ジムノペディの壷




【第一話:天使達の憂鬱】

ねえ、聞いて。ロザリア。
私、好きな人が居るの。

ねえ、聞いて。ロザリア。
ふふふ、誰だと思う?

歌うように言うアンジェリークは、金の髪を揺らして、文字通り天使の様にクスクスと笑う。
吐息がわたくしの頬に掛かって、少しばかりくすぐったい。
とても甘い香りが。
バニラの様な、少女らしい香りしましたわ。
だけど気分は、それどころではなくて。

そう、全く。それどころでは。

「おやまあ、どうしたんだい?青い瞳の子猫ちゃん?」
必死に1メートル程先の地面を見つめながら足を運んでいたので、わたくしは、その声に呼び止められて、初めて自分が見られている事を知った。
いやだわ、恥ずかしい。
わたくしは足を止めて、コホン、と咳を小さく払ってから、声のした方を振り向いた。
「オリヴィエ様。」
声音で分かっていた。でも、しっかりと瞳を見上げてから、お名前を呼ぶ。
それから、スッと気づかれぬ様に小さく息を吸って、スカートを摘んで、礼を取る。
「ごきげんよう。何か御用ですの?」
直ってから、姿勢を正して問うた。それから、急に不安になる。
そういえば、オリヴィエ様は、随分とアンジェリークと仲が良いんだわ。だって、あの子ったら、この間、とても髪のアレンジが素敵だった。それで「似合っているわ」とさりげなく褒めたら、『これは、オリヴィエ様から教わったのよ』と言っていた。
その時も、彼女はクスクスと笑った。

ねえ、聞いて。ロザリア。
ふふふ、誰だと思う?

「およよ?『瞳に元気が戻った流石だね』と思った矢先に、また血の気が引いて来ちゃった?一体全体どうしたのさ?負けん気に欠けるアンタなんて、調子狂っちゃうじゃないのさ。」
さりげなく、オリヴィエ様の細く中性的な指先が、素敵な紫のグラデーションの爪が、私の前髪をするりとかき上げる。
ビク、と私は大袈裟に反応して、ずり、と右足を一歩引いた。これではまるでオリヴィエ様に怯えているみたいだわ。
・・・怯えている?
何故、わたくしが怯えなければならないの・・・?
するり、と今度は指の背が、私の目尻をそっとなぞる。
泣いている訳でもないのに、まるで泣いている子供を慰めるような仕草。
愛おしむように目を細めて、彼は少しばかり膝を折って、わたくしの瞳の高さに自分の瞳を寄せてくる。ダークブルーの瞳は、今日は指先よりも青みがかった紫のマスカラに縁取られている。
扇の様に、美しく広がり、持ち上がっている睫毛。オリヴィエ様の甘く垂れた瞳によく似合っている。
わたくしは、逃げ出したくなっている自分の両足に、『しっかりとなさい!』と内心で叱咤する。
「・・・オリヴィエ様は、わたくしを、子供扱いなさるのですね。」
驚いたように見開かれる、ダークブルーを懸命に見返す。けれども、どうしても、声は少し震えてしまった。
それでも、わたくしは言うべき事を言ったはず。
「心配ご無用です。わたくし、これでも女王候補として、自らに満足できるだけの成果は出しているつもりですの。」
駄目押しにきっぱりと言い添える事に成功し、わたくしは、オリヴィエ様にもう一度礼を取って、するりと横を通り抜ける。
わたくしの無礼な態度に呆気に取られてか、オリヴィエ様の声はもう追いかけてはこなかった。
けれども、わたくしには、オリヴィエ様に無礼を働いてしまった事よりも、もっと、ずっと気になる事がある。

アンジェリークには、好きな人が居る。
『ふふふ、誰だと思う?』
それはオリヴィエ様かも知れなかった。

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幻想的な壁画に見とれていると、リュミエール様が、
「随分気に入って下さったのですね。」
と控えめに声を掛けて下さった。あまりに見入っていたので、私は、ビクッと大袈裟に肩を揺らせてしまう。
「・・・驚かせてしまいましたね。」
とてもすまなそうな声になるリュミエール様を慌てて振り返って、
「いえ!そんなことは!!」
思わず大きな声を上げてしまい、我に返って両手で口を塞ぐ。リュミエール様のお家はとても静かなので、大きな声を出すと、使用人さん達が気を使ってしまう。ついこの間、リュミエール様に、おずおずとそう指摘されたばかりだった。

