星々輝く庭の主



夜。不意に出くわした。
「ツマミくらいは用意しよう。」
といって、ゼフェルを抱え上げたその人の後について、俺はその人の私邸に上がった。

慣れぬ酒を飲んで潰れ、カウチに沈んでいるゼフェルを肴に、クラヴィス様と二人、ジュリアス様の話をした。その時は、意外な人だな、と思って、それまでとは違った印象を彼に持った。思い出話に細められる、時折紫色に見える瞳。
表情に乏しい、と思っていたが、そうでもないんだな、と俺は素朴な感想を胸に過らせた。

覚えているのは、黒い布があちらこちらに装飾的に飛び交う、海の底のような印象の小さな応接室の一つ。彼は、部屋の明かりを付けず、テーブルの上のキャンドルと、カウチの側に立っているルームランプを付けただけだったので、部屋は薄暗かった。・・・にも関わらず、どこか暖かな空気を感じたのは、何故なのだろう。

以来。俺はクラヴィス様に対して、ジュリアス様との関係性に関しては、引き続き頭を悩ませていたが、彼本人と俺との間では、特に悪い関係という事もなく、夜に出会うと、互いに笑顔で笑い話をすることもある、そんな関係となっていた。
だからといって、飲み友達には程遠い。
だから、意外だったのだ。

「オスカー。」
執務室の扉は、開け放していた。だから、声を掛けられると同時に、白檀の香りを鼻腔に感じるまで、執務に没頭していて、彼の存在に気づかなかった。加えて、執務補佐官等も出払っていたので、部屋には俺一人だったから、ということもあるかもしれない。
俺は驚いて、手を止め、顔を上げた。そこに、香りと声で察した通り、クラヴィス様が立っていた。
「これ・・・は。わざわざお越し下さるとは。」
驚きを隠せずに、そのままを言う。クラヴィス様が俺の執務室に足を運ぶ等、考えた事もなかった。緊急の用事だろうか・・・思わず胸中に過る。だが、クラヴィス様は、俺の驚きぶりが面白かった、とでも言うように、フッ、と声を漏らして笑った。
「わざわざ足を運んだ甲斐があったというものだな。」
クラヴィス様は、ニヤリと口の端を上げ、
「また、話をせぬか。」
続けた。
「驚かせてお喜びになるとは、あまり感心しませんが。今度は、何のお話を聞かせて下さるのですか?」
用件にほっと胸を撫で下ろし、少しばかり絡んで、小さく肩を竦めてから、呼応するように笑んだ。クラヴィス様は、
「さてな、それは来てからの楽しみに取っておけ。」
と、ぶっきらぼうに言ってから、
「そうだな。次の土の曜日の夜は空いているか?」
フ、と再び忍ぶように笑う。俺は、
「それは是が非でも予定を空けねばなりませんね。クラヴィス様の邸宅に伺えば良いのですか?」
と聞く。
「待っている。」
時間も約束せずに、いらっしゃった時と同様の唐突さで踵を返し、クラヴィス様は去って行った。俺は、日の曜日は朝からジュリアス様と早駆けの約束だったな、飲み過ぎぬようにせねば、と思いながら、執務に戻った。

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土の曜日の夜。

クラヴィス様の私邸を訪れると、家人が「お待ちしておりました」と言って、礼をとる。俺はたわいない話をしながら後について歩く。闇の守護聖の名にふさわしく、私邸全体が、落ち着いたインテリアで、どこかクラシックな趣。廊下を進むうち、心が解けるように、リラックスしている自分を感じる。例の応接室の前に付くと、家人はノックもせず、そのまま「中でお待ちです。今日は、このままお二人にするよう言われておりますので、下がらせて頂きます。」と言う。「了解した。」の俺の返事を待ち、家人は下がった。
『ふむ、実は込み入った話なのだろうか』等と思いながら、ノックをして、「入れ」の返事を待ち、中に入る。果たして、カウチの上で、既に寛いだ様子のクラヴィス様が居た。
「遅くなりまして、申し訳ありません。」
礼を取ってから、クラヴィス様に近づくと、クラヴィス様がほとんど寝そべるようにして座るカウチに対し、L字に配置されたカウチを勧められる。腰を下ろす前に、俺は持って来たワインを少し上げて、
「お好みに合うかどうか。」
と言った。
「ああ、有り難くもらおう。ただし、先にこちらだ。」
クラヴィス様は、起き上がって、ローテーブルの上に置かれたワインの一つを持ち上げる。既にコルクは抜かれていて、クラヴィス様の前に置かれたグラスには中身が入っていた。空のグラスを彼は取り上げて、ワインを注ぐ。そして、ツイ、と俺の方に少し押し出してみせた。俺は、
「ありがとうございます。」
と言いながら、自分の持って来たワインをひとまず、テーブルの上に置いて、それを受け取って、腰を下ろす。
クラヴィス様は、自分のグラスを手に取り、少し上げてみせた。俺も少し上げてから口を付ける。
「これは・・・。」
淡くスパークングした白ワインは、すっきりとした味で、とても美味い。クラヴィス様は、自分もグラスから唇を離し、フフッと忍び笑った。
「カティスの手によるものだ。」
どうりで、と俺は前任の緑の守護聖の顔を思い浮かべながら、
「貴重な品を開けて下さったのですね。」
