この世ならざる光景




轟々と、ジープで埃を巻き上げながら進む。細かく、軽い赤茶けた砂埃は、バンダナを巻いていても気管を後で洗浄しなければならないほど。
雲に隠れ、直射日光が差していないのが、救いと言えば救いか。
ジープはゆっくりと傾斜を下って行く。いや、違う。メーターを確認すれば、結構なスピードが出ている。だが、この、余りにも雄大な景色の中で、豆粒のような私たちが、どれだけのスピードで進もうと、ゆっくりとしか見えないだけだ。
見渡す限り、ただ、赤土が・・・所々、頼りなげな背の低い樹木の林が点在して・・・広がっていた。雨期には流れていたであろう川の位置には、今は点々と水溜まり(というには大きすぎるか)が残っているだけだ。

隣で運転している男は、サングラスをしており、私と同じようにバンダナで顔の半分を隠しているせいで、チラリと視線をやったところで、表情など分からない。

長かった出張の終わり。それもこの組み合わせで。
だから、ただ、私たちは疲れていた。
こんな状況であれば、反りの合わない相手であっても、隠れている表情を推測するのは容易い。そう、おそらく私と同じ、無表情・・・。
私も、帽子を飛ばないように押さえているのも、面倒に感じるほどに、疲れていた。
もういっそ取ってしまおうか・・・。どうせ髪も顔も砂だらけで、これ以上汚れる等ということもあるまい。まして、太陽も出ていないのだし・・・。

「おい。」
不意に、隣の男が、何時間ぶりか、発声し、私の下らぬ思考を遮った。
ハンドルを片手で操作し、片腕を伸ばし、中空を指差している。気怠さを感じつつも、指先を追うように視線を動かす。
「あ。」
と、私は間抜けな声を出した。

ひらり、と優雅に舞い降りる、一羽のフラミンゴ。
そして、ひらり、ひらり、と更に二羽続いた。
タイミングを合わせるように、すぅ、と雲に隠れていた夕日が、突然世界を、痛い程に照らし出す。
光。神々しいまでの、夕日の煌めき。
それが、フラミンゴが降り立った水面を照らしていた。
よく見れば、無数のフラミンゴが、その黄金の水溜まりに集まっていた。細い足、長い首で、優雅に休むフラミンゴの群れ。風とフラミンゴによって作り出される不規則な光の戯れ。
時折広げられる、ほの赤い翼。

私は、ジープの窓枠にかじりつくようにして、その光景に見入った。

「オスカー。」
呼ぶ声は何故か震えていて、ジープの走行音にかき消されて、きっとオスカーには届かない。
「来て、良かった、です。」
続けた言葉はもっと水っぽい音となった。目の前の光景が何故か滲んで、ただの混濁した色彩になっていく。だが、それすらも、美しく。
「う、ぁ、ぁ・・・・。」
窓枠に掛けていた両手のうち、左手を剥がして私は目頭に指先をあてた。後から後から、熱い何かが沸き上ってきて、理由の付けられない涙が、止めどなく流れ出て行く。
「使え。」
膝の上に、放り投げられたバンダナは、オスカーがたった今までフェイスマスクとして使っていたものだ。
この砂埃の中、バンダナ無しで息をするのは辛いだろうにとは思ったが、遠慮なく私はそれを使った。使ってから、当然のごとく、バンダナが埃まみれなことに気づく。
運転席のオスカーが、ちらりとこちらを見やって、一瞬、戸惑ったような奇妙な表情を見せた後、
「ふ、ククッ・・・。は、ハハッ・・・!!」
吹き出すようにして笑い出し、その後は、もう言葉も無く、ただ、大笑いしながら腹筋と戦っていた。私は、余計に酷くなるのだろうとは思いながら、もう一度顔を拭う。
笑いが止まらないオスカーに呆れつつ、視線を窓の外、黄金の水溜まりに戻そうとして、いつの間にかまた太陽が雲間に隠れてしまったことに気づく。
あの黄金はどこかへと消えてしまっていた。

目を凝らせば、フラミンゴの群れは、まだ水浴びをしているのかもしれないが、私の視力では、既にその様子を確認できない。

私は先ほどの光景を、オスカーの馬鹿笑いにのせて、思い出していた。
疲れは、赤茶けた砂埃と一瞬の黄金の煌めきに溶け、終わりがないようにすら思えたこの出張が、もう帰路にさしかかっているのだという実感だけが、私の胸でただ、暖かく広がっていた。

終。

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