まわれまわれ輪舞曲
神様が語る不思議な詩
まわれまわれ輪舞曲
素敵な旋律が繰り返し現れて
まわれまわれ輪舞曲

輪舞曲で踊りましょう


【第一話:湖畔の兄妹/全三話】



「やっぱり、オスカー様って、私に対して失礼ですよね。」
私は、思う存分、ジュースをジュルジュルジューっと啜って。だけど、ハンカチを取り出して、口元を小さく拭ってから(これはロザリアの真似のつもりだ)、きっぱりと言った。
「そうかな?」
オスカー様は長い足を組んだまま。なのに、君の話を真剣に聞いている、という態度を同時に成立させるという、なかなか難しいことを、にこやかに、さらりとやってのけた。
「だって、さっきから、『なんで「俺」が女の子と二人で、カフェに居るってのに、そんな仏頂面されなきゃならない?』って、お顔に書いてあるんです。」
フッ、と彼はほんの少し眉を寄せるようにして、反射的に笑ってから、「ああ、すまない」と右手を小さく上げた。私に少しばかり顔を近付け、それから、いつものように、余裕のある笑みを見せ、
「分かっているなら、もう少し、にこやかにしてくれてもいいんじゃないか?」
と言う。
「そう言う訳にはいかないんです。」
私はやっぱりキッパリと言った。女王試験が始まったばかりの頃、散々、この人に揶揄われて、ギャーギャーやりあって、それで多分、私はおそらくオスカー様とのコミュニケーションに「慣れた」んだと思う。以前程、オスカー様の言動に振り回されなくなっていた。振り回されなくなった理由はもう一つある。それは、私に好きな人ができたから、なのだと思う。
「理由を聞いても?」
彼はカップをソーサーと一緒に持ち上げ、少し傾けてから元に戻し、私に聞く。私は、頷いて、
「今日、私、本当はロザリアと約束していたんです。」
飲み切ってしまったジュースのストローを、弄びながら、視線を落として切り出す。誰かに聞いて欲しかった。でもそれを言う相手がシャルロッテさんじゃなくて、オスカー様なのはなんでなんだろう。どこか、ぼうっとそんな事を思っていると、近くを通ったウェイトレスのお姉さんに、オスカー様は軽く手を上げ、私の分のおかわりを注文してくれる。『で、いいよな?』と確認するような笑顔に、私はコクリと顎を引いて答える。
「すっぽかされた・・・訳じゃないんだろ?」
オスカー様は注文を取ってくれたお姉さんを見送ってから、やっぱり優しく笑んだ気配のまま、聞いてくる。

ーーーよく、分かっている。この人は、ロザリアの事を。

・・・だからかもしれない。だから、この人に話したいと思うのかも知れない。私は、ロザリアに、やっぱり今日の予定は止めにしよう、と彼女の部屋に行った事、その時の彼女の驚いたような様子を思い出す。
「勿論。断ったのは、私です。」
言いながら、どんどん暗い気持ちになってくる。『ずーん』と、自分の背後から音が聞こえるのじゃないかと思うくらい。オスカー様は、
「おいおい。なんだって断ったお嬢ちゃんがそんなに落ち込むんだ?落ち込むのはロザリアじゃないのか?」
苦笑の声を漏らして見せる。なんとなく、もうこの人は、この話の続きに察しがついていて、ただ、付き合ってくれているのじゃないかな、と思う。
「いいえ。ロザリアは、驚いていました。でも、ちょっとホッとしたと思います。」
「ホッとした?」
「はい。だって、彼女はきっと今・・・。」
先を言おうとして、ちょっと唇を動かして、でも、ギュ、と唇を噤む。オスカー様は、先を促さない。それで、私は仕方なく、先を続けた。
「だって、彼女は今。」
「・・・ルヴァと一緒に居る、・・・か?」
それまで、柔らかな、余裕のある雰囲気が嘘のような、固くきっぱりとした声音。私は、ずっと俯いていた顔を上げて、オスカー様のアイスブルーを見上げる。
でも、その瞳は、やはり余裕のある笑みを浮かべて、私を見ていた。数秒そうして私達は見つめ合う。それから、オスカー様が、クッと喉を鳴らして笑う。ゆっくりと片眉が上がる。
「どうして分かったと思う?」