リュミエール様のアトリエの壁に、大きく描かれた幻想的な壁画。古代の画法を用いた遠近感のない、単純なラインで描かれた、それ。
「何か、他の作品からインスピレーションを得られたのでしょうか。」
私が、壁に向き直ってから、お伺いすると、
「貴方らしい、冴えた直感ですね。そうなのです。ある惑星から、この壷が私に贈られて来て、それで、少し大きなものを描いてみたくなったのですよ。」
その回答に、再びリュミエール様の方を向き直ると、リュミエール様は、パレットと筆を置いて、手をよく布で拭ってから、腰の高さほどの白い台の上に掛けられていた黄色い布をゆっくりと取り去った。
そこに現れたのは、見るからに「遺跡から掘り出してきました!」と言わんばかりの時代を感じさせる壷。引き寄せられるように、近くに行くと、私が両手で抱えられるかられないかの、その大きな土色の壷に、物語のような絵が、やはり遠近法のないシンプルなラインからなる画法で描かれていた。元は着色されていたのだろうけれど、色は飛んでしまってよく分からない。
羽根の生えた裸体の、乙女が横顔を晒している。
星を壷から壷へと流し込むようにする老婆。
畑を耕している家族。
ぐるり、と私は壷の廻りを知らぬ間に一周して、また、羽根の生えた乙女の横顔に戻る。長い髪が、豊満な乳房にさりげなく絡んでいる。左腕を人々の方にやわりと伸ばし、天空から地上を見下ろす乙女は、人々を祝福する天使のようにも見えた。
「きっと、この天使の髪の色は、目の覚めるような美しい、青色です。」
声に出すつもりはなかったのに、声に出てしまう。しかも、それがまるで自分の声じゃないみたいに、きっぱりと自信に満ちた声だったので、私は自分に二重に驚く。
「・・・・。」
何も言わないリュミエール様に、不安になって、壷から少し立ち位置をずらし、リュミエール様の表情を恐る恐る覗く。
「・・・それは、ロザリアのような?」
リュミエール様は、とっても珍しい、少し悪戯っぽいような笑顔で、私に、ゆるり、と小首を傾げて聞く。
私は、こくり、と顎を引いて答える。
「はい。その通りです。」
リュミエール様は、壷から取ったクロスを手に持ったまま、自分の身を緩く抱いて、ふふふ、と肩を揺らし、さも可笑しそうに笑った。
「ああ、本当に。貴方という方は。」
男らしく骨張った、けれども女性のそれのように白く細い指先が、額を押さえて、ゆるゆると頭ごと左右に揺れた。
「私、何かまた、変なことを言ったでしょうか?」
私がまたも恐る恐る、上目遣いで尋ねると、
「・・・いいえ。」
リュミエール様のように、幻想的なものを描く人は、その存在自体が幻想的なのかな、と思うような笑顔になる。白いアトリエの中で、まるで光が弾けるみたい。

それから、私は少しだけ憂鬱になる。
きっと壷の天使は、描かれるまま、・・・皆を分け隔てなく、愛しているのだと思う。
そしてその様は、リュミエール様を魅了したように、きっと色んな人々を惹き付けてしまうに違いない、と。

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【第二話:純白の二人】



日の曜日の朝。
まだ人気の無い森で、湖をぼんやりと眺めていたら、カサリと草を踏み分ける音がして、私はなんとなく、音の方を振り返った。ロザリアが、中途半端な距離で足を止めて、私を見ていた。胸の辺りの布を、右手の拳で掴むようにしているのが、なんだか思い詰めているみたいに見えて。私は首を傾げて、
「どうしたの?ロザリア。」
と聞いた。ロザリアは、何かに躊躇うような、変な間を数えてから、やがて、ゆっくりとこちらに向かって来た。
やっと、手が繋げる距離になって、私は彼女の手をとって、湖面に向かって、二人、腰を下ろす。
出会ったばかりの最初の頃は、「地べたに腰を下ろすだなんて!一体何を考えているのかしら!?」とプリプリ怒っていたロザリアも、二人の時は、何も言わなくなった。だって、私達は、二人で木の上で昼寝を試みたことだってある。
「アンジェリーク。」
ロザリアは、いつものように、きっぱりとした口調で口火を切った。私は彼女を振り返る。今日の私達のコーディネートは、少し甘めの白いレースの付いたふんわりしたワンピースで、珍しく似通っていた。私達二人を少し遠くからみたら、双子に見えるのじゃないかしら?と思って、「そんな訳ないか。」とちょっとだけ残念に思う。
そうだわ。そんなの、全然構わない。
だって、私はロザリアと姉妹になりたい訳じゃないから。
「もう!きちんとお聞きなさい。アンジェリーク。」
嗜める母親みたいな口調になってしまったロザリアに、「なんで聞いていないとバレるのかな?」と面白く思いながら、
「ちゃんと聞く。言ってみて。」
はにかむように笑って返す。
「わたくし。覚悟は出来ているの。だから、遠慮せずに、わたくしに頼みたいことを頼んで良いのよ。」
だけど、ロザリアの言う事はいつにも増して、よく分からなかった。
「???」
ロザリアが唇を尖らせる。
「あら。貴方、恍けようっていうの?わたくしには、何もかも、お見通しだというのに。」
ロザリアが言わんとすることが掴めていない私の様子に、ロザリアはキュ、と眉を寄せる。それから、痺れを切らしたように、一気呵成に言い放つ。
「オリヴィエ様が好きなんでしょう。分かっているわ。わたくし、守護聖様と恋愛だなんて!と今までだったらきっと貴方のことを叱ったけれど。けれども、貴方は女王候補というより、アンジェリークなのだわ。わたくし、軽蔑しないと決めましたの。わたくしは女王になる。だから、貴方はオリヴィエ様とお行きなさい。」
台詞は勇ましいのに、ロザリアの唇は、そこまで言ってから、小さく震えた。一瞬の間。それから、一気に脳みそに冷たい水が流れ込んでくる。
「何を言っているの。」
質問なのに、語尾は、上がらない。ロザリアは、私の瞳をまっすぐ見たまま。ピク、と肩を揺らした。いつも強くしなやかで、完璧なロザリアが、驚きに目を見開いていて、その様子が酷く無防備に見えて。私はロザリアに瞳を寄せる。青薔薇の瞳を覗き込んで、
「私と離ればなれになって、ロザリアは平気なのね。」
自分の声と思えない程、冷たい声が言う。私の吐息がかかったのか、ピクン、とロザリアの身体がまた小さく反応する。
駄目。なんで、そんなに無防備なの。
こんな風に他の誰かがロザリアに顔を近付けたら、ロザリアは、今みたいに固まってしまうのかもしれないと思うと、私は焦るような、ムシャクシャするような、変な気分になってくる。グッと顔を更に近付けると、ロザリアは怯えたみたいに、身体を僅かに後ろに倒す。
そっちは行き止まりなのに。
私はそのまま、ロザリアを追いかけて、やがてロザリアの背が、地面に付いてしまう。
芝生に広がる、青い髪。ロザリアの顔の横に手をついて、上から見下ろす私をロザリアが戸惑ったように呼ぶ。
「アンジェリーク?」
「ねぇ、私達、女の子同士だよね。」
「・・・?え、ええ。そうね?」
「だから、私、我慢してた。ロザリアも、薄々分かってると思ってた。」
「何を、我慢していたというの?」
コクリ、と小さく彼女の喉が鳴る。私の陰が、ロザリアの顔に掛かってる。だから余計に、かもしれない。ロザリアが小さくて、か弱く、頼りなく見える。
私は肘を曲げて、顔を寄せる。
『何を?』・・・今まで、私はロザリアを幾度となく抱きしめたし、手を繋いだり、一緒にベッドで眠ったりしてた。だけど、それじゃ伝わらないんだ、と私は哀しく思う。『くすぐったいわ、アンジェリーク。』身を捩るロザリアは、私を拒絶したりしなかった。