と笑って答えた。クラヴィス様は、漆黒の長衣で・・・だが、部屋着なのか、いつもの執務室に比べると大分簡素なものを身につけていて、アクセサリーも、いつもの紫水晶の耳飾り以外、付けていらっしゃらなかった。テーブルにはチーズやクラッカーといった、簡単なツマミが並び、一人で晩酌をしていたような部屋の雰囲気。彼に感じた事の無い、男臭いような印象を受ける。
「いつもこうしてお一人で晩酌していらっしゃるのですか?」
勧められたカマンベールチーズを、添えられた小さなナイフで一口大に切って、一つ摘み、再び、一口ワインをやってから、俺は口を開いた。クラヴィス様は、カウチに乗せられた大きなクッションの上に、体重を預けるように肘をついてから、俺をみやって、
「そうだな。お前と頗る仲の悪い男と二人か、一人か・・・。時折、オリヴィエやルヴァが思い出したようにやってくるが・・・。酒を飲むと言えば、その程度だ。」
言いながら、口元に穏やかな笑みを浮かべ、瞳を伏せる。俺は、なるほど、と名の挙がった人物達と、クラヴィス様が共に飲む様子を思い浮かべる。どの組み合わせもしっくりしていた。
「故に、今日は、珍しい組み合わせだな。」
言いながら、クラヴィス様は自分の空いたグラスに再び酒を注いだ。
クラヴィス様と俺が二人で夜に飲んでいる・・・確かにオリヴィエ辺りが耳にしたら、『何ソレ、傑作!』と吹き出しそうな組み合わせだ。
「そうですね・・・。今日は、どうして誘って下さったのです?」
少し、聞いてしまうのが勿体ないような不思議な気持ちを味わいながら、俺も自分の分をグラスに注ぎつつ、聞いた。
クラヴィス様は、そうだな、と言ってから、
「以前、お前と話した時の事を、ふと思い出してな。」
身体を起こし、ワイングラスを弄ぶように回しつつ、答えた。答えになっているような、なっていないような、と思いながら、黙って続きを促すと、
「時に、お前はジュリアスのことが好きか?」
と、明後日の言が続いた。俺は思わず飲みかかったワインを気管に入れてしまい、噎せ込む。クラヴィス様は、気にした様子もなく、チーズに手を伸ばしている。全く、この人は一体・・・。俺は、息を整え、
「な、何の話です?勿論、尊敬申し上げておりますが。」
それでも意外に過ぎる問いへの驚きを吸収しきれず、縒れた声音で答えると、クラヴィス様は、くい、と片眉を上げてから、
「ふむ。そうか。」
とだけ、少し嬉しげな様子で答えた。なんのこっちゃ、訳が分からん!俺は思って、
「って、どういう意味ですか?」
と尋ねる。クラヴィス様は、俺の発言が聞こえなかったはずはないのに、その問いを無視し、
「お前は、私とジュリアスが、仲違いしていることを、どのように思っているのだ?」
と問い返す。混乱しながら、
「ええ?それは勿論、喜ばしいことではないと思っています・・・が。」
なんとか応じる。クラヴィス様は、相変わらず、俺の動揺など意に介さず、ゆったりとしたペースで飲んだり食べたりしているが、こちらはそれどころではなくなってしまった。膝の上で、両手を組んで、クラヴィス様の表情を読もうとするが、入った時と同様に、彼は落ち着いた様子で、何の情報も得られない。
「先日、ジュリアスが例の如く、会議で私を叱責した時、お前はジュリアスに呼応するように、私を糾弾したであろう。」
淡々と紡がれる深い声音は、穏やかな部屋の空気に似合っていて、それが内容に反しているのが、強烈な違和感だった。俺は、会議?と脳裏で記憶を辿り、ああ、と思い出す。
「月の曜日の朝議ですか?あれは、クラヴィス様が遅刻して来られ、挙げ句の果てに会議の内容を聞いていらっしゃらなかったからです。」
俺は、コホン、と咳払いをして、まっすぐクラヴィス様を見つめた。そういうことなら、言いたい事は山程あるのだ、と思う。クラヴィス様は、さも面白くない、と言わんばかりに眉根を顰めて、
「私には私の事情というものがある。」
と、まるで拗ねるような口振りで言った。俺は、思わず、その様子に笑ってしまう。
「それはそれは。どんなご事情です?」
おどけたように聞く俺に、クラヴィス様は、一瞬、厳しく瞳を光らせ、それから、ニヤリ、と口の端を上げた。そこに、奇妙な迫力を感じ、ゾク、と背筋に悪寒が走る。
「リュミエールならともかく、お前には、分からぬ・・・。だが、見せてやる事は出来るかも知れぬ。」
なんとなしに、危険を感じながら、けれども、名の挙がった人物が面白くなかった。言わずにはおれず、
「見せてやる?」
と眉を顰める。クラヴィス様は、身体を起こし、
「ああ。見るか?」
と、意味ありげに再び笑んだ。今度は、先程の迫力は感じない。ただ、悪戯を仕掛ける悪ガキのような顔がそこにあった。自ら進んで罠にハマるのは、趣味じゃない。趣味じゃないが、興味はあった。もし、本当に、クラヴィス様の職務怠慢に、意味があるのならば、知りたい。そんな、些細な興味が。
「見せて頂きましょう。」
売られた喧嘩を買うような調子で、俺は挑戦的に言い放った。
「よかろう。こちらへ来い。」
同じく挑戦的な光を瞳に宿して、俺を隣に呼ぶ。俺は、促されるまま、クラヴィス様の隣に座った。クラヴィス様は、