ーーーオスカー様も、ロザリアが好きだから。

私の中に答えはある。でも言わなかった。代わりに、
「どうしてですか?」
と興味の無い声で聞く。私は、オスカー様みたいに優しくないんだな、と思った。
「会ったんだ。今日の朝。聖殿に行く途中に、な。」
オスカー様は口元の笑みを絶やさずに、小さく肩を竦める。
「幸せそうだったでしょう?」
「ああ。」
飛空都市のカフェはいつだって、春陽気。なのに私とオスカー様の間に通る風は、木枯らしのよう。
「つまり?」
オスカー様は、私が空想の木枯らしの行方に気を取られているのを知ってか、知らずか、続きを促す。
私は、ぎゅ、とストローを握っていた、手に力を込めた。
「つまり、こういうことです!」
視線をあげて、余裕の笑みを称えるアイスブルーを睨み上げる。
「私はロザリアと約束してた。今日は二人でクッキーを作ろうって。オスカー様にはご存じないと思いますけど、女王候補のストレス解消って結構大事なんです。だから、土の曜日のこの約束は、私は先週からずっと楽しみにしてて・・・でも見ちゃったんです。ルヴァ様が、ロザリアをデートに誘っているところを。あのミスター・インドアの、ルヴァ様がですよ?デートですよ?ご自身で誘ってるんですよ?これはもう、飛空都市に雪が降るって私は思いました!・・・それで。・・・ロザリアの頬が、バラ色に染まってるのを見ました。いつもロザリアは綺麗だけど、その時は、本当に一層綺麗で。でも、ロザリアは多分、次の瞬間思い出した。私との約束を。それで困った顔になって・・・だから、ルヴァ様の誘いを断ったんです。私は一部始終を見ていた。本当は、その場で、私との約束は止めにして、ルヴァ様と行って来なよって、言いたかった。でも言い出せなくて、そのまま、今日になって。やっと今日の朝になって、ロザリアとの約束、ごめんねって言いました。私、ほんのちょっとだけ、思ったんです。『もうルヴァ様は他の予定が入っているかも知れない。そしたら、ロザリアはきっと、暫く部屋でばあやさんと一緒に過ごすに違いない。そうしたら、もう一度誘おうかな』って。でも、暫くして、やっぱりロザリアは、おめかしして出かけました。すぐに分かりました。ルヴァ様と過ごす事になったんだって。暫くふて寝するつもりだったんですけど。一人で部屋に居ても気詰まりだから、お出かけしようって思って。それでオスカー様午前中なら聖殿にいらっしゃるかなーと思って執務室を覗きに行って、そこからは、ご存知の通りです!」
相槌なんて待たず、一気に、ほとんど捲し立てて言う。オスカー様は、カップに右手を掛けたまま、呆気に取られたような珍しい顔で、ぱち、ぱち、と睫毛を瞬いてみせる。
それから、両眉をきゅ、と寄せて、
「フッ・・・ハッハッハッハ!」
と弾けるようにお腹を抱えるようにして笑った。オスカー様がこんな風に笑うなんて珍しい。自然、周囲の人の視線が少しだけ集まって、気遣うように、また離れて行く。
いつまでも、笑い止めないオスカー様に憤慨して、私はジュルジュルジューとやってきた新しいジュースを力一杯啜る。
「フッ、クックックック。」
まだテーブルに手を掛けるようにして、笑うのを止めない、紅い髪の人を胡乱な目つきで見やる。悪い、と言うように、彼の右手が小さく上げられて、コホン、と咳払いする口元を、大きな左手が隠す。
「要約すると。」
オスカー様は、茶目っ気のある笑みで、右手の人差し指をまっすぐに立て、私に斜めに顔を近付ける。
戯けたような感じに合わない、何か薔薇のような香りが、ふわりと漂う。
「すると?」
多分、私は仏頂面の、不細工なままだ。
「お嬢ちゃんはこの上なく『いい男』で、同時に、『とってもとっても情けない男』って奴だな。」
「私、女の子ですけど。」
ほとんど棒読みのまま、私は再びジュースを小さく啜った。フッ、と今度は、大人っぽい、仕方なさそうな、けれども、この上ない慈愛に満ちたような笑みが、オスカー様の顔に滲む。
「なぁ。お嬢ちゃん。」
「はい。」
「こんな日は、思いっきり深酒をして、思いっきり泣くのが、男の流儀ってものなのさ。」
オスカー様は、慈愛の瞳のまま、続けて、また戯けたように眉を寄せて笑い、私の鼻頭を、キュ、と無遠慮に摘む。
「きゃ!」
吃驚して、思わず両手をストローから離し、変な格好になってしまう。何するんですか、と言おうとしたけど、オスカー様は目を瞑って顎に手をやり、なにやら思案し始めていて、私の文句なんかちっとも聞いてくれそうもない。
「でもお嬢ちゃんは、お嬢ちゃんだから、な。・・・そうだな。1.思いっきり泣ける映画を見る、2.思いっきり泣ける歌を歌い叫ぶ、3.大自然に向かい思いっきり泣き叫ぶ・・・どれがお好みかな?」
私は鼻を擦って答える。
「じゃあ、3で。」

