【妖精王の幻影】




どうしてヒトは、暗闇や影に惹かれるのだろう。
其処にあるモノは、自分に悪影響を齎すと、分かっているのにも関わらず。

・・・時には、心や、命を奪われてしまう程に。

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「オスカー!右だ!!」
「言われんでも分かってる!!」
互いの攻撃が、手に取るように分かり、コイツとは戦いやすい。勿論ヴィクトールとも。
だから、それは「戦闘に慣れている」それだけのことだと思っている。・・・思っているが。
『傭兵』と名乗ったその男は、いつの間にかパーティに馴染みつつあった。それは俺にとっては、ほんのりとした違和感を伴っている。
自分でも分かっている。この違和感に根拠は無い。ただ、何か・・・。この男は信用してはならないのだと本能が告げている。なのに、その懸念をジュリアス様にすら言い出せない、自分が分からない。
旅が続けば続く程、その違和感は大きくなり、まるで無視できずに、四六時中俺を苛む。・・・にも関わらず、俺は問題を放置して、解決しようとしない。全く、らしくない。・・・何故。

・・・何故。

「・・・同室、だな?」
部屋割りで引いたクジをちょっと持ち上げてみせ、男は僅かに首を傾げた。俺はエメラルド色の瞳を睨め付けながら、
「みたいだな。」
とクジを握りつぶして、淡白に応じた。深く考えたくない。何も。
「どうした?」
俺の苛立った態度にか、様子を見ていたらしいジュリアス様が怪訝な顔をして声を掛ける。俺は、不本意に心配をお掛けしていることを恥じて、
「いえ、特に何も。」
と、微笑んで返す。嘘だ。・・・明らかな。何か、僅かでも根拠さえあれば、この懸念をジュリアス様に報告できるのにな、と思ってから、普段は根拠等なくても直ちに打ち明けている自分を思い出して、顔を顰める。
言い訳だ。・・・誰に対する?思い至って、ますます渋い顔つきになってしまう。
「本当か?」
ジュリアス様の声に、『ああ、どうしてこう・・・この方は分かってしまうのか。』と内心で舌を巻く。曖昧に笑んだまま、答えを逡巡していると、アリオスが俺の肩を抱き、体重をかけるようにして、ジュリアス様を見やる。
「なぁに。ちょっとした体調不良さ。寝りゃ治る。・・・だろ?」
俺は、その馴れ馴れしい態度に、アリオスの手を肩から払い落として、
「ああ。」
と再び淡白に応じた。つまらない葛藤が、ストレスになっている。それも感じていた。だからアリオスの言い分も、あながち間違いではない。寝れば治るかどうかはともかく。
まだ訝しんでいるようなジュリアス様に、俺は「大丈夫です。」と笑んで返し、割り当てられた部屋に移動する。熱いシャワーを浴びて、頭をスッキリさせたかった。