「じっとしていろ。視線は・・・そうだな。テーブルの辺りに落とせ。」
言いながら、俺の後頭部と、額にそれぞれ手を当て、瞳を伏せる。俺は、ふんわりと白檀の香りを嗅ぎ取りながら、初めて至近距離に捉えた象牙色の顔に、『睫毛が長いんだな』と、どうでもよい感想を過らせる。言われるがまま、チーズとワイングラスの乗っているローテーブルに視線を落とすと、暫くして、ゆらり、と視界に黒い靄のようなものが過った。
「え?」
と声を上げるが、
「黙っていろ。」
と横からピシャリと言われ、口を噤む。暫くすると、その靄が、小さな餓鬼のような形を帯び、こちらを見やってから、テーブルの上を走って、視界から失せる。
遠くから、ぎゃぁぎゃぁ、と鳥の鳴き声のような、潰れた音が途切れ途切れに聞こえる。それらの小さな雑音は、やがて人の言葉のような音となって、耳に入って来た。

『・・・・るよ・・・。』
『母、さ・・・。』
細い少年の声。
『・・・ヴィスッッ・・・お前には、分から・・・ッッ!!』
別の少年の、叫ぶような声。
『・・・いつか、癒され・・・うに・・・。』
よく知る水色の髪をした男の声。
『・・・孤独が、お前、・・・を・・・。』
呪うような、聞き覚えの無い声。
『見よ・・・。・・・の淵・・・。』
圧迫感に、胸が押しつぶされるような感覚になって、息が継げない。
『・・・理を、なさって・・・。』

「・・・スカー!オスカー!!」
ハッとクラヴィス様の声に我に返った。俺を心配気に見やる、紫水晶の瞳。俺は、ヒュ、と息を吸って、突然入って来た酸素量に噎せる。ゲホゲホと噎せ込んでいると、優しく背を摩られた。俺は、片手を上げ、
「だい、じょう、ぶ、です。」
と、呼吸を整えながら、口にする。クラヴィス様が、指を俺の目尻にあてる。それで、俺は自分が泣いていることに気づいた。
「・・・え?な、に・・・?」
慌てて、俺は自分の瞳を追いかけるように擦る。その手を、やんわりと止めるように包んで、クラヴィス様は、
「すまなかった。」
とボソリと言った。済まなそうな表情に、俺は、却って申し訳ないような気持ちになる。
「思ったより、随分、感受性が強いのだな。悪かった。」
俺の前髪をゆっくりと掻きあげるような指先が、まるで幼子を慰めるような優しさを伴っていて、俺は気持ち良さに目を伏せ、笑う。・・・心地いい?こんなに大きな、男の手が?・・・何故・・・?涙は、驚きにこぼれ落ちただけのようで、既に止まっていた。
「今のは、何だったんですか?」
残念ながら、理解が及ばない。俺はなんと聞いていいのかも分からず、間抜けな聞き方をしてるな、と思いながら、そのままを聞いた。
「聖地と言えど、盤石で清浄とは言えぬ。隙間から、様々なものが入り込んでくる。私は、その入り込んでくる者達に、ジュリアスや、お前よりもずっと近しい。だから、相手をせねばならぬ時も多い。それだけのことだ。」
言葉少なな説明は、理解に足らない。俺は、額や頭を撫でられるがままにしながら、ぼんやりと、先程耳に入って来た奇妙な声と、目の前を過った餓鬼のビジョン、そして、胸が詰まるような、孤独で冷たい世界を思った。
「・・・絶望・・・。」
口をついて出た言葉に、特に何か確信がある訳ではなかったが、ぴくり、とクラヴィス様の俺を撫でる手が動きを止めた。それから、仕方なさそうに笑った。
「私が、この世界に、絶望していると言うのか?」
噛み合ぬ会話に、それでも直感的に、この人の孤独と哀しさを理解した。俺は問いには答えず、
「いつも、ああした者と、一人で戦っておられるのですか?」
ぼうっとしたままに、聞くと、
「・・・戦う?・・・フッ、お前らしい表現だな。」
苦笑してから、
「追い払う、という意味ではそうだが、戦うという程の事ではない。お前達・・・他の守護聖とて、気づかぬ内に、あれらを追い払い、この世界の均衡を保っている・・・。ただ、見えておらぬ。それだけの違いだ。」
と、長い黒髪をゆるく掻きあげ、俺から視線を逸らす。ゆらり、と耳の紫水晶が揺れた。胸に迫る、この気持ちは、なんというのだろう。・・・同情?憐れみ・・・?俺達に見えない世界を、ただ一人で見つめる、その瞳に、俺は知らず、手を伸ばした。
視線が再び俺を捉え、ス、とその紫の色味を帯びた瞳が、細められ、急に近づいてきて、伸ばした手が、クラヴィス様の手に絡めとられ、ぐい、とカウチに押しやられる。熱い舌が咥内に押し入ってくる感触に、俺は再び我に返った。ぬるり、と舌が絡めとられた後、上顎を、すり、と擦り上げて、唇が離れる。
「たったキス一つで、聖地一のプレイボーイは、随分切ない顔をするのだな?」
揶揄うような言い方に、俺は唇をグイ、と慌てて擦る。
「い、一体・・・なっ・・・。」
いつの間にやら、やや押し倒されるような格好になっていることに気づき、身体を起こそうとして、俺の手を搦め取った手と逆の、左手の人差し指が、俺の唇に添えられ、叶わない。
「慰めてくれるのではないのか?」
「何を言って・・・。」
