真夜中の応酬


炎「おい、まだ終わらないのか。」
水「えぇ。」
(タイプ音を小さく響かせながら、深夜のオフィスで資料を黙々と作成している水、紙の資料を見ながら、ぺらぺらめくる炎。広いフロアの中、二人以外に人はいない)
炎「・・・おい。」
水「・・・。」
炎「・・・おい。」
水「・・・。(下ろしていた髪をいったん、ゆっくりと掻きあげて、デスクの上に用意されていた髪留めで、肩口で一つにまとめながら・・・)・・・帰らないんですか?」
炎「・・・。(決まり悪そうに、髪を潰してから、デスク上の栄養ドリンクを開ける)まだ、やることがある。」
水「(片眉を吊り上げて、斜め向かいのデスクに座る炎に、低いパーティション越しに一瞥を送ってから)・・・では、集中なさっては?私も気が散ります。」
炎「・・・。あぁ、まぁ、そう・・・だな。(ため息)」
水「・・・(作業に戻るべく、カチャカチャと少し打ち始めようとしてから・・・、ピタリ、と動きをとめて)一体なんなんです。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか。(with険のある視線)」
炎「・・・。・・・(あー、クソ、と髪を乱暴に潰してから)お前こそ、俺に言いたいことがあるだろう。はっきり言ったらどうだっ!」
水「・・・は?(きょとん、と能面に驚きのあどけない表情が上る)」
炎「あ?(一瞬、戸惑ったように無表情になってから、片眉を上げる。)・・・え・・・?お前、本当に、俺に言いたいことないのか?」
水「一体なんの話ですか?さっぱり話が見えませんが。」
炎「いや、だから・・・。つまり、お前の今作っている資料、マル競ルの尻拭いだろ?・・・(少し、瞳を伏せて視線を落としてから、水の瞳をまっすぐ見やって。)俺の指示が甘かった。しかも、確認しにくい雰囲気を作っちまってたかもしれない。(言ってから、視線をふい、とそらす。)」
水「・・・は?一体、何の話ですか?そもそも、このクライアントは私がもともとヒアリングに行ったところですよ?」
炎「だから、お前が出張中に、マル競ルが俺にヒアリング資料の起こし方をだな・・・。」
水「(遮って)何を言っているんですか。(呆れたように深く長くため息)それは単に私が不在だったから、他に聞く人がいなかったからでしょう?私が事前に細かく指示を出しておけば済んだことです。何を変に勘違いしているのですか。それでは、貴方のために私が残っているとでも?だいたい貴方は・・・(言っているうちに段々ヒートアップ)」
炎「(遮って)なんだその言い方は。誰だってこのクソ忙しいときに、新人が完璧に仕事をこなすように事前指示など出せん。お前は自分が完璧で万能なスーパーマンか何かと勘違いしてるんじゃないのか?(途中から立ち上がって、手を大きく振る。)」
水「私のどこが完ぺき主義者だと?(呼応するように立ち上がって、深い藍色でジッと瞳を睨む。)」
炎「(薄青い目でジッと瞳を睨み返して)なんどでも言ってやる。お前は抱え込みすぎの完ぺき主義者。独りよがりのミスターパーフェクションだ。(怒りを押し殺した目で、声を静かに。)」
水「はっ、そのお言葉、そのままお返しいたしますよ。同期の部下のことまで配慮なさるとは、まったく今からまるでマネージャー気取りですね?(小さく肩を竦めてから)」
炎「・・・(その様をジッと見つめながら、疲れたように、長くため息を吐いて、ばかばかしい、とばかりに、椅子に乱暴に座って)やめだ!ばかばかしい。どうしてお前とだと、こうなんだ。お前が自分の指示ミスだというなら、そうなんだろう。俺がどうこう言う問題じゃない。」
水「・・・。(少し、逡巡するような表情を見せてから、静かに席に座る)」
炎「・・・家に帰る。(静かな声で。)」
水「・・・(前髪を掻きあげてから)手伝って欲しいことがあります。」
炎「(一瞬、ぴく、と耳を反応させてから)・・・な、なんだ。」
水「明日、別のクライアントに簡単なグループワークをやろうと思っているんです。・・・資料の印刷や確認を、徹夜明けの眠い頭でやるのは心配なので・・・。(といって、後がつづかない。)」
炎「(語尾が曖昧なのを気にするそぶりもなく)どれだ。共有のクライアント名のとこか?(と、PCをカチャカチャし始める)」
水「・・・。(嬉々として仕事をし始める炎の様子を、そっとPC越しに眺めながら、)ええ。プレゼンファイルはひとつしかないので、すぐに分かると思います。(能面が、微かーーーーに微笑気味に。)」
炎「お、これか。ファイル名の付け方センスないな、お前。」
水「・・・。(ぴき、とコメカミの辺りに青筋)」
炎「ほぉ、このメソッド俺まだ実践したことないから使ってないな。結構効果上がってるか?」
水「・・・。」
炎「って、おい、聴いてるのか?」
水「・・・。」
炎「・・・なぁ?」
水「・・・もう遅いですし、そろそろ帰ったらどうです?」
炎「・・・?何言ってんだ?お前??」
そして夜は更ける・・・

終。

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