「先にシャワー使うぞ。」
後ろを付いて来た男を振り返らずに言うと、
「どーぞ。炎の守護聖サマ。」
イヤミな返事が返る。応じるのも面倒で、俺はそれを無視してシャワールームを使う。普段より温度を上げて、頭からそれを被る。
何をこんなに苛立っているのか。
問題は簡単だ。ただ、この男は信用ならない、それを表明すれば良い。表明しないから苛立っている。表明しないのが何故か分からないから、苛立っている。そう、勿論・・・自分に。
身体を洗い終わって、バスタオルを腰に巻き付け、フェイスタオルで頭を拭きながら部屋に戻ると、アリオスはベッドカバーもそのままに、靴のまま俯せに寝転がって寛いでいた。
「終わったぞ。」
声を掛けると、
「ああ。」
と応じながら、アリオスはごろりと仰向けになり、ベッドに肘をついて、俺を見上げる。窮屈な部屋に押し込められた二つのベッド。この男と同室は初めてだが、ヴィクトールと同室の時よりも、圧迫感を感じた。
「まるで警戒する猫みてーな顔だな。」
クッ、と喉を詰まらせて、男は嗤う。エメラルドが細まって、お前の方が余程猫のようだ、と言いたくなるような顔だ。
「・・・馬鹿な事言ってないで、早く浴びろよ。」
俺は、タオルを被って、半分顔を隠すようにして、親指でくい、と背後のシャワールームを示す。
「ああ。」
よっと、と男は足を振り上げて、反動を使って身体を起こすと、俺とすれ違い様に、グッと肩を掴む。強く掴まれて、俺は至近距離で男を睨み上げる。
「痛いんだが。」
「俺が気に喰わないか?」
どこか笑いを含んだような、揶揄するような言い方に、俺はますます苛立って、
「クジ運の悪さを呪ってるところだ。黙って行け。」
一層声を低め、唸るように言ってから、再び顎先でシャワールームを示す。
ふ、はは・・・と、男は吹き出すように嗤ってから、
「そうするぜ。氷みてーな目で睨まれると、一層凍えちまいそうだからな。」
ポン、と俺の肩を気安く叩き、シャワールームに消えた。
パタン、と音がしてから、俺は身体の緊張を解いて、頭をガシガシと苛立ちをぶつけるように乱暴に拭く。小さな格子窓の向こうでは、細雪がちらついている。
雪・・・。
この街には何度も足を運んでいるというのに、突然、初めてこの街で雪をみたようなジャメヴ。続けて、ほのかな郷愁に苛まれる。
雪の平原。白い吐息。家で待つ、大嫌いで暖かな、緑色した豆のスープ。
不意に、昔、祖父に聞かされた、歌曲が耳に蘇る。夜の霧や樹々のざわめきを、魔王が襲ってくると怯える子供と、その怯えを解さない父親。子供の悲痛な叫びを真似する祖父の声。

―――父さん、父さん!どうして分からないの!魔王が囁いてる!聞こえないの!!

カチャ、と扉の開く音に、俺はビク、と反応して、身体ごと背後を振り返る。
漆黒のマントを纏い、黄金に輝く瞳をした恐ろしい魔王。
俺は声を失った。

「・・・どうした?バケモンでも見たみたいな顔して。」
戯けたような声音に、俺はハッと我に返る。どうかしてる。知らず口元に手をやる。バスローブを羽織った、ただの銀髪の男がそこに居た。金の目?どちらかと言えば、優しげといって差し支えない碧(みどり)の目。
俺は、ほぅ、と安堵の息を吐いて、思わず笑ってしまった。
「フッ・・・。いや、なんでもない。」
「フン、変な男だぜ。でも、やっと笑ったな。」
男は肩を竦めてから、俺を指差し、片方の手を腰に当てて少し前のめりになって言った。気安い、青年の顔。そこに悪意は欠片も感じられない。