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「大自然?」
「大自然。」
先に馬を下りたオスカー様に、両手で腰をひょいと持ち上げられて、馬上から地面に着地する。大自然というよりは、静かな森の湖畔。シフォン袖のアイボリーのトップス部分から、腰の辺りで千鳥格子に切り替わるワンピースは、本当はロザリアと次に一緒にカフェに行く時に着ようと思っていたのだ。ロザリアの大人っぽい雰囲気に、ちょっとは近付けるかと思って。
だけど、今日。彼女は、ふわっとしたコットン系の楽そうなワンピースで、麦わらを被って、バスケットを持って出かけた。お洒落な長い手袋は、紫外線防止だろうか。つまりは、きっと青空の下でご飯を食べる。ルヴァ様と一緒に釣りとかに出かけるのかも知れない。
「もっと、切立った、崖とか、そういうところに連れて来て下さるのかと思いました。」
私はぶすくれて言う。多分、今日はずっとオスカー様の前ではこんな顔をしているに違いない。
「ハッ、まさか。」
思いがけず、完全に鼻で笑うような声に、斜め後ろを振り返ると、オスカー様は役者ぶって大袈裟に肩を竦める。
「安全第一。」
そのまま大きく右手を上げてから、胸に付けて、軽く足を引いて膝を折ってみせる。君は女王候補、俺は守護聖、という意味かな、と思う。クス、と私も小さく笑う。
「お、少し笑ったな。でも今は、笑うよりもこっちが先決だ。」
オスカー様が、急に私の両肩をぎゅ、と大きな両手で掴み、クルッとやや強引に湖畔の方へと向ける。右の肩口から、背後に居るオスカー様が、顔と近付けて、私と視線の高さを合わせる。ピン、と背後から前方に伸ばされたオスカー様の右手が、輝く湖畔の先を指差す。
「叫べ。」
深い声で、静かに、短い命令。ゾクっと、背筋に寒気が走る。それで、反射的に、声が漏れた。
「うぅ、う、わー!」
我ながら態とらしい、情けない変な声。でも、オスカー様は笑わず、さっきの冷徹な声で命じる。
「もっとだ!!」
「うああああああぁぁぁぁ!!!!」
両手を拳にして、とりあえず、湖面に向かってありったけの大声を出す。
「もっと!!」
「あああああーーーーーーーーーーーー!!!ばかぁーーーーーーーー!!!」
「もっとだ!!」
「あほーーーーー!!!!うわーーーーーーーーーーーー!!!!」
叫び声と一緒に、何故か鼻水が出てくる気配。
「あああああああーーーーーーーーーー!!!!」
構わず叫んだ。全身が叫び声になって、汚い心も、優しくなれない私も、全部声に解けて、湖畔に流れてしまえばいいんだ。そうしよう。そうしよう。
「あああああーーーー!!!ああ!ああああ!!!」
全部、全部、洗い流してしまえば良い。
無茶苦茶に声を出したので、あっという間に声が嗄れて、うまく伸びなくなってしまう。
それでも構わず、声なんか出なくなればいいと思って、声を出し続ける。
「ああ!!ああ!あ・・・!!あっ、あっ、ああっ、あっうぅ・・う・・・!!」
声が詰まって来て、なんだか泣けて来た。声を上げて、しゃくり上げて、まるで赤ん坊みたいに泣く。

「な、んで・・・ぇ?・・・っく、ヒッ・・・ぐ・・・な、んでっぇぇ・・・・んん!!」

馬鹿みたいに、とってもいいお天気で、湖面はとても美しい深緑色。お日様の光が湖面にキラキラ踊ってて。私をここへ連れて来てくれた人は、凄く優しくて私が声を嗄して叫ぶのも、大声を上げて無様に泣くのも、ただ黙って許してくれる。
何もかも美しく、優しい世界の中で、ただ、私だけが醜い。