俺の抗議は、再び近づいてきた唇に遮られる。チュ、と試すように啄まれ、俺が何かを言葉にする前に、再び深く口づけられる。上手い・・・と、俺は意味不明な感想を過らせた。力が抜けて、ずる、と背中がカウチの背から滑り落ち、座面に押し付けられる。それほど、強引でないのに、咥内を探る舌の動きは、こちらの反応を試すように、強く弱く、吸い付いてくる。引き上げようとする舌を、思わず、反射的に追いかけようとして、何を考えてるんだ、俺は!!と自分を脳裏で叱咤し、慌てて戒める。相手は男だ、それも、よりによって、クラヴィス様だ、と。
「ハッ・・・ぁ・・・。」
離れ際、思わず吐息のような、だらし無い声が漏れて、俺は頭に血を上らせる。俺を観察するように見下ろすクラヴィス様に、俺は、
「なんなんですか。これは。・・・突然。」
と、やっと抗議の声を上げる。見た事も無いくらいに、実に楽しげにクラヴィス様は、クック、と声を上げて笑い、
「しかし、『続きをして欲しい』とお前の顔には書いてあるが?」
等と言い出す。その言葉に、続きを期待するように、身体に火が灯ったような感覚を覚えるが、それを押し殺し、
「都合の良い様に解釈してませんか、それ。」
忌々しげに言い返す。恍けたように、俺に覆い被さっている長身の男は、俺の股間を緩く撫で上げた。
「果たして、そうだろうか。」
「・・・ッ・・・。」
思わず眉が寄って、息が詰まる。緩く既に反応している節操のない俺の分身を、俺は心から呪った。必死で身体を理性で飼いならすべく、俺は抗議を続ける。
「百歩譲って、身体が反応したところで、俺は恋人以外とは、こういったことはしない主義です。」
ゆるゆると、クラヴィス様の片眉が上がる。俺は胸を内心で撫で下ろす。そうだ、正気に戻って頂きたい。俺達は同僚で、男同士なのだ。クラヴィス様は、急に、生真面目な表情になって、俺を見下ろし、
「ふむ。それでは立候補してみるとしよう。」
と言い放ち、再び唇を重ねる。
ーーー・・・・はぁ!?!?
それ以上、何も思い浮かばない。再び舌を吸われ、ジン、と今度ははっきりと身体が反応するのに、俺は慌てて、クラヴィス様の肩を空いた右手で押し上げる。
「今度は何だ?」
鬱陶しげに眉を顰められ、なんで俺がそんな顔をされなくちゃならない、とハッキリと憤る。
「立候補、痛み入ります・・・が、まだ返事を差し上げていませんが。」
ほう?と今度は感心した、とでも言うような声を上げられて、ピキ、とハッキリと俺のこめかみに青筋が立つ。・・・挙げ句に。
「では、次に会うときまでに、返事を考えておいてくれるか。」
と笑って、再び瞳が迫ってくる。
「ちょ、何を言ってんだ、アンタは!」
内心の焦りを反映し、敬語がいきなり崩れさった。相手が年上の守護聖であることも忘れ、俺は細く尖った顎をえぇい、と押しやる。
「五月蝿い奴だな。お前は黙って返事を考えておけ。私はやる事がある。」
顎を仰け反らせたまま、いつもの事も無げな調子で台詞が落ちてくる。それで、クラヴィス様の顎を抑えていた手を自分の顎に当て、ああ、なるほど、そういうことか!ふむふむ、と。
「って納得する訳ないでしょうが!!」
「いいから黙っていろ。後悔はさせぬ。」
再び目が合うと、ふふふ、と分別ありげな大人の余裕の笑み。ぞく、と今度は何か良からぬ予感が背筋を走る。
「どこからそんな溢れんばかりの自信が・・・。」
降参しかかりながらも、呻くように視線を彷徨わせつつ言うと、それで良い、とばかりに額に唇が優しく落ち、
「さてな。」
と俺の眉の辺りで含み笑いで嘯く。再び予感。・・・予感?
「気持ち悪い、と少しでも思ったら、全力で殴りますよ?それでもします?」
はぁ、と諦めの溜め息を吐いてから、片眉を上げて、なんとか挑戦的な顔で見上げると。
「それほどお前に余裕を与えるつもりはない。」
予想を上回るきっぱりとした回答。冗談なのか、本当に自信があるのか、この人が言うと、全く分からない。思わず真顔になってしまってるうちに、スリ、と太腿がスラックス越しに俺の分身をゆるく刺激する。どうしてこんなことになったんだ?自問自答して、さらりと細く白い指に優しい仕草で髪を掻きあげられる。反射的に目を細める。・・・何故か、奇妙な懐かしさを覚えて、心が解けるようだった。
そのままの優しい仕草で、するすると指先が後頭部、首筋へと回る。そこで、くす、と音を伴ったハッキリとした笑いを漏らし、
「お前と私では、いかにこのカウチが頑強と言えど、少し狭いな。寝室に移動するか。」
と問われる。リラックスが過ぎたのか、意味をすぐには取りかねて、「え?」と聞き返すと、
「それとも床の方が好みだったか?」
と、今度は人の悪い笑みが溢れる。
「いえ、ベッドでお願いします。」
なんで俺がお願いしてるのかは、とりあえず、考えないでおくとするか、俺は内心で深く溜め息を吐いた。

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クラヴィス様の主寝室は、大窓の向こうに夜空と庭、小さなテラスが望める部屋だった。潜水艦のような、天井からそこかしこにドレープした布が下ろされていて、それこそ水晶球が似合うような、暗かった応接室とは、全く違う造りが、再び「意外だな」という感想を俺に齎す。
奇妙な事に、自分の邸宅で望む夜空よりも、星が輝いているように見えて、
「闇の方の領域では、星も輝きを増すのでしょうか。」
と、感想が口をついて出てしまった。
「フ、面白いことを言う。」
と、応じられて、意味不明な事を言った自分を恥じていたら、つい、とクラヴィス様の顎が上がり、ベッドの向こうの大窓に視線が投げられる。
「・・・おそらく、他の者の庭に比べ、照明が少なく、特にこちらの裏庭には民家等、他の灯火にも乏しい。・・・だからであろう。」
無表情のまま、続けられた言葉は、『ああ、なるほど』と納得のいくもののはずなのに、俺は何故かそこで、また胸が締め付けられるような奇妙な感覚をぶり返した。
何か言わねば、と思うのに、言葉が出てこない。それで、
「シャワーをお借りしても・・・?」
と、頓狂なことを言い出してしまった。ここに来る前に、既にシャワーは浴びているのだが・・・。俺は自分のしょうもない台詞に打ちのめされつつ、所在なく、固めていない前髪を触った。
彼は我に返った、という様子で俺に視線を戻し、
「共に、であれば。」
と、ジッと俺の瞳を見つめて言った。俺は思わず苦笑する。
「私の身体を洗って下さるのですか?」
皮肉のつもりで言ったのだ・・・・が、大真面目な顔で、
「無論。」
と返って来た。意外などという言葉では到底足らない。俺は、
「いやあの、結構です。」
ひくつく口の端を抑えながら、丁重に辞退したが、
「いや、洗いたくなった。共に行く。」
と、ほとんど肩を抱かれるようにして促される。少しばかり強引なエスコートは、普段は俺が女性の本音を推測しながらするそれで。クラヴィス様も、俺の気持ちを推定したりなぞ・・・している訳がないか、と俺は自嘲する。何がどのようになっているのだか、さっぱり見当がつかないが、とにかく、「立候補」の言葉に一片の真理はあるようだった。
寝室に隣接する簡易のバスルームは、俺の邸宅のものよりも豪華だった。寝室同様にテラスを望める天井から床までの大窓、絶えず湯が溢れているジャグジーらしき円形、白い大理石のバスタブ、黒い大理石の床と壁の、シックなデザインとなっていた。
押しやられるようにして、バスルームに服のまま二人で入り、追い詰められるように壁に押しやられ、キスを受けながら服を脱がされる。応じながら、手慰みに俺もクラヴィス様の長衣に手をかけるが、ボタンシャツの俺とは違い、クラヴィス様の服は、腰の帯さえ緩めてしまえば、ずるずるとアチコチが緩んで、自動的にほとんど羽織っているだけの状態になってしまう。下着も付けてないのか、と俺は内心で焦る・・・というのも、あんなに落ち着いた様子だったクラヴィス様が、緩く兆していたのを視界の隅に捉えたからなのだが。
けれども。雨のように降るキスと、されるがままも癪なので、律儀にそれを上回る勢いで応じる俺の舌によって、一抹の恥ずかしさは、流れて消えて行く。総て脱ぎ終わる頃には、ぼぅっと少し頭の芯が痺れていて、もう舌の動きを追うこと以外、何も考えなくなっていた。床に服を脱ぎ捨てたまま、シャワーコックをひねられたのか、頭上から暖かなシャワー。グチャグチャと足元の布を踏みつけて、背中は壁、胸はクラヴィス様の胸とぴったりとくっつき、ほとんど身じろぎもできない。
加えて、頭の両脇で、肘から先を壁にベッタリと付けられて、なんとなく、自分の自由を相手に預けてしまっているようで、落ち着かない。
ざあざあと髪や肌を伝わる温水に、息苦しさを少し覚える。
フットライトと月明かりのみに照らされる暗いバスルームの中、オールバックに髪を掻きあげ、白い額を晒した、紫水晶が熱っぽく俺を見下ろしていて、互いの鼻先が僅かに当たる。滅多に至近距離で人を見上げる事がないので、これもまた、落ち着かなかった。直接肌を通して伝わる互いの鼓動。俺は、相手の身体をはっきりと、男のソレだと肌越しに認識しているにも関わらず、相変わらず火照ったままの自分の身体を不思議に思う。壁に両の掌を這わせ、少し視線を落とす。視界の真ん中に、クラヴィス様のソレを捉えてしまい、続けて、瞼を伏せる。
「湯船に移動するぞ。」
手を引かれそうになって、クラヴィス様の胸に片手を当てて、自分で行けますと暗に示す。不満そうに顔を顰められ、先をスタスタと歩かれて、『全く、難しい人だ』と俺は額を抑えながら、後ろに続く。
数歩の僅かな距離を進み、大理石の階段を上がると、黒いバスルームの中、白いタブが眩しい。俺とクラヴィス様が、身体を伸ばして入っても、おそらくまだ余るだろうサイズ。バスタブの向こうは、すぐに窓。ざあぁぁぁと、沸き上るように周囲に溢れる湯量に、温泉でも湧いているのか、となんとなく思う。不思議ではないが。
先に湯船に入り、濡れた髪を掻きあげて、俺を待つ様子に、入りにくいような変な気持ちになる。逞しい、とは言わないまでも、インナーマッスルでも発達しているのか、肩から二の腕、胸板は、意外な事にそれなりの筋肉が付いている。水も滴る良い男、とは俺の専売特許ではなかったか?と思いながら、俺は、ええい、ままよと湯船に足を進める。床からコポコポと控えめなジャグジーが心地いい。
少し温い湯は、やさしく身体を包む。肩まで浸かるように、足を伸ばすと、突然、ついと身体をこちらに進めて来たクラヴィス様に、ぐい、と足首を掴まれて、強く引かれる。突然のことに、ごぼぼぼ、と思わず空気を吐き出して、床に手をついて、なんとか水面に上がり、非難の声を上げようとして、目と鼻の先の穏やかな笑顔に声を失う。俺の両頬に、クラヴィス様の俺と同じかそれ以上にデカイ手が添えられてから、右手で濡れた髪を後ろに流される。
この人が、子供なのか、大人なのか、よく分からない。良くわからなくて混乱しているうちに、上唇を優しく食まれる。そのまま、ぬるり、と舌が唇を舐めて、自然と口が開く。クラヴィス様の白い顔が傾けられ、後頭部を引かれて、深く舌が侵入してくる。舌を絡め合いながら、不自然に前のめりになっていた俺を、向き合うような格好で浮力を使い、ひょいと伸ばした両足の上に乗っけられて、脳裏で俺は子供じゃないぞ、と不満に思いつつも、彼の背に手を回す。・・・と、するすると、クラヴィス様の手が俺の背筋を撫でるように、動き回り始める。
咥内をくすぐるように動いていたクラヴィス様の舌が、ゆっくりと出ていって、俺ははぁ、と息を吐く。
「抱き心地の良い身体だな。」
笑みを含むような感想が唇の先で漏れて、俺は、
「鍛えていますから?」
と笑う。クラヴィス様は俺を見つめたまま、手を背後のバスタブの縁に伸ばし、備え付けの液体ソープを取って、俺の髪になすり付ける。
「あの、本当にいいですって。クラヴィス様に髪を洗ってもらう等・・・。」
言いかけるが、クラヴィス様の両手は、構う事等無く、頭皮を擦り始める。
「人にさせるのも、嫌いではないが、自分で身体を洗う事もある。安心しろ。」
えらく満足気な笑顔に近距離で見つめられると、抵抗もしにくく、俺はされるがままになる。細い指先が、マッサージするように頭皮を這い回る感触に、目を瞑る。泡立てられて、髪から耳の後ろにソープが伝っていく。ただ洗ってもらっているだけなのに、ピク、と筋肉が反応する。クス、と忍ぶような笑い声が漏れて、泡に塗れた指先が、耳殻をゆるゆると撫でる。
「あ・・・。」
リラックスしすぎていたのか、漏らすつもりの無かった声が漏れて、慌てて口を閉じる。面白くなくて、俺もクラヴィス様の背後のポンプから、ソープを手に取ってクラヴィス様の頭を洗う。クツクツと喉を鳴らす例の笑い方でクラヴィス様が笑うのを、憮然とした顔で受け流しながら、黙々と向き合って互いの頭を泡塗れにする。クラヴィス様の長い髪を、湯船に浸かったまま洗うのはなかなか難しい。深く抱き合うようにして、背後に流れている長い髪を頭上に掬い上げ、泡と合体させようとしたところで、身体を不意に横倒しにされる。泡を流すという意味かなと思いながら、クラヴィス様のやり方を真似するように、目を瞑ったまま、彼の頭の泡を湯の中で泡を落とすようにかき混ぜていると、程なく、ざばぁ、と腕を取られて引き上げられる。
目を開けると、再び至近距離に紫に揺れる彼の瞳。
「催した。縁に手を掛けて、腰を上げろ。」
・・・有無を言わさぬ命令口調に、反射的に従うべく、彼の背後の縁に両手を付いてから、遅れて『なんつー色気のない誘い文句!』と内心で非難しつつ、
「身体を洗っている途中では・・・。」
と口の中で潰す。キュ、と寄った眉根を見下ろして、『はいはい、仰せの通りに』と腰を上げる。
クラヴィス様が再び背後に手を伸ばして、マッサージオイルだろうか・・・をポンプから手に取って、少々両手で暖めてから、俺の身体の全面に塗りたくる。
「んん・・・。」
ブルリ、と身体が震える。思った以上に恥ずかしい格好をしてないか・・・、と今更思いながらも、付いた腕に力を込めて出来るだけ動かないように耐えていると、キュ、と長い指が俺の左乳首を摘んだ。
「アック・・・。」
ビクン、と今度ははっきりと身体が跳ねる。
「感じやすいな。経験済みか。」
淡白な声に、反射的に瞑っていた瞼を見開いて、
「誰が!」
と思わず叫ぶが、遮るようにもう片方の胸を摘まれる。捏ねるようにして、押し潰される。唇を噛み締めて、感覚を苦そうと、必死に目を瞑って耐える。オイルに濡れた指先が、ヌルヌルと先を弄んで、腹筋へと進む。隆起を辿るような指先と、オイルを揉み込むような動きが、官能をゆっくりと引き出すようで、俺は一度、頭を振る。雫が飛んだか、となんとなく目を開けて、思っていたような苦笑顔ではなく、射抜くように俺の瞳を見つめる深い色の瞳に、
「・・・あ・・・。」
と驚くような、陶然とするような、間抜けな声を上げる。視線に射止められているうちに、指先が臀部へと回り、ぎゅ、と両手で強く嗜めるように揉まれた。もう一度、頭を振って耐える。
オイルを追加されて、前に回った右手でシュ、と自身を擦り上げられると、もう駄目だった。
「は・・、あぁっ!・・・。」
ハッキリと声を上げて、自分の吐息混じりの声に恥じ入る暇もなく、クラヴィス様の左手が、ツン、と後ろを触る。おい・・・。まさか・・・。
「ベッドで、・・・では?」
余韻に震える身体を叱咤しながら、なんとか片眉をと口の端を上げて宣うと、
「そうだったか?『催した』とも言ったはずだが。」
恍けたような台詞を、無表情に俺を見上げたままに返され、今度は前と後ろの入り口を同時に触られる。不安感と官能が同時にやってきて、俺はただ唇を噛み締める。ぐ、と指に力が籠められて、入り口に彼の指先が僅かに潜り込む。『なんで気持ち悪くないんだ?』と言う、疑念から発される、奇妙な好奇心と、前を擦られることで否応なしに高まっている期待感に、俺は抵抗するなら今の内だぞ、と自分に脳内で問う。
「期待には応える。安心しろ。」
まるで胸中を読んだような声が、俺のなけなしの理性を拭い去る。この人の『安心しろ』がどれだけ信用に足るか、俺は知らないというのに。
ほとんど限界まで前を高められながら、ゆるゆると後ろを触る指が中を探る。ぐり、と親指で自身の先を強く擦られて、吐精感に思わず腰が震える・・・が、それ以上の刺激を与えられず、俺は思わず右手をバスの縁から上げて、自身に当てようとしてしまう。パシ、と手を払われ、反射的にほとんど睨むようにして、クラヴィス様を見下ろすと、紫の目が細まって、俺の視線を受け止める。ぐりり、と内壁を擦り上げられ、急な動きに、内部が引き吊れるような僅かな痛みを感じる・・・が、続いて強烈な感覚が身体を通り抜けた。
「・・・ンアアッ!!・・・アゥッ・・・ハッ・・・。」
確かめるように何度も何度もそこばかり擦られると、射精の限界まで高められた、前がそれだけで暴発するのではないか、と言う程の感覚。事実、どろ、どろ、と先走りにしては粘度の高い液体が、控えめに漏れ出る。
「左手をそのまま、縁に掛けていろ。」
混乱する俺の耳に囁くように吹き込みながら、クラヴィス様がざばりと立ち上がる。そそり立つ中心が目の前に現れて、かぁ、と頭が焼かれるような感覚。俺の右足を抱え上げるようにして、クラヴィス様の中心が、入り口に当たる。熱い、と切っ先を感じたのは一瞬。ずるう、と入り口にたっぷり塗り籠められたオイルの助けを借りて、一気に中に押し入られる。反射的に、俺はギュ、とクラヴィス様の俺の右足を支える腕に、空いた右手で掴む。
「ク・・・。きついな。動くぞ。」
眉根を顰め、一瞬静止してから、俺の返事を待たずに、いきなり大きく一度腰がグラインドした。
「アアウッ!!」
縁とクラヴィス様の腕を掴んでいる両手に力を込めなければ、溺れてしまいそうだ。バシャ、と水音をさせる二度目のグラインドは、狂い無く先程のポイントを抉ってきて、身体の底から、得体の知れない感覚が全身を包む。はっきりと感じる吐精感。なのに、全く充たされない。
「嫌だッ!!」
ブンブンと頭を振るうのに、容赦なく、もう一度奥底まで突き込まれる。生理的な涙が、ギュッと強く瞑った目尻に浮かぶ。す、と指先が伸びて来て、俺の目尻を擦って、優しく顔に張り付いた髪をどける。クラヴィス様は、中腰の姿勢から再び湯船の中に深く浸かるように、繋がったまま、腰を下ろす。浮力に助けられながら、俺の腰がクラヴィス様の腰に密着する。向き合ったまま、再び抱き合うような格好になって、クラヴィス様は困った顔で、俺を僅かに見上げる。
「泣くな。」
ぶっきらぼうな台詞に、懇願するようなニュアンスを読み取って、俺は、は、は、と息を整えて、胸が圧迫されるような感覚をやり過ごし、クラヴィス様の髪を、右手で掻きやる。
「容赦なく、気ままで、勝手かと思えば、こうして、優しかったり。貴方は、本当に、よく分からない人ですね。」
慰めるように、俺は首を傾けて、彼の唇にキスを落とす。大きく口が開けられて、ぬるりと熱い舌が俺の唇を舐める。鼻を鳴らしながら、深く、舌を絡めると、ずん、と一度下から突き上げられる。衝撃に、唇が離れて、銀糸が唇を繋ぐ。自分の唇を舐めて、それを途切れさせると、ギュ、とまた彼の眉根が寄った。
「知らぬぞ。」
意味不明な台詞に、え?と聞き返す暇もなく、両足を抱え込まれて、バシャバシャと勢い良く揺さぶられる。彼の背中を掻き抱くようにして、しがみつく。
「アッ・・・ハッ・・・ンっ・・・。」
チカチカと、脳天を直撃するような、鋭い快感。ギュゥと強く腰を引きつけられ、彼の腹筋に俺の中心が強く擦られる。内壁でギュギュギュ、とクラヴィス様の中心をキツく締め上げるような感覚。
「アアッ!!モッ・・・もうッ・・・・!!」
「クッ・・・・。」
白く視界が焼けるような感覚を、クラヴィス様の首筋に額を擦り付けてやり過ごす。ブル、と遅れて、クラヴィス様が中で爆ぜ、身体を包む湯よりも熱いものが、中を充たす。ビク、ビク、ビク・・・・と身体が注ぎ込まれるように反応して跳ねる。
はぁ、はぁ、はぁ・・・と互いに上がった息を、抱き合い、繋がったままに整えていると、
「・・・返事は、どうした。」
と、また優しい指先が、俺の頬を撫でる。熱に浮かされて、ぼぅっとしていた俺は、すぐには意味を取りかねて、怪訝な顔になってしまう。
「返事?」
「そうだ。」
満足気な笑みと共に送られる端的な応答に、ああ、と俺はやっと思い至る。
「随分、返事に自信がおありのようですが。」
と、嫌味に片眉を上げて首を傾げてみせると、
「そうか?」
至近距離に色っぽい笑み。
「判断には、まだ足らないようです。」