―――息子よ、アレは風の音。ただの霧・・・。

子供の悲痛な声に答える父親の台詞を思い出し、俺はやれやれと首を振る。
「しかし、ナルシストとは聞いてるが、いつまで素っ裸でいるつもりだ?」
下唇を突き出してから、呆れたように続けられる言葉に、「ナルシスト?それは極楽鳥の専売特許だ。」と、応じながら、バスローブを取りに脱衣所に戻る。バスローブの紐を締めながら、部屋に戻ると、男は今度はベッドカバーを外して、その上に裸足で寝ころんでいた。俺も隣のベッドに身体を投げる。
この違和感も、もしかしたら、風の音、タダの霧かもしれない訳だ、と思うと、急に心が解れるようだった。第一、苛立ったところで、対処しないことには始まらない。
装備を手入れしなければ、と思ったが、身体がこれまでの緊張のせいか、ベッドに沈み込むようだった。片腕を目の上に乗せ、光を遮ると、既に眠気が襲ってくる。
「おい。手入れしねーのかよ。軍人サン。」
ギシ、とベッドの軋む安っぽい音。
「するさ。」
俺はそのままの姿勢で応じる。
「あっそ。」
答えながら、アリオスがベッドを離れる音を聞く。続いて、ガチャガチャと装備を点検し始める音を聞きながら、眠気を振り払うようにして、俺も身体を起こす。
ベッドに背を向けるようにして、備え付けのローテーブルに装備を広げ、木の椅子に腰掛けてアリオスが装備の手入れをしていた。
敵ならば、背を向けるはずがない。俺はそれをじっと眺める。このまま、後ろからさっと羽交い締めにして、喉をテーブルの上に置かれたナイフで掻き切る。簡単だ。
「笑ってやっと肩の力を抜いてくれたと思ったら、背後から殺気を浴びせかけてくるとは、なかなか忙しいンだな、アンタ。」
クック、と笑う声に、俺は顔を顰める。
「お前は信用ならん。」
俺は素直に言って、まだ湿っている髪を掻きあげた。
「・・・だろうな。」
男は事も無げに、手を休めずに笑う。俺は室内履きに足を突っ込んで、自分の装備を男と同じくテーブルに少し広げる。
互いに黙々と暫く装備を磨いたり、点検したりしていると、徐にアリオスが口を開いた。
「俺が、アンタの立場でも、そう思うからな。」
知らず手を止めて、男の横顔を見やる。仕方なさそうに、視線を手元に落として、装備を磨く男は、どこか遣る瀬ないような雰囲気。
「お前の主張が真実だとして、俺がお前の立場だったら、弁解のしようがなくて途方に暮れるだろうな。」
俺は再び作業に戻りながら応じた。驚いたように、今度は男が手を止めて、俺をマジマジと見やる。
「何?同情してくれてンのか?雪でも降るんじゃねーか?・・・って降ってるか。」
と笑い、視界の隅で肩を竦める。
「俺は、アンタとは闘いやすい。それは確かだ。」
続いた言葉に、
「残念ながら、それは俺もだ。」
と答えると、クック、と再び忍ぶような笑い声。
「仲間でなくとも、共闘はできる。そうだろ?」
俺は言ってやり、装備を仕上げながら、一つずつ、仕舞い始める。返らない答えに、視線をあげると、男は、同じように、一つずつ仕舞いながら、フ、と儚げな笑みを浮かべていた。暫く黙ってから、
「ああ。そうだな。」
と応ずる。俺はその様子に、謂れの無い、胸の痛みを覚える。顔を顰めでもしていたのか、
「アンタがそんな顔するなよ。当然の事だ。『面白そうだから』ってのは本当だが、それ以上の理由はない。怪しいに決まってる、だろ?」
いつもの戯けたような調子に戻りながら、男はニヤリと笑った。
けれども、エメラルド色の瞳に、影が落ちている。それは、酷く手痛い経験を数多く味わって、それでもなお、まだその続きを味わっている者のように見えた。
俺は、何かを言い返そうとして、結局、口を閉じる。代わりに、全ての装備を部屋の隅に並べ終えてから、
「もう寝るぜ。」
とだけ言い、ベッドに潜った。遅れてベッドに移動するアリオスの足音。電気を消す音。ガタガタと風に格子窓が鳴る音を聞きながら、俺は眠りに落ちた。