でもそれは、私の気持ちとは違う。・・・違ったんだ。

ゆっくりと顔を下ろす。ロザリアは、身じろぎもしない。だから、いとも簡単に、唇が重なった。甘い唇。彼女の使っているリップクリームを、本能的に、唇で食むようにして、二度拭って味わう。
顔をゆっくりと上げたけれど、ロザリアは、ぼんやりと私を見上げている。ずっと見ていると、やがて、じんわりと彼女の頬が桜色に染まる。
「綺麗。」
酔うように呟いて、私はもう一度唇を重ねる。チュ、チュ、と角度を変えて、何度も唇を重ねるのに、一向にロザリアは抵抗しない。それで、誘われるまま、私はロザリアの唇を舌先で割って、彼女の歯並びを確かめようとする。そこで、やんわりと、私の胸に彼女の細い手があてられた。
「ン・・・ま、待って。」
私はロザリアの前髪を、左手でかき上げる。彼女は、私の手に怯えるように、またビクン、と身体を揺らし、目を細めた。
怖がっているの?・・・私を?
「待ってあげる。」
私はほとんど鼻先がくっつくような距離のまま、不安を取り除こうとして、少しだけ笑った、と思う。なのに、ロザリアの瞳は、ますます愕然と見開かれ、私を見上げる。
「好きな人が居ると、言ったわ。」
彼女の震えを抑えているような声。この間会った時のことを言っているのだろうと思う。
「うん。言った。」
私はロザリアの睫毛や眉の形を確かめるように視線でなぞりながら答える。
「それ、は・・・。」
「ロザリアのことよ。」
まだ何か言いたそうにしているロザリアを、遮る。眩しいものを見たように、ロザリアは瞳を細めてから、自分の顔を隠すように両手を当てる。
「そんなことって・・・。」
彼女の表情は見えない。私は急に悲しくなる。そうか。私はロザリアに怒ってる訳じゃない。悲しいんだ。
ロザリアの気持ちは、私と一緒じゃない。
だから、悲しいんだ。
胸と喉に、急に何かが詰まったみたいに苦しくなる。
「ロザリアの気持ちが、私と一緒じゃなくても。私、待つよ。だけど、離れてはあげられない。ずっと一緒に居る。・・・居させて。」
最後は、懇願のようになってしまって、思わず視界が滲む。
ロザリアが、両手の指先を丸めて、瞳を覗かせる。目と目が合って、また驚いたように目を丸くしてから、パチ、と一度瑞々しい音をさせて、瞳を瞬かせる。
「アンジェ。」
きっぱりとした、いつもの声音で、彼女は私を呼んだ。それから、何か励ますように、両手を私の肩に掛ける。
「貴方と離れたくないのは、わたくしも一緒よ。」
今度は私が驚く番だった。
「ただ、その・・・。」
彼女は珍しく、目を泳がせながら、耳まで紅くして続ける。
「貴方が好きなのは、オリヴィエ様のことだろうと思ったとき、その・・・確かに悲しかったけれど。貴方への気持ちを、深く考えなかったから、わたくし、その・・・。混乱しているのだわ。」
自分の顔が、自然と緩むのが分かった。ロザリアの片眉が、私をみやって跳ね上がる。それから、私の頬を細く白い指が軽く抓った。
「ひらいよ。」
痛いよ、と言おうとしたけど、うまく発音できない。
「だってあんまりオカシな顔をするのですもの。」
ツン、と言うロザリアに、またヘラリと笑う。
「ねえ。試そう。」
私はロザリアの上に身体をボフ、と落とす。ロザリアの柔らかくて華奢な身体の感覚が、私をこの上なく幸せにする。ロザリアは、呆れたような溜め息を私の頭上で漏らしてから、
「試す?」
と聞いた。私はフッフッフ、と態とらしく笑って(多分、私、今凄く『悪い』顔をしていると思う)、少しだけ身体を持ち上げて、ロザリアを見上げて言う。
「うん。今日の夜。私の部屋に来て。」
「なんだか嫌な予感がするわ。」
顎を引いて私を見ているロザリアが、複雑な顔をして言う。こういう時はなんて言うのがいいのかな。私はロザリアの形の良い顎先に、引き寄せられるようにして指先を添え、
「『安心しな。君が嫌がることは絶対にしない。俺は紳士なのさ。』」
と、いつだかカフェで見かけた誰かの口説き文句を真似して、大マジメに言ってみた。
数秒の沈黙。
それから、プッ、と二人同時に吹き出して笑った。