と、澄まして、両手で髪を掻きあげつつ、応えると。
「ほぅ?・・・しかし、『聖地の種馬』の名に恥じぬ答えだ。では、絞り尽くしてから返事を待つとしよう。」
呼応するように、嫌味に片眉が跳ね上がる。
色気の片鱗もない誘い文句に、艶っぽい笑み。アンバランス。
「クッ、ハハッ・・・。アンタ、本当によく分からない人だな。」
敬語が崩れ、呆れたような台詞が漏れる。
「フッ・・・。では、理解してもらうとしようか。」
唇が寄せられ、強く引きつけられて、再び舌が絡む。俺は予感に、再び背筋がジン、と痺れる音を聞いた。

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「まさか、この俺が、自宅以外で熟睡・・・だと・・・?」
呻くようにして、俺はシーツの海から気怠い身体を起こす。
「五月蝿いぞ。私はまだ眠い。」
不機嫌な声と共に、グイ、と無遠慮に腕を引かれて、ドサ、と再びスプリングに沈む。
のしかかって来た大きな身体を両手で突っぱねるように持ち上げて、
「それどころじゃありません!今日は朝から俺、ジュリアス様と早駆けの約束があるんですよ!すぐに出ないと間に合わない!!」
見上げて真面目に言う。ギュゥ、と眉間に深い皺が刻まれる。
「・・・・どうしても行くのか。」
不満足、と顔中に書いて、俺を見下ろすクラヴィス様。
「当たり前でしょう!ジュリアス様との約束ですよ?」
当然至極、とばかりに返す俺に、ふてくされるように下唇が突き出る。
「・・・・。」
俺は、プッ、と思わず吹き出して、まだまだ不満そうなその人をベッドに置いて、身支度を急ぐ。彼が家人に頼んで届けさせたのであろう、シャツとスラックスを履き、寝室のドレッサーの前で髪を手櫛で梳かして整えていると、
「忘れ物だ!」
素っ裸のまま、ベッドから起き上がった彼が、サイドテーブルの上に置かれたものを取り上げて言う。
「・・・?」
「昔、私が使っていた乗馬用のゲートル(革製の脹ら脛を覆う装備)だ。やろうと思っていたが、今日、早速乗馬だとはな。」
フン、と他所を向いたまま、鼻を鳴らす青年らしい様子に、俺は苦笑して、
「有り難く。」
歩み寄って、彼の手からそれを受取り、頬に軽く口づける。
「返事は?」
と瞳だけをこちらに寄越し、聞かれたので、
「ええ、また来ます。」
笑って返すと、ふむ、と満足そうな吐息が漏れた。ごそごそとベッドに戻る彼に苦笑して、部屋を出る。

急いでジュリアス様に合流する。なんとか間に合った、と胸を撫で下ろすも、やや乗馬の刺激が腰にキツい。庇うような俺に気づいたのか、
「どうした?」
と聞かれて、返答に窮する。ふと、ジュリアス様の視線が下がって、
「クラヴィスのものだな。」
話題が変わる。俺は話題が逸れたことを喜ぶことも出来ず、
「はい。頂きました。」
と応える。ジュリアス様はいたく満足気な様子で、
「私と奴が不仲だからと言って、お前まで不仲になることはないと、以前から気にしていた。交流があるならなによりだ。」
と、深く頷く。『交流』・・・・『交流』?
俺はやや居たたまれない気持ちに苛まれながら、
「有り難うございます。」
となんとか返した。クラヴィス様が人の悪い笑みを浮かべている気がして、俺は、あの人は、と内心で溜め息を吐く。
それから、ふと追うように、彼が見せた聖地の邪気を思い起こす。今、此処にも、あのような邪気はあって、ジュリアス様や俺は、知らずそれらを祓っているのだろうか。
俺は、ジュリアス様を、ぼう、と見やる。光そのものをヒトの形にしたら、こうなるのではないか、というような、その姿を。
「どうした?」
再び怪訝そうに尋ねられて、
「いえ、なんでもありません。」
俺は頭を振って否定してから、笑んだ。

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「どうしました?」
いつの間に歌い終えたのか、流麗な声音に尋ねられて、ふと我に返る。
「いや。」
と、微かに苦笑すると、いつものように、私の心情を読み取るような笑顔。
「かねてよりの懸念を片付けられた・・・ということでしょうか。」
ふふふ、と声を漏らして青年は笑い、手慰みのようにハープをポロン、と鳴らしてみせた。
「かねてより、と言うと?」
「私が気付いていないとお思いだったのですか?」
おやまあ、と言うように、珍しくあどけない、驚きの表情。
その様に、クッと喉を詰まらせてから、私も僅かに声を上げて笑う。
「彼の何処がお気に召すのか、理解はしかねますが。けれども、クラヴィス様の疲れや孤独を癒すような方が、身近に出来たことは、私にとっても喜ばしいことです。」
手厳しい評に、額に手をやり、頭を緩く振る。
「お前には敵わぬ。」
再び、淡い色合いの存在感の男は、おやまぁと言う顔をしてから、ニコリと例の完璧な笑顔を見せ、
「やり込めてばかり、というのも面白くありませんでしょう。たまには、このようなことがあっても良いのでは。」
と言う。シャラリと傾げた首に合わせて銀青の髪が陽光と戯れる様に少々目を細めて。
私は再び、今度は声を失って笑った。