雪の中、男が足元に視線をやっている。
それは酷く儚げで、もうその白い世界に飲み込まれる寸前といった色合い。事実、奴の銀髪は、周囲の白に溶けかかっているように見えた。
「おい!風邪を引くぞ!何やってる!!」
苛立ったように、少し離れた場所から叫ぶ俺。けれど、一面の銀世界に、声がまるで吸い込まれてしまうかのように、響かない。
ビョウ、と粉雪混じりの強く冷たい風が俺を襲う。向こうに佇む男は、彫像のように動かない。
風の音に交じって、誰かの囁き声。
『・・・・後、少しだ・・・。心配・・・い。我・・・』
誰かを呪うような低い囁きは、吹雪の音に交じっている。
まるで・・・まるで、怪しい・・・魔王の・・・。
思いついて、ゾク、と背筋を悪寒が走る。彫像のように動かない男に、
「おい!!アリオス!!」
悪寒を振り払うように喉に力を込めて今一度叫ぶ。
吹雪に遮られて、聞こえないはずの声は、
「ハッ。」
と不意に耳元で、いつもの俺を舐めきった声音で笑う。くたり、と足元をみやっていた頭が、仰け反るように持ち上がった。
「アリオス・・・だと?誰だ、ソレは・・・。」
慣れた声が、聞き覚えのない怪しい調子で言う。バサリ、と男の背に突然現れた、黒く大きな羽根が広がる。ビョウ、と強風と共に、一瞬目を瞑ると、いつの間にか、王冠と漆黒の衣装に身を包んだ、良く見知った男が、一気に間合いを詰め、まるで俺を呑み込むかのように、黒い翼を広げて、俺をふわりと抱いた。身体が、金縛りにあったように、ピクリとも動かない。
「私は魔王・・・。遊んでやろうか?炎の守護聖・・・。」
怪しく笑う黄金の片目を、ただ見上げる。揶揄するような笑い顔、けれど、その瞳には・・・あの、影が落ちている。
「哀れ、な・・・名も亡き、王・・・」
俺は、痺れてしまったような唇を、必死に動かして問う。魔王は、虚を突かれたように、表情を失って、それから、苦虫を噛み潰したように、顔を顰める。
王冠を頭に戴く、黄金色の目をした魔王のような男は、まるで思春期の少年のような頑な顔で、
「我に、同情するなッ!」
と声を荒げる。

―――父さん、父さん!どうして分からないの!魔王が囁いてる!聞こえないの!!

それは、誰の呼び声だ。子供を怯えさせ、けれど惹き付けて止まない・・・
・・・孤独の王・・・

「・・・い!・・・おい!オスカー!!」
ハッ、と突然意識が引き戻されて、俺は覚醒する。暗闇。至近距離に男の気配。目が暗闇になれて、男のシルエットが僅かな雪明かりに浮かび上がる。
はっ、はっ、はっ・・・と乱れている自分の息に、強ばった身体をギシギシと動かして、右腕を布団から出し、自分の髪を潰す。汗ばんでいる。
ベッドサイドから俺を覗き込むようにする男の胸に手を伸ばし、ぐ、と押しやるようにして、身体を起こす。
「・・・おい。大丈夫なのか?」
心配気に手を伸ばされて、それがぎこちない動きで髪を触る。驚いたように手を引いて、
「すげー汗だな。ちょっと待ってろ。」
甲斐甲斐しくタオルを持ってこられて、俺の顔に当てられる。黙って、顔を上げ、目を瞑ってなすがままになって、一つ気づく。
「お前、随分、夜目が効くんだな。」
暗闇の中で迷い無く動き回った様子に、ふと湧いたただの素朴な疑問。だが、ぎく、と汗を拭く手が止まって、また苦い違和感を覚える。
「・・・あ、ああ。なんでだろうな。俺にも分からねーが。」
戸惑うような声。いつものように、隙なく答えてみせろよ、と俺はややネジ曲がった感想を過らせる。
ク、ククク、と自分の暗く喉がなった。ガッ、と無作法に胸ぐらを掴んで男を引き寄せ、
「なぁ。お前、はっきりしろよ?何者なんだ?」
顔を傾げて問う。どこか嗜虐的な気分が、俺を支配していた。八つ当たりだ。脳裏では分かっている。なのに、俺は重ねて問うた。
「気のいい風来坊?通りすがりの傭兵だって?出来過ぎてるとは思わないのか?陳腐なストーリーだな。優しいお嬢ちゃんