ!エルン・・・ストっっ!!」

弾け飛ぶように、エルンストの絶頂と僕のそれが同時に起こって、全力疾走で1キロ走り切ったみたいに、僕はぐったりと倒れ込んだ。
ああ、そんなに速く打ったら、きっと僕とエルンストの心臓、どうかなっちゃうよ・・・僕はぼんやり、僕とエルンストのハートを窘めた。

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目が覚めた時、もう日は暮れかかっていた。2時間だけの約束だったのに、たぶん4時間は使っちゃった、と僕は反省することしきり。
ベッドの上のぐったりとしたエルンストの肩をゆする。
こうやってずっと裸で抱き合っていたいけど・・・。
「エルンスト?起きて・・・。」
エルンストはちょっとだけ髪を乱して、上半身をベッドから起こした。いつもベッドサイドにメガネを置いて寝るのかもしれない。意識してか、しないでか、エルンストは腕を何もない空間に手探りで伸ばした。

か、かわいすぎるっっ!僕は小躍りでもしそうな気持ちになりつつも、笑いを堪えて、
「め、メガネなら、ここだよ。」
と、腕をベッドヘッドに伸ばした。その手をたどるようにして、エルンストはメガネを取り上げ、かけた。
それまで、どこか焦点を失って、幼い子供みたいな目をしていたエルンストは、メガネをかけて、1秒程すると、いつもの理知的な輝きを取り戻した。
うーん。それはそれで、やっぱり素敵だし、好きだなー。僕は目の前で変化する、エルンストの表情に見惚れていた。
と、突然。
「う、うわぁ!!」
エルンストは珍しく何かありえないものをみた、というような変な声を上げた。
「なななななななななななっ・・・・」
言葉になってないよ、エルンスト。予想はしてたけど、やっぱ吃驚するよね?起きたら二人で裸だし、どこだか分からないしじゃあ・・・・と僕は思ったが、僕の方は、もう幸せを満喫した後なので、なんとなく余裕があった。
「落ち着いて。エルンスト?」
僕はエルンストの肩にゆっくり手をかけた。
それにびくぅ!!と過剰な反応をしてから、エルンストは自分の服を、その視界の中に見つけたのか、ばっと音をさせて、それをひったくった。
うーん・・・・そうだよねぇ、エルンストにはいきなり刺激が強すぎたよね、と僕はうんうん、とうなづいた。

まあでも多分、始まり方はちょっと強引だったけど、もはやこうなった以上、僕たちは恋人同士ってやつだし、僕は浮気には厳しいたちだから、よそ見とかしたら大変だよ?ってでも今日の感じだと、僕たちってもしかしなくても相性最高ってやつだし、あ。いやこれはラブフラ的な意味ではなく、身体の相性ってやつだけどっ!
って、僕が一人百面相をやってるうちに、僕の館からエルンストの姿は消えていた。

「んもー!!照れ屋さんなんだから!!」
僕は枕をびしばしとはたいた。
そこに、
「メル・・・・。」
ブリザードを彷彿とさせる、冷たい女性の声がかかった。
「サ、サラ?ど、どうしたの?突然・・・・」
と、僕は青筋をたてつつ聞いた。突然の来訪だ。せっかく素敵な余韻に浸ろうと思って居たのに・・・・。ていうか、いったいいつから見ていたのさ。エッチ!
僕はぎゅっと枕を抱いた。
「やっちゃ駄目って、言ったでしょ?」
サラは、言った。どうやら、イケナイ事をしたのがバレてしまったらしい。
「・・・・ばれたの?」
往生際悪く、僕はちょっと言ってみた。
サラは手を広げて、斜めに振った。まるで、ばっさり刀で切りつけるみたいに。
「ばればれよ!!占い協会の会長から、処分を言い付かってきたわ。」
ええええーーーーー!!!処分!!あの占いおババから!!
「しょ、処分って何・・・・?」
恐る恐る聞く。
「今すぐ、私がエルンストと貴方の相性を0にするわ。」
えぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!!!!
「なんてこというのっ?!サラー!僕たち今日やっと恋人同士になったばっかなんだよ!?相性0にされたら喧嘩別れしちゃうよ!!」
僕は狼狽えて涙目で叫んだ。
「あのねぇ、メル。何か勘違いしてるようだから言うけど、恋人同士ってそういうものじゃあないのよ。もっとデートとかして、相手のことをよく知って・・・」
「僕たちは今日一日ですっごくすっごくお互いのことが分かったもん!!」
僕は遮って膨れた。サラは、はぁっとため息をついて、
「まあとにかく、処分は処分だからやるわ。その後は、好きにしなさい。また自分の恋をラブラブフラッシュで叶えようとしたら、また振り出しに戻して上げるからね、覚悟しなさい?」
据わった視線を投げられて、僕は全身が絶望で脱力するのを感じた。
「つめたー!さっすがミセスウォータフォール、容赦のない仕打ち!!」
「なんですって?」
「え。いや、こっちの話!!でも・・・だったらラブフラなしで、お薬だけ使えばよかったよ・・・」
ぼそぼそ言うと、
「だから言ったでしょう。そういうことは、理由もなくルール化されてるってことはないって。」
サラは、僕に近寄って、僕の顔をその豊満なバストで包み込んだ。
飴と鞭だ。今まさに、彼女は僕とエルンストの相性を下げている。
僕は、やるせない気持ちでいっぱいだった。でも、どこかでこうも、思っていた。エルンストは、きっとまた、僕を好きになる。
相性を0にされても、マルセルの薬を使わなくっても。
だって、あの時、エルンストは幸せそうに、笑ったんだもの。

「いい顔をしてるわ。メル。今回は残念だったけど、貴方の恋、かなうと良いわね?」
サラが笑いかける。
僕は答えた。
「そう思うなら、ラブフラしてよね!サラが、メルたちに!」
サラは、なるほどね、と少し吃驚して、「考えとくわ。」と、腕を組んだ。

サラは、ラブラブフラッシュしてくれるだろうか?
でも、多分、そんなことは大した問題じゃないのかもしれない。
エルンストのその時の顔をもう一度思い出して、ふふふ、と僕は思い出し笑いをした。

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「エルンストー?」
僕は、次の日、エルンストの主任室を尋ねていた。
その声に、中でがらがらがっしゃーん、とすごい音がする。どうしたんだろう、と僕は扉を勝手に開いて、ひょい、と頭だけ覗かせた。

中ではファイルの中身をぶちまけたらしいエルンストが呆然と立っていた。
「その後、どう?女王候補たちのドキドキする気持ちとか、ちょっと分かったりした?」
「あ、は?え、は・・・い?」
エルンストは真っ赤だ。うーん。ちょこっと効き目がありすぎたかなー。
「んー。ちょこっと効き目が強すぎたかもね。仕事は仕事でびしっとやってもらって、たまーに思い出したように僕のことを構ってもらう予定だったんだけど。その様子じゃあ僕のこと以外、頭になさそうだもんね。」
僕は真剣に悩みながら、部屋に入って、腕を組んだ。
「ななななななななななななななななな・・・っっ!!!」
また、エルンストは顔を更に真っ赤にして意味不明の声を上げている。
いつもの冷静沈着なエルンストも素敵だけど、目の前の恋に我を失っているエルンストも、それはそれで・・・
僕は、えへえへえへっと変な笑い方をしてしまう。

だからね、多分。
僕たちはうまくいくんだ。
なんてったって、僕は、聖地の恋愛事情には最も詳しい、「その道の専門家」ってやつなの。そんな僕が言うんだから、間違いないよ?
ね?
エルンスト!!

終。
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