「な、んで・・・・っっ!」

ゴシゴシ、と乱暴に腕で目を擦ろうとしたら、両肩をぎゅっと掴んでいた力強い手が、くるり、と私の身体を再び反転させて、ギュッと私を抱きしめてくれる。
身長差が大きすぎて、ほとんど私が顔を埋めるのは、オスカー様の胸の下、お腹の辺り。それが一瞬可笑しくて、その後、すっごく哀しくなる。
「なんで!!なんで、そんなに背が高いの!!」
ドン、と、私は思いっきりオスカー様の胸を叩いた。オスカー様は、ただ黙って、それを受け止めている。
「なんで、なん、で。ロザ、リアは、ルヴァ様が、好き、なの!!」
「なんで、なんで、っク、ウゥ・・・。私、じゃ、・・・ない、の!!」
「なん、で、なん・・・で。なんで・・・ぇっ!!」
後はもう、言葉にならなかった。ただ、ウワーン、ウワーン、ウワーン・・・と声を上げて泣いた。顔を擦り付けて、痛くなって、それで気づいた。オスカー様が今日着ている黒いシャツが、麻でできたものだったということ。私の鼻水と、涙で、オスカー様の素敵なシャツは、ぐしゃぐしゃだ。
私は、思う存分泣いて、泣きつかれて、それでやっと、目の前のシャツに、ポケットからハンカチを出して、慰めに当てる。今更収集なんか付きそうも無いな、と、どこかぼうっと思いながら。繰り返し、ハンカチをシャツに当てようとする私の手を、オスカー様の手が、優しく止める。
それから、瞳を覗き込むようにして、
「そんなこと、しなくていいんだ。」
と、なんでか、泣きそうな顔で言う。オスカー様も、哀しいの・・・?でも、なんで?
ーーーああ、そうか。
私は、自然、笑顔になって、泣きそうなアイスブルーを見上げた。
「オスカー様も、ロザリアが好きだから。一緒に哀しいんですね。」
オスカー様は、むぅ、と一瞬、顔をまたコミカルに崩してから、ちょっと複雑な、困ったような顔になる。それで、らしくもなく、曖昧に、
「まあ、確かに。哀しいと言えば、哀しい。」
ほとんど独り言のように言った。それから、羽織っていた白いコートを脱いで、地面に広げると、私に座るように促す。隣にオスカー様が座って、湖畔で私は両膝を抱えて子供のように、オスカー様は片膝を立てて、やや傾きかけたお日様と、湖を見やった。
「もっと、泣いてもいいんだぜ。」
オスカー様は、優しい声音で言う。
「いえ。有り難うございました。」
私は答えて、言おうかどうしようか迷って、それから。
「私きっと、ルヴァ様とロザリアが喧嘩しても、仲直りできるように、手伝います。」
「ああ。」
「それに、ルヴァ様はとても優しい人だから。ちょっとご本が好きすぎるのが、不安ですけど、ロザリアの事は魅力的だと思ってるんじゃないかと思うし。」
「ああ。」
「よくよく考えれば、二人はお似合い、かもなって、思って、るんです。」
「ああ。」
「誰、より・・・。しっ、しあ、わせ、な・・・て、欲し、く・・・て。」
「ああ。」
オスカー様が、きゅ、と私の肩を抱き寄せて、ポン、と優しく叩いてくれる。それで結局、ボロボロとまた涙が湧いて来た。湖面が夕日色に染まっていく。視界がぼやけて、色がグルグル混ざっていく。
何も言っていないのに、オスカー様の「ああ。」と、優しい相槌が上から定期的に降ってくる。
お兄ちゃんが居たら、こんな感じなのかな、と思って。そう言えば、オスカー様には妹さんが居たのだったとなんとなく思い出す。
「ふふふ。」
「?」
「きっと、妹さんは、オスカー様の、ことが大好きだったでしょうね。」
「・・・?勿論、そうだったろうと思う、が。」
怪訝そうな声音に、
「いいお兄ちゃんだったんだろうな、と思って。」
と笑んで答え、少し視線を上げると、上から私を見下ろしている顔が、また、困ったような曖昧な顔になる。
それから、小さく首を振って、
「ああ。勿論だ。宇宙一、いい兄だったとも!」
不必要に大きな声で言われる。
「何か、私、変な事言いました?」
ちょっと気になって聞いて、
「いいや!全く!!」
大袈裟に肩を竦められて、肩口に凭れていたせいで、ずる、と自分の頭が落っこちる。
「ふふふ。」
とまた笑えて、鼻をキュ、とまた無遠慮に摘まれた。もう嫌じゃない。わざと手を使わず、頭だけを振るって、その手を外し、
「アハハ!アハハハハハ!!」
と笑った。笑い始めると、余計に可笑しくなる。でも、何が可笑しいのか、よく分からない。とにかく、可笑しかったのだ。再び視界が滲んで、色が混ざっていく。完璧な世界と、汚い私の境界が曖昧になって、もうどこが汚いのか分からない。ただ、やんわりと、洗い流されて行くみたい。それがきっと可笑しいのかもしれない、と私は思った。

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【第二話:冴えない男/全三話】



「どしたの、色男。」
「黙れ極楽鳥。」
「まー酷い。」
俺が頗る不機嫌な事を、一瞬で理解した癖に、構うなという俺の気持ちも正確に察したはずなのに、男は全く意に介した様子もなく、するりとカウンターで隣の席に腰を落ち着ける。
「そもそもなんでお前が此処(外)に居る。」
「抜け出してるのはお互いサマー♪チクルのはナシね!」
呻くような問いには、軽やかな返答になっていない応答。
ああ、そうだとも、最悪だ。俺は内心で天に向かって降参し、隣の席から、派手な男を追いやることを諦めた。
「何かあったね。」
ニヤリと笑う男の気配に流石に視線を合わせる気にならず。俺はカラカラとグラスを指先で振って、
「まーな。」
と短く応じる。
「可哀想に。」
なんでお前に慰められなきゃならんのだ。と、思ってから、けれども今日ばかりは、懐の深い女性に慰めてもらうのも気が引けている。それも確かだった。全く、炎のオスカーがなんてザマだ。
「一方通行のロンドってね☆」
相変わらず察しの良過ぎる男を、ぎろり、と睨むが、男は軽くむき出しの肩を竦めただけだった。それから、仕方なさそうにして、苦笑する。
「自業自得。」
美しい唇から漏れた言葉に、俺は打ちのめされる。ぐしゃ、と左手で、自分の頭髪を潰す。
「分かってる。」
「そりゃ、分かってなきゃ困るっつーの!!」
アッハッハ、と男は手をヒラヒラさせて笑う。
「ヒール役を勝手に買って出ておいて、後から惚れましたってのは無理があるでしょうよ。スタートラインから失敗しないでよね。色男。」
お前の褒め言葉は、常に貶すニュアンスだよな、と俺は内心で溜め息しながら、
「だから、分かっている。」
黙れ、というつもりで言っているのだが、意図を読み取って無視する男には、当然効果など微塵も無い。
「どうしてそんなことになったんだっけ?」
苦笑しながら、男はキラキラと立体的な爪の先を俺に向ける。眼前でチラつく男にしては美し過ぎる爪を、俺は見やりながら、前髪を吐息で吹き飛ばして答える。
「あんなに『いい男』には会った事がなくてな。」
一瞬の間、それから、プッ、と吹き出した後、アーーーッハッハッハッハ、とこれ以上ないくらいに仰け反って男が笑い出す。ヒーヒーと笑いながら、
「ちょ、待って。そう言うのに弱かった訳?」
笑いに縒れた声で聞かれて、俺は澄まして答える。
「俺自身が一番意外だ。」
ゲラゲラと笑い止まない男に、俺は人差し指を立ててチッチッと振ってみせる。
「それに、この間は少し前進した。」
「へーぇ?どんな風に?」
片眉を嫌味に上げる男に、俺はフフンと鼻を鳴らす。
「『いけ好かない守護聖』から、『頼れるお兄ちゃん』へとな。」
一瞬の間の後、再び男は盛大に仰け反る。
「アーッハッハッハッハ!!何ソレ、苦しーンだけどッッ!!そーゆーのはさ、オスカー!」
くたりと力を失ったようにして、俺の肩にオリヴィエの左手が掛かる。
「なんだよ、ネガティブからポジティブなのは変わりないだろうが!!」
「何ソレ、チョー前向き解釈なンだけど!!驚き!!あのさ、フツーはねぇ、オスカー。」
「なんだ!」
男は細い右手の指先で、目尻の涙を抑えるようにして、続けた。
「そういうのは、前進じゃなくて、後退っつーの!!!アーーおっかしい!!」
まだまだオリヴィエの笑い上戸は終わりそうにない。俺は、もう男と議論するのは止めにして、溜め息を一つ零してから、ナッツを口に放り込んで、ポリポリと味わう。右手のロックのウィスキーをカランと鳴らす。
グラスの中身を少しばかり煽り、ただ飲み干した。