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【第三話:真夜中の私室】



ロザリアが夜に私の部屋を尋ねるのは、初めてじゃない。でも、その夜の訪問を告げるノックは、生まれて初めてと思うくらい激しく私の心臓を飛び跳ねさせた。
「アンジェリーク、まだ起きているの?」
ドア越しに問われて、私は一度小さく呼吸を吐き出して、ドアをゆっくりと開ける。
いつだか、夜に私が彼女の部屋を尋ねた時の様に、彼女は薄いブルーのワンピースの部屋着で、目の覚めるような青い髪を下ろしてそこに立っていた。
「随分遅いから、ロザリアの部屋を尋ねようかと思ってたところ。」
本当はそんな勇気はなかったけど、精一杯強がって、笑んで言う。
「何か飲む?」
つい癖の様に聞くと、ロザリアは、フッと息を吐き出して小さく笑ってから、
「どうせ、ココアかミルクしかないのでしょ?」
と、いつもの調子で呆れたように言う。その台詞に私もホッとして、
「どうせ、ココアかホットミルクか、シャルロッテさんから分けてもらったジンジャーティーオレしかないけど!」
と言って頬を膨らませる。
「あら。それなら、わたくし、ジンジャーティーオレを頂く事にするわ。」
瞳が僅かに細まると、凄くロザリアは大人っぽく見える。きっとシャルロッテさんが作ったものなら試してみたいということかなと思いながら、フリーザーに入れていたピッチャーから小鍋に二人分を注ぎ、温める。
小さなテーブルに部屋着で私を待つロザリア。夜中に二人で私室にいるというだけで、なんだか気分がドキドキする。悪い事をしてる訳じゃない。まだ、今は。ううん、多分、今からも。
小鍋のオレはすぐに暖まって、私はそれをマグに入れ替えて、両手に抱えてテーブルに運ぶ。
コトン、とピンクのクロスの上に、自分の分のマグを下ろし、ロザリアの分を手渡す。
「ありがとう。」
受け取って微笑むロザリアは、どこか、いつもと違う。・・・夜中だから?多分、それだけじゃない。
「・・・。」
余程じっと見てしまってたのか、ロザリアが頬を染めながら、
「そんなに見なくてもいいじゃないの。」
唇を尖らせ気味に、ボソリと呟く。フッ、と吹き出して、
「そんなに見てたかな?」
と言いながら、私は向いの席に腰を下ろす。
「見ているわよ。」
「そうかなぁ?」
いつものやりとりに、ちょっとの安心、それからムクムクと期待感。どうしよう。これを飲んで、それから。・・・それから。
「ちょっと、聞いているの?アンジェ。」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
ロザリアをぼうっと眺めながら、あれこれ考え過ぎて、また話が聞けてなかったみたい。
「もう!」
「ロザリアが、綺麗だから。」
考える前に、返事をしてしまって、しまった、と思った。『ごまかさないで』と叱られると思ったのに。ロザリアはまた頬をジワジワと紅く染めて、それから、何か言いたげに小さく口を開いて、それから閉じた。

ああん、もう!そんなことされたら!!

誤摩化すようにゴクゴクと勢い良く飲み過ぎたジンジャーラテは、思いっきり私の食道を焼いた。涙目になりながら、咳き込んでいると、
「ちょっと。何やってるのよ、アンジェリーク!!」
と慌てたようにロザリアが言って、ティッシュボックスから数枚のティッシュを取り、私の口元に手を伸ばす。私はそれを受け取って、唇を拭う。喉元の痛みに悶絶している内に、水の入ったグラスを差し出され、ゴクゴクとそれを飲む。まだヒリヒリしてるけど、喉や胸の奥の焼けるような感覚が収まって、
「あー、吃驚した!お水ありがと。」
と言う。ロザリアの咄嗟の機転とか、行動の早さったら凄い!と何度でも感動してしまう。
「もう、アンタったら・・・。」
呆れたような溜め息に、「えへへ」と応じて、ゆっくり残ったラテを飲む。自然と話は守護聖様方のこととか、育成中のアクシデントとかになって、いつの間にか女子トークになっていた。この間のお茶会に着てきた服が可愛かったとか、あのシュシュはどこで、とか。
気づくと私のマグは勿論、ロザリアのマグも空になっていた。突然訪れた沈黙に、なんだか急に気恥ずかしくなる。
向かい合って座るロザリアの視線は、空になったマグに落ちていて、睫毛が青い薔薇の瞳に掛かっていて、とても綺麗。私はそれを見ながら、ちょっとだけ唾を飲み込んで、それから、ゆっくり席を立った。ロザリアの顔が私を追いかけて上がる。テーブルを回り込んで、ロザリアの手を取ると、ロザリアが席を立つ。緊張した面持ちのロザリアに、にこっと笑ってみせてから、そのまま、手を引いてベッドに向かった。
二人並んでベッドに腰を下ろす。キシ、と小さく鳴ったベッドに、ちょっとドキッとする。
「あの。」
口を開いて、一度閉じ、それから、頑張って、目を見て続ける。
「私、ロザリアが好き。それであの、ロザリアに色んなことしたいって思ってる。でも、ロザリアが嫌な事はしたくないの。だから、嫌だったら、嫌って言ってね。」
ロザリアの細い手をキュ、と握ると、ロザリアは小さく、コク、と顎を引いて答えた。・・・かわいい。いつもあんなに気が強いのに、なんでこんな風になっちゃうの、と思いながら、身体を寄せて、ピッタリ隣にくっつく。
それから、そっと身体を抱いた。いつもみたいに、ギュッとするんじゃなくて。
背中に回した右手を後頭部に回してゆっくり撫でるようにして、
「えっと、これは?」
なんだかギクシャクしてる声で聞く。ロザリアは、
「ハグは、いつもしているじゃないの。」
と困ったような小声で答える。私は、なんだか照れ過ぎて顔が爆発しそうになりながら、
「嫌かどうかで答えてよ。」
とふてくされたような声で聞き返す。暫くの沈黙。あれ、もう駄目なのかな、と気持ちがくじけそうになったところで、
「嫌では、ないわ。」
と私の肩口に顔を埋めるようにして、ロザリアの蚊の鳴くような声。ワーワー!と感動しそうになって、マッテマッテ、私まだまだしたいことがあるわ、と自分の中で大パニックに陥る。
「うー・・・。」
意味の無い呻き声を発しながら、ロザリアの両肩をそっと抱いて、もう一回瞳を見る。ロザリアが真っ赤だ。でも多分、私の方がきっと赤い。
「あの、目を閉じて。」
ややヤケッパチになりながら言うと、ロザリアが、すぐに目を閉じる。私は、ちゅ、と額に唇を落として、それから、そっと唇にも口づける。
「これ、は?」
心臓がバクバク言ってて、ロザリアの肩を持つ手が震えてる。恥ずかしいったらない!!と思っているうちに、ロザリアが目を瞑ったまま、
「これも、森の泉でもしたじゃないの。」
と小さく答えるから、私はまた、
「嫌かどうかで答えてってば。」
繰り返す。また沈黙。それから、じんわり、ロザリアの瞼が持ち上がって、私の口元に視線が落ちる。
「嫌では、ないわ。」
私は、感極まって、ギュッ!!と力一杯ロザリアを抱きしめる。
「ちょっと!アンジェ!痛いったら!」
叫ぶロザリアに腕の力を緩めつつ、でもちょっぴり強引に横からどさっとベッドに二人で寝転がる。
そのまま両腕をベッドについて、ロザリアを仰向けにして、上からチュ、チュ、チュ。と額、鼻先、唇、喉元に連続で唇を落とす。
「ちょ!くすぐったっ!・・・んっ!」
明らかに戯れ合っているいつもの声と違う声が上がる。首筋にキスを落とした時だった。その声に、ゾクッと身体に何か、電流みたいな感覚が走る。
思わず動きが止まって、ロザリアを見下ろすと、ロザリアもカァッと赤い顔を更に真っ赤に染める。
「胸、触っても良い?」
興奮して、先に進みたいって気持ちが、段々、恥ずかしいって気持ちを追いやって行く。こくりとロザリアの顎が小さく引かれる。私は服の上から、ロザリアの乳房の形をなぞる。ワイヤーのしっかりした感覚に気づいて、それをなぞりながら、
「外しても良い?」
と聞く。またコクリ。私はロザリアのワンピースの裾から大胆に手を入れて、耳元で、「背中浮かせて?」とお願いすると、おずおずと背中が持ち上がる。背に手を回し、ホックを外すと、ロザリアが「ほぅ」と息を吐いた。ロザリアも息を詰める程、緊張してるんだ、と思うと、なんだかちょっとだけホッとする。
ホックを外した手を前に回して、両手でそれぞれ、乳房をやさしく形を確かめるようにして触る。私より、ロザリアの胸はずっと大きい。フワフワしてて、でも、先っちょだけが、緊張を表すように、ツンと立ってる。確かめるように、指先で先っちょを、ツンツン、と二回突いてから、キュッと摘む。
「ンンッ!チョッ!」
息を呑むようなロザリアの声に。どうしよう・・・と迷ってから、でもやっぱり聞く。
「な・・・」
でも、途中で止まってしまった。
「・・・・な?」
半分ワンピースを脱がされかかってるような状態のまま、ロザリアが片眉を跳ね上げるようにして、私の中途半端な台詞を引き取る。
うぅ・・・だけど、でもやっぱり。
「な、舐めたら、駄目!?」
「ちょっと!大きな声出さないでよ!」
意を決して言ったら、思わず声が大きくなって、それを当然ロザリアに嗜められる。
「ご、ごめん・・・。あの、でも。」
謝りながら、続きをもう一度口にすると、
「い、いいから。していいから。も、もう言わないで。」
泣きそうな顔で言われて、でもその顔も可愛くて。なんでか、きゅ、って下半身が熱くなる。
「ごめんね。ゆっくりするから。」
唇を慰めるように、ロザリアの目尻に落とす。ロザリアが、羞恥にか、緊張にか、僅かに震えていたのが、それでスッと収まった。ロザリアが目を閉じたのを見てから、ゆっくりロザリアのワンピースをたくし上げて、背をもう一度上げてもらって、それを取り去る。ホックの取れたブラジャーと、パンティだけのロザリア。でも、なんだか全然イヤラシい感じがしない。綺麗過ぎるからかな?と思いながら、ブラジャーの下からもう一度手を入れる。柔らかくて、あったかいロザリアの乳房。きゅ、と寄せるようにして、少しだけ、ブラジャーを上にずらして、舌先で、ぺろ、と左の乳首を舐める。
「ふっ!」
舌の感触に吃驚した!みたいに、ロザリアが声を上げて、身体がビクン、と大きく反応する。私は、あんまり吃驚させないように、ゆっくりとそれを口に含んでみた。
「ん・・・ん・・・・ンっ・・・。」
舌をゆっくり動かすと、ピク、ピク、ピク、とロザリアの身体はその度に小さく反応する。ロザリアの手が、何かに縋るように、私の背に回った。ギュッ、と一生懸命、私の着てるトップスを掴む手に力を込めるロザリアは、なんだか必死で・・・やっぱり凄く可愛い。
口に含んだ乳首を、自然にそうしたくなって、ちょっとだけ吸うと、
「アンッ!!」
ビクッ、と全身が跳ねる。気持ちいいのかな?と思って、続けてチュゥ、と強く吸うと、
「ダッメェ!吸わッない、でっ!」
まるでロザリアじゃないみたいな、切羽詰まった声。でも、まるで止めて欲しくないみたいに、背中が反り返って、私の唇に、かえって胸を押し付けてるみたい。薄付きの腹筋までキュキュ、と反応しているのを見て。左手の指先で、つつつ、と胸から腹筋へのラインを辿る。勿論、左の乳首を吸うのを止めないまま。だって、ロザリアの乳首は、とても吸い心地が良いから。
「んん!!し、びれる、みたいに、な、ってる、か、らッ!!」
身体を捩るようにくねらせられて、やっと私はそれを口から解放した。ハッハッ、と息を整えるロザリアは、ちょっとだけ涙目になってる。
「気持ち、良くなかった?」
私は、痺れるってことは、気持ちよかったってことなんじゃないのかな、とかなり確信をもって聞いたけど、ロザリアは、ブンブン首を横に振って、
「わ、わからない、わ。」
と大マジメに答えた。見た事ないくらいに追い詰められてるみたいなロザリアの様子に、ゴク、と勝手に喉がなる。
えっと、えっと、えっと。
「それじゃあ、それがロザリアの『気持ちいい』だから、次から同じ感じだったら、『気持ちいい』って言って。」
あれ、れ?なんか私、勝手な事言ってる?と一瞬思ったけど。ロザリアは瞳を潤ませたまま、今度はコクコクと勢いよく首を縦に振る。なんだかロザリアは素直になっちゃってる。それでまた、キュン、ってして、何故かまた下半身もギュッと熱くなる。
うん。うん。とにかく、先に進もう、と私は内心で決意する。
名残惜しくて、胸のてっぺんにもう一度だけ、チュ、とキスをして、そろそろと手をロザリアの太腿に伸ばす。
右の掌で、ロザリアの太腿をそろりと撫でて、内側を触る。もぞ、とロザリアが身じろぎして、足を閉じてしまう。ピタ、と掌が太腿に挟まれる。あの、これはこれで凄くエッチだけど。えぇと・・・。
「あの、ロザリア。このままだと、手が動かせないよ。」
ロザリアは、顎を引いて、顔を真っ赤にしながらも、もの凄く恨めしそうに私を見る。うぅ、そんな顔されても。
「どうしても、嫌?」
やだやだ。絶対触りたい、という自分の気持ちはあるけど、でもやっぱり大事なのはロザリアの気持ちだから。焦る気持ちをなんとか堪えて、ちゃんと聞く。
「うぅ・・・。」
ロザリアが唇を引き結んだまま、泣きそうな声を出す。泣かないで欲しい。うーん。
「どうしても、駄目?」
もう一度聞いて、縋るような想いで、首を傾げると、ロザリアが、フルフルと頭を振る。
「いい?」
駄目押しで聞くと、今度は、もう一度唸ってから、涙目で、コクン。首が縦に一度振られる。なんだか子供になっちゃったみたいなロザリアは、もの凄く可愛くて、心臓がバクバクになってしまう。いつものサッパリとしたロザリアも大好きだけど、こんなロザリアは、だって、なんだか特別な感じがする。
「足、開いて。」
おずおずと内股から力が抜けて、やっと、ロザリアの大切なところに私の指が触れる。ちょん、とパンティの上から触れただけで、ロザリアは、
「きゃ!」
と小さく悲鳴を上げた。もうパンティはぐっしょりと濡れていて、それがさっきまでのが『気持ちよかったんだ』と照明してるみたいで、とても嬉しい。明かりも消してないし、ジロジロみたら、きっと怒るんだろうなと思って、
「湿ってる。」
とだけロザリアの耳元で小さく呟いて、おへその下から、パンティの中に右手をそっと潜り込ませる。
クチュ、と音がして、ロザリアがますます泣きそうな顔になる。
「大丈夫。私も、おんなじだよ。」
ロザリアに言って、ほっぺたにキスすると、
「なら、アンジェリークも、脱いで。」
キッと睨むようにして言われて、私は慌てて「うん。ちょっとまって。」といって、部屋着のパンツとトップスの両方をばさばさと急いで脱ぐ。だって、その間にロザリアの気持ちが変わってしまったら嫌だから。私は夜は、ブラジャーを付けて寝ないので、上半身は裸で、身につけてるのはパンティだけ。ちょっと恥ずかしいけど、ロザリアはきっともっと恥ずかしいんだと思って、気にしない。
よいしょ、ともう一度ロザリアの上に覆い被さると、おずおずとロザリアの手が私のパンティを一瞬触る。
「あ・・・。」
と真っ赤になるロザリアに、私もカァっとまた顔が熱くなる。きっとロザリアと一緒か、それ以上に濡れている。だって、しょうがない。ロザリアの声とか、顔とか、色々で、私だっていっぱいいっぱいだもの。その上、ロザリアにそんなところを触られたら、ますますソコがジンジンしてきて、痛いくらい。
「ロザリアは、あの、今度でいいから。今日は、私に触らせて。」
あれ、今度もあるって勝手に私決めてる?と思いながら。とにかくとにかく、とさっきの続きにかかる。
唾液等で湿らせる必要も無く、入口に触れた右手の人差し指が、つぷ、とまるで呑み込まれるようにロザリアの中に入る。熱くて柔らかい、ロザリアの中。
・・・すっごい!・・・・すっごいすっごい!!
私は感動でそれ以外なにも考えられなくなる。進んで行こうとすると、
「んんっ!・・・あ、アンジェ、リーク・・・・。ゆっくり、して。」
私の右の二の腕を、侵入を阻むように、でも、同時に支えるように、しっかりとロザリアの両手が掴む。
「う、うん!うん!」
言いながら、でも私は前へ前へと指先を躙らす。
「あ、あ、あ!!」
ロザリアが、辛そうな、切羽詰まった顔になるから、
「ああ、あの、痛い?」
と聞くけど、
「痛く、は、ない、わ。」
痛いのか気持ちいいのか、分からないけど、ロザリアは息をハクハクと浅く吐きながら言う。ずる、る、と奥まで進む。中はすごく複雑な構造みたいで、動かすのがちょっと怖い。怖い、けど・・・と思いながら、やわやわと私の指に絡み付くロザリアを傷つけないように、ゆっくりと、指先の向きを変えて行く。
「ん、ん、んぅ!」
アタシの二の腕にしっかりと両手で掴まるみたいにしながら、ロザリアが両目をしっかりと瞑って、私の指先の細かな動きにまで、ビク、ビク、ビク・・・と中の襞と苦悶の表情で反応する。
「ろ、ロザリア!私の指、今、ロザリアの中で。包まれてるよ!熱い!凄い!あったかい!やわ、柔らかい!!凄く、ロザリアの中、動いてる!」
興奮でやや支離滅裂になりながら、伝えると、ロザリアは両目を瞑ったまま、ブンブンと頭を縦に振る。
「ロザリア、ロザリア。目を、開けて。」
じわ、と私の声に導かれるように、ロザリアの青い瞳が開いて、私を探す。
「私は、ここよ。」
お互いの手はしっかりと汗ばんでいる。でも、私は私の二の腕を掴んで離さないロザリアの右手を、しっかりと空いた左手で握りながら、ロザリアと視線を合わせる。
「アンジェ、リー、ク。わたくしの、中に、居る、のね。」
ハッハッハッ、とロザリアの浅い息。ドキン、ドキン、ドキン、中も凄く脈打ってる。もしかしたら、それは私の鼓動と同じリズム?
暫くじっとしていると、ロザリアが何か満足気にほぅ、っと息を吐く。それが凄く幸せそうな顔で。私まで、泣きたいくらい幸せになる。
「あの、もう一本入れたいけど。今日は一本だけにするね、ちょっとずつ、動かすよ。」
「わかった、わ。」
片方の手を恋人繋ぎにして、片方の指先はロザリアの体内へ。それで、ロザリアの左手は、相変わらずロザリアの中へと繋がる二の腕をはっしと掴んでいる。
「ゆっくり、ね?」
言いながら、私はちょっとだけ指先を腕毎引いて、それから、前に進む、という単調な動きを繰り返す。
「うん、ん。ん・・・。」
その動きにロザリアが慣れて来た頃合いを見計らって、少しだけ入口をくすぐったり、入口からちょっとだけ這い出して、前の肉の芽をくすぐったりする。
「ああッ!!アッ!イイ、ヤっ、アッ!ああ!!」
「イヤ?気持ちイイ?どっち?」
ロザリアの反応を必死で見つめながら、反応の強いところを中心に少しだけ大胆に動かすと、どんどんロザリアが気持ち良さそうに声を上げ始める。
「ああ!やぁっ!あっ!・・・ふ、ぅ、ンッッ!あ・・・。」
また瞑ってしまってたロザリアの瞼が、じわ、じわ、と、とろけるみたいに開いて来て、
「気持ちいい?」
繰り返して聞く私の問いかけに、
「んっ!んっ!きもち、いっ、・・・!あっ!!で、でもっ!わ、からなっ!!・・ああぁっ!」
本当に、何も考えられないみたいに、潤んで、覚束なくなる。
ああ、ああ、ああ・・・。
私は、そんなロザリアを見ながら、凄く興奮して、何も考えられなくなってく。
ぎゅ、と不意に私の二の腕を掴む力が凄く強くなって、ブルブルブル、とまるで催してるみたいにロザリアの全身が震える。私の指先を包むロザリアの中も、ギュギュギュ、と一気に強く収縮して、痙攣する。
「やっ!やっ!あっ!・・・な、なに!な、なん、なのっ?!」
ガクガク震えながら私に聞くロザリアに、私は、「大丈夫、大丈夫。」痙攣する中の感覚を追いながら、ロザリアの目を見てなんとか笑う。だって、指先から伝わってくる感覚が、凄く、気持ちいい。
「そのまま、気持ちいいままでいて。」
まだ痙攣が収まらないうちに、私はゆっくりと指先の動きを再開する。
「アンジェ、アンジェっ!」
その動きに戸惑うように、急かすように、私の名前がうわごとのように繰り返される。
ロザリアの中に私が居て、その私にロザリアが反応して、それを見てまた私がロザリアの中を探る。

しっかりと繋がれた私の左手とロザリアの右手。
お互いの気持ちより先に、反応を返し合う、私の右手とロザリアの左手。

それで。
この、ぐるりと循環するロザリアと私の腕の中で、全部。
もう、それで全部。

世界は、完成しているんじゃないか・・・、なんて意味の分からないことを。
ふわふわで、どきどきで、ドロドロの感覚の中で、ぼんやり思ってた。

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【第四話:神聖な誓い】



言い知れない、幸福感の中で見た夢は。
ゆっくりとした不思議な不協和音が、何かを辿っているような、どこか頼りない旋律で奏でられている。
誘われるように、腕を前方に伸ばすと、リュミエール様の部屋でみた、あの壷が、私の丸く開いた腕の中で宙に浮き、ゆっくりと回転する。

そうか。この旋律は、このラインを辿っているのね。

私は深く納得して、旋律を聞きながら、壷に刻まれたシンプルなラインを辿る。
グルリと壺は一周回って、羽を背に持つ乙女の部分に差し掛かると、内側から光を放つように輝き始める。
目が開けていられないくらいの白く焼けた視界の中。今度は、白い翼を背に持つロザリアが現れて、私に向かって微笑んだ。
あ、と思う間もなく、ロザリアは、フワリと舞い上がって、片腕をこちらに伸ばす。
まるでそれは、私を空に導く天使のよう。
どこか、恍惚とした、その表情に、私は切ないような、愛しいような気持ちで手を伸ばす。

キュ、と手と手が重なって、握られる。まるで何かの神聖な誓いのように。じんわりと胸に、幸せな感覚が充ちる。

―――ねえ、ロザリア。貴方が誰を惹きつけても構わない。でも、この手を離さないでいてね。
―――私は、決して離さないから。

それで世界はまた、白く弾け飛んでいった。

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身体がどこか自分のものではないような、不思議な感覚に包まれながら、目を覚ます。決して不快ではないのだけれど、どこか昨日までの自分と違うと確信する。
あのまま、寝てしまったのね、と隣でスヤスヤと眠るアンジェリークを見やって、なんだかちょっと憎たらしいような気持ちになる。身体の芯がまだどこか、重く痺れているみたいな。でも、どこかスッキリしているような。
両膝を引き寄せて抱こうとして、アンジェリークに沢山触られた入口が、ピリッと傷んで、慌てて止める。今日は一本だけ、と言ったのに、結局途中からは、アンジェリークの指は二本、中でバラバラに動いていた気がする。
思い出して、また下肢が熱くなった気がして、慌てて考えるのをやめる。
ジン、と熱を持って、ほんのちょっぴり傷む、わたくしの中心。こんなところ。誰にも見せられないけれど、怪我ではきっと、ないのよね?と内心でほんの少し、不安になる。

枕に顔を埋めるようにして安心し切って寝ているアンジェリークの横顔を見ながら。

ねえ、聞いて。ロザリア。
私、好きな人が居るの。

ねえ、聞いて。ロザリア。
ふふふ、誰だと思う?

クスクスと笑う声と、バニラの香りを思い出す。昨日は緊張していてあまり分からなかったけれど、そういえば、この部屋に入ったときも、バニラの香りがした気がする。もう鳥の声がして、朝日が窓から差し込んでいる。少し換気をしようかしらと思い立って、アンジェリークを起こさないように、そっと。そして自分の身体の調子を見ながら、そっと。ベッドを降りようとしたところで、ガシッとアンジェリークの腕が、わたくしの腰を乱暴に掴む。まあ、この子ったら寝た振りをしていたの?と思って振り返っても、アンジェリークはどうみても眠っている。私は呆れて溜め息を一つ吐いてから、腰に絡まった腕をそっと解く。むにゃむにゃ言うアンジェリークを無視して、そろそろと部屋を歩き、窓を開けた。

さぁ、と部屋に清々しい空気が入り込んで、小花柄のレースのカーテンを揺らす。衣服も身に着けずに窓を開けるだなんて。誰からも見られる訳ではないけれど、少しアンジェの影響を受け過ぎている気がする。そして、そう思っているのに、どこかそれを面映く思っている自分が居る。我ながらちょっと呆れてしまう。

風がアンジェにも当たったのか、背後で、「ンーーー」と伸びをするような声。振り返ると、むくりと彼女も裸の半身を起こして、こちらをボウッと見やる。
少し寝乱れた金の緩やかな巻き毛。細く少女らしい白い肩が、朝日にまるで透けるよう。
見入るように、その身体と、翠の瞳を見ていると、アンジェの腕が、まっすぐにこちらに伸びる。
わたくしは引き寄せられるように、その手に向かってゆっくりと進む。
アンジェリークの手が上から、わたくしの手が下から、重なって、しっかりと握られる。
アンジェリークは、ふわりと笑ってわたくしを見上げた。

「ねえ、ロザリア。ずっと一緒に居ましょう。」
「ええ。アンジェリーク。ずっと一緒に居ましょう。」

何も考えず。魔法のように。言葉がするすると唇から引き出された。

そうよ。
いつからだかわからないけれど、いつだって、わたくしは、こうしてアンジェリークに巻き込まれているのだわ。
けれども。
そうね。おそらく、自ら進んで。
自ら進んで巻き込まれているのだわ。

そう思って、クスッと声を出して笑うと、アンジェリークもつられるように、フフッと柔らかな声を出して笑った。

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それから百日弱が経って。
即位の日。

儀式が一通り終わって、「まるで結婚式みたいだった」とアンジェが言うのに、わたくしは絶句してしまった。
だけども、そう。この多幸感は、もしかしたら、わたくしもそんな風に受け止めているのではないかしら、なんて思ってしまう。
そうではなくて、勿論、第一義に、宇宙のための大切な式典なのだと、彼女にも言い聞かせ、同時に自分にも言い聞かせる。
そうして、やっと落ち着きを取り戻し、それじゃあ私室に戻りましょうか、と声を掛けようとした・・・のに。
隣に居たはずの彼女は、突然、中庭に向かって走り出してしまう。
「ちょっと!アンジェ、お待ちなさい!!」
わたくしは慌てて、声を上げ、ステッキを持っていない方の手を、彼女に伸ばす。
彼女のヘッドドレスがずるりと後方に落ちる。それこそ、おてんばの花嫁のように。
『ああもう!あんなに乱暴に扱って!』と思うのに、そこから目が離せない。
彼女が少しだけこちらを振り返る。風に流れたヴェールが、アンジェの姿を一瞬隠し、それからまた鮮やかに出現させる。
正装のアンジェリーク。中庭に降り注ぐ輝く陽光。
金と翠の、わたくしの天使。

アンジェリークはアハハ、と明るく笑って、
「いやよ!早く来て!」
重たい裾を持ち上げ、くるりと踊るように回ってから。

わたくしと聖殿に向かって、弾けるような笑顔で、両手を広げた。


終。


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