ーーーそう、別に、冴えない男で構わないんだ。

らしくもなく、殊勝な事を脳裏に過らせる。もっと、慰める事だってできる。ほんの少し、最初は怖がらせるかもしれないが。だが、きっと忘れさせるくらい。・・・おそらく、できる。
だけど、俺はそうしない。卑怯だとか、卑怯じゃないとか、そういう事を考える程、余裕もない。ただ、指を咥えて、見ているしか無い。
なんでかは分からない。
ただ。
涙に濡れて居ても、ただ胡乱に空気を眺めて居ても、俺を睨んでいても。
もう、あの翠は、俺には強い強制力として働く。
もう、あの翠が望む事しか、俺は何一つ彼女にしてやれないだろう。

「なーに、らしくもない顔しちゃってンの?」
不意に詰まらなそうな声を漏らすオリヴィエに、視線を戻す。いつの間にか笑い上戸は収まったらしい。俺が苦笑して、
「らしくない顔?何だそりゃ?」
と聞くと、軽く肩を竦めて応じる。俺が想いに耽っている隙に、離席していたのだろうか。奴のアイメイクは完璧に戻っている。
「そういう、『いい男』の顔はさぁ。聖地には一人でジューブン!ってね☆」
言ってやった、とばかりの一言に、
「ハッ。俺はいつだって『いい男』、だろ?」
会心の一撃を返してやって。だが夢の守護聖は一瞬驚きに目を見開いてから、俺と見つめ合ったまま、うっとりと垂れ目を細めて俺の鼻頭に指を当てる。
「ほーんと。『いい男』だよ。・・・お兄ちゃん?」
言い終わるなり、「アーッハッハッハッハ!!もう止めて!また化粧が縒れちゃうじゃないのさ!」等と再び腹を抱える男に、俺はもう完全に頭に来て、オリヴィエと反対側に身体を向け、一人で静かに飲むモードに移行した。

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「女王補佐官に、ロザリアを指名しようと思うんですけど。」
「いいんじゃないか?」
ほとんど次期女王陛下の立場が確定しつつある彼女に、俺は笑んで答える。
「本当に?冷静に見ても適性な判断だと思いますか?」
俺は、翠の瞳の命に従い、素直な自分の感想を述べる。
「これ以上ないくらいに。君みたいな破天荒には、彼女みたいなしっかり者の補佐官が必要だ。パーソナリティの相性の意味でも、完璧な布陣だと、個人的には思うぜ。」
彼女が食べやすいように、態と気楽な態度で俺もクラブサンドを頬張る。
彼女は、ほっとしたような、自信を取り戻したような、顔つきになって、小さく顎を引いた。大きな口を開けて、ぱくり、とツナサンドを頬張ったのを見やって、俺は自分の口をモグモグと動かす。彼女の口元にマヨネーズが付いている。拭ってやろうと手を伸ばそうとして。俺はテーブルのナプキンを取ってから、それで彼女の口元を拭う。ん、と彼女は片目を瞑って拭い取られるのを待ち、
「有り難うございます。」
と事も無げに笑む。俺も応ずるように笑う。
「オスカー様は。」
不意に、見つめ合ったままの翠が、慈愛に満ちた色合いに変化する。最近、よく起こるようになった現象だった。態と気にしない態度で先を促す。
「なんだ?」
「オスカー様は、悩みはないんですか。私ばっかり聞いてもらってますから。私で解決できるとは思いませんけど、話すだけで楽になるって言うこと、あるでしょう?」
『ロザリアが側に居ると、辛いですか』と聞きたいのだろうか。結局、その誤解はまだ解けていなかった。ロザリアとルヴァは、ほとんど公認のカップルの状態に至っている。ほのぼのとした、ルヴァ特有の恋愛のスピードは、きっとロザリアをヤキモキさせているのだろう。けれども、想いが通じ合っているのは、誰の目から見ても明らかだ。それに、アンジェリークという協力なサポーターが居るのだから。
「・・・。」
モグモグ、と口を動かして、サンドイッチを一口呑み込んでから、口を開く。俺の口元に、彼女の視線が集中している。
「君は、いい女王になるだろうな。」
俺は、にっこりと笑って、彼女の真面目顔の真ん中、小さな鼻を指先で摘む。
「もう!なんですか!人が真面目に言ってるのに!」
ハハハ、と笑う。
「悩みならあるさ。」
「どんなですか?」
興味津々、と再び輝く翠に、俺は目を細める。
「果たして、お嬢ちゃんは『陛下』となる日まで、問題を起こさずに無事に過ごせるかな、とね!何せ、我らが金の髪の女王候補は、じゃじゃ馬に過ぎる!」
態とらしく肩を竦めると、再び、もう!と俺を叱り飛ばす声。そして、ぷっくりと頬が膨らむ。
まるで子供だ。
だけど、俺は知ってる。
もう、その翠が、少し前から、女王の瞳然としていることを。

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【第三話:心開く相手/全三話】



「陛下。エスコートは、オスカーで宜しいでしょう?」
ロザリアが私の髪を結い上げながら、鏡越しに視線を合わせる。まるで、もう分かっていますよ、というような笑み。ルヴァ様とお付き合いするようになって、ロザリアはますます美しく、最近は艶っぽくなってきた気がする。
『日頃の執務の息抜きに』という、やや乱暴に私が設定した目的で、今日、お茶会を開くのは、実はロザリアとルヴァの為だった。何せ、女王と女王補佐官に、私達が即位してから、土の曜日、日の曜日を入れても、二人が腰を落ち着けているのを見た事がない。新宇宙が落ち着きを取り戻すまで、もうちょっとだけ、かかるのは分かってる。でも、その前に、できれば二人でゆっくりする時間を取って欲しかった。
余りに根を詰めているのが伝わって来て、ロザリアが倒れてしまうのでは、と思っていたせいもある。
「二人の時は、アンジェリークで。」
と彼女に何度目かのお願いをしてから、
「エスコートに、オスカー?」
と、彼女の台詞を繰り返す。
「アンジェリーク。わたくしが気づいていないと思って?」
ロザリアらしい、はっきりとした声音。砕けた口調にホッとしながらも、
「気づく?」
ますます分からない。
「わたくし、時折、オスカーに妬いているのですわ。」
自嘲するように、目を細めるロザリア。キュゥ、と私の髪を纏めていく、繊細な指先。緩やかなフィッシュボーンが、額から耳に掛けて作られている。二本の耳の辺りから始まるフィッシュボーンは、後ろで一つに合流する。ふわりとカジュアルに纏められた髪と、私の髪を梳く彼女の白い指先の動きに、私は気を取られていて、彼女が言っている内容に気づくのが遅れた。
「ん?ロザリアが、オスカーに妬きもち??・・・・ええ!?なんでぇ!?」
鏡越しに再び視線が絡まる。驚きに見開かれた私の瞳。優しく細められる彼女の青い薔薇の瞳。
「アンジェリーク。貴方は、誰より、オスカーを信頼している。そうでしょう。」
「え、えぇ・・・!?」
慌てふためく自分の声は、変な声。だってでも、そうじゃない!私がオスカーを誰より信頼している、ですって?
「ロザリア。私はロザリアを誰より信頼しているわ。それは本当よ。」
はっきりと真剣な顔になって、私はロザリアを肩ごと振り返りジィっと見上げる。ロザリアは、細い指を綺麗に伸ばして、口元にあて、
「まぁ。」
と、言ってから、少し顔を意地悪にして、私に近付ける。
「けれども、わたくしには言わないことを、オスカー様『には』相談する。そうでしょ?二人がよく話をしているのを見かけますもの。」
不意に彼の名に敬称がついて、俄然、少し前までの候補だった自分を思い出す。
「あ、あれは!!」
私は自然、真っ赤になって、頬を膨らます。それから、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑うロザリアに、私はブンブンと頭を振って、それから、コホン、と咳払いをする。
「あれは、ロザリアにはどうしても相談できない事だったから、だから、オスカーだったの。」
「・・・・・。」
まだ腑に落ちないロザリアに、私は言葉を重ねる。
「ルヴァ様と、ロザリアの事、相談してたの。オスカー様も、気づいていたから。」
「まぁ。」
再び、ロザリアは口に手を当てる。そして今度は顔を桜色にする。ふわりと頬を染めるロザリアは、とても綺麗だった。触りたいと思う。抱きしめたいと思う。でももう、それらは『友情』と呼んで差し支えないものになったのだと思う。
あの時、湖に叫び声と涙と一緒に、流し込むことに、成功したのかも知れない。
「ねぇ、ロザリア。」
「うん?」
何か考えていたのか、ロザリアは曖昧に返事して、私の瞳を見やる。
「好きよ。」
私は自然に、胸の内を明かした。ああ、手放した。
「あら、わたしくもですの。奇遇ね。」
彼女はいつもの自信ありげな顔で、さらりと返して。それから、私達は同時に、フフッ、と笑う。
くすぐったい気持ちは、幸せな気持ち。
可笑しくなって、一頻り笑い合ってから、ロザリアがまた悪戯っぽい顔になって聞く。
「ねぇ、アンジェリーク。では、オスカー様への貴方の気持ちは、『友情』という訳なの?」
私は、困惑する。『友情』・・・?兄に対するような、『親愛』・・・?
「あら、違うのかしら?」
クスクスと笑うロザリア。時々、ロザリアはこうして、まるで私のお姉さんみたいな態度になる。それは私にとっては心地いいものなんだけど、だけど。
「わからない。」
私は、ただロザリアを見つめて、そのままを言った。ロザリアの優しい手が、私の両頬を包み込むようにする。
「そう。アンジェリーク。」
「うん。」
「オスカー様の気持ちが、貴方に届きますように。」
「うん・・・。うん?」
オスカー様は、ロザリアが好きなのに。私は、ロザリアにそれを言うべきか迷う。迷っているうちに、ロザリアはきっぱりと続けた。
「エスコートは、オスカー。宜しくて?」
私は迫力に押されて、
「う、うん。」
と答える。ふふふ、と満足気なロザリアの笑みに私はよく分からないけれど、『まあいいか』と思った。

「エスコートの配役は、ロザリアが?」
「ええ。」
「でしょうね。」
オスカー様と小さな声で会話しながら、私達は馬車を降りて、会場に進む。さっきまで皆と一緒に準備していたから、わざわざ一旦着替えてから、エスコートされてお茶会の会場に入るのはちょっと大袈裟だ。でも、皆が微笑んで迎えてくれるのを見て、これで良かったのかも、と思った。何より、ルヴァにエスコートされるロザリアを皆が迎え入れる様は、まるで気軽な結婚式のよう。それは、心が浮き立つような、幸せな風景。
リュミエール様とルヴァ様が集めた様々なハーブティと、マルセル様とロザリア、私が作ったお菓子。ゼフェル様が改良したメカチュピが会場を自在に飛び回るのを、ジュリアス様とランディ様が叱っている。テーブルの近くで、リュミエール様がハープを演奏し、マルセル様とオリヴィエ様がそれを聞きながらお菓子を頬張り、クラヴィス様が聞いているのか、寝ているのか分からない、いつもの感じで目を伏せている。そんな様子にクスクスと笑う。お茶会の時間もそろそろ終わりだ。一通り、皆と話して。今は、皆がリラックスしている、それを見ているだけで、自分の中に眠る力が充たされていくのが分かる。だけど、ルヴァとロザリアが少し前から姿が見えないのはいいとして、オスカー様はどこへ行っちゃったんだろう?コーヒー類もジュリアス様とオスカー様の為に、ちゃんと用意したのに。
キョロキョロしていると、ジュリアス様が、
「オスカー、ですか?」
と声を掛けてくれた。
「あ、ええ。どこに行かれたのかな、と思って。」
ジュリアス様は、フッ、といつものように笑んだ。それから、ちょっと困ったように、眉を寄せる。
「彼奴も全く困ったモノだ。少しばかりいじけているようでした。少し風に当たると言って、あちらの方へ行きました。」
と、言うのを迷っているような感じで、けれども小さな所作で森の方を指差して言う。『いじけている』ジュリアス様しか許されない言い方だなぁ、と私は笑って、
「ありがとうございます・・・ああ、いえ。ありがとう、ジュリアス。」
礼を取ってスカートの裾を持ち上げようとしてから、ちょっと迷って、私はただ微笑んで返す。ジュリアス様は、少し驚いたように目を開いてから、
「いいえ。陛下。」
と、逆に胸に手を当て、きちんと礼を取ってくれる。まだ慣れない。でも少しずつ、慣れていかなければと思った。導くとまでは言わないけど、私の中に充ちる力で、私は彼等を護っていくのだから。
だけど、『いじけている』・・・何に?と思いながら、森へと進む。ロザリアがコーディネートしてくれたスカートは、女王候補の頃に着ていた物より、少し大人びている。ドレスとまでは言わないけれど、お茶会に相応しくきちんとしたパールのついたカーディガン、アイボリーの膝下のふんわりしたスカートは、細かい濃茶と薄いピンクの刺繍が入っている。引っ掛けないようにしなくちゃと気をつけながら、歩いていると、少しばかり開けた場所に出た。オスカー様は、そこで、例の湖畔に居たときのように、片膝を立てて、片足をまっすぐに投出し、マントを敷いて座っていた。チチチ、と沢山の鳥の声がする。
私が近づくと、オスカー様の側で羽根を休めていたらしい数羽の鳥達が、さっと飛び立って行った。
オスカー様が私を振り返る。
なんだか、いけないものを見たような、変な感じがして、私は何も言えなくなってしまう。
暫くの沈黙の後、
「これは・・・。格好悪いところを見られたな。」
と、オスカー様が少し首を傾げて例の困ったような笑顔で言う。『格好悪いところ?』・・・?
「ごめんなさい。どこに行かれたのか、気になって。」
視線を彷徨わせながら、なんとか答え、とりあえず近づいて行く。
「鳥が・・・。」
何と続ければいいのか分からなくて、言葉が途切れる。オスカー様は、着ていたジャケットを脱いで、自分の隣に敷いてくれて、私に座るように促す。吸い込まれるように、すとん、とやはり例の時のように、両膝を抱えるようにして、腰を下ろした。
「そこそこ田舎育ちですから。」
笑って言う彼に、私は、
「だから、鳥やリスとは仲が良い?」
と聞き返す。だって、リスが、近づきたそうに様子を伺っている。
「ええ。」
「ふふふ。オスカー様って、時々、不思議です。」
私が笑うと、
「不思議、ですか。」
聞き返す深い声。
「だって、まるで何もかもよく分かっていて、何でもさっさと片付けて行くような、色々な事をすぐに切り捨てていくような、残酷な人なのかなと思う事もあるけど。だけど、なんでか、とっても優しい時もあるでしょう。それで、今はまるで・・・。」
チチチ、とまた、鳥達がさえずり合って、それから二羽、オスカー様と私の前に戻って来て、何か地面を突き始める。
「まるで?」
再び聞き返す声に我に返って、私はきゅ、と自分の両膝を引き寄せる。
「まるで、なにか・・・途方に暮れる少年みたい。」
言ってから、あれ?私、ジュリアス様に影響されちゃってるかな、と少し思う。ごめんなさい、失礼なこと言ってますね、と続けようとして、
「そうかもしれません。」
きっぱりとした声に、顔を上げる。自然、目が合った。いつも自信に満ちた、アイスブルーが、どうしてか、今日は本当に少年の瞳のように思えて、それでなんだか気恥ずかしくなって、見ていられずに視線が下がってしまう。
「失礼。」
なのに、そういって、オスカー様は私の頬に大きな左手を添え、私が俯けないようにしてしまう。
「な、なんですか!」
気恥ずかしさのあまり、思わず女王候補だった頃の様に、声を荒げてしまう。
再び視線が重なって、それから、驚いたように、オスカー様は目を見開いた。
「なんてこった。」
ちょっと、女性と目を合わせて『なんてこった』ってことないでしょう!私は思わず、むっとしてオスカー様を睨もうとして、けれど、今度はふわりと笑顔になったアイスブルーに、また猛烈に気恥ずかしさを覚える。
ーーー今日のオスカー様は何かおかしいんだわ。
私は、やや八つ当たりに近い感想を浮かべる。
「なんてこった。」
笑んで、私の頬に手を添えたまま、オスカー様は再び口にする。
「ちょっと!失礼だと思いませんか!人の顔をみて、『なんてこった』って、いくらオスカー様でも酷くないですか!」
持ち前の負けん気を発揮して、私が言うと、オスカー様は、ククク、と喉を鳴らして、空いていた右手を自分の口元に添え、
「失礼。」
と、全然失礼と思っていなさそうな笑顔で言う。それから右手も加勢して、両頬を優しく包まれる。
「ああ、でも。なんてこった。」
もう顔が爆発しそうなくらいに恥ずかしい。なんなの、この人、なんなの!!なのに、私はちっとも動けやしない。もう細められるアイスブルーから、目を逸らすこともできない。
「ロザリアのことは?」
いつの間にか、敬語がなくなっている。私は、
「何をおっしゃって・・・。」
ブツブツと言おうとするけど、ジッと目を見つめられて、口を噤む。それから、
「あの時、ちゃんと諦めました。勿論、今もとっても、とっても、大切ですけど!よくご存知でしょう!」
訳も分からず、視線を彷徨わせながら喚く。
「ちゃんと俺を見るんだ。」
しぶしぶ再び視線を合わせて、ドキドキと高鳴る鼓動を、なんでこんなにうるさいの!と自分で嗜める。
「オスカー様こそ。」
と、私は僅かばかりの理性をかき集めて、なんとか一言、言い返す。それで、ますますオスカー様の目が細くなる。なんで、この人はこんなに幸せそうな顔で笑うんだろう。
「ああ、そうだ。そこからだった。」
オスカー様は、ようやく私の両頬から手を離して、私の髪を梳かすように、耳の下から後頭部へと右手を入れる。
私は少しばかりのくすぐったさに目を細める。
「なぁ。アンジェリーク、聞いてくれ。」
それで、彼の深い・・・聞いた事の無い、真摯な声音を初めて聞いた。



まわれまわれ輪舞曲
素敵な旋律はきっと繰り返して傷跡を癒し
輝く明日を届けるでしょう
そうよ!
皆できっと踊りましょう!
まわれ!まわれ!輪舞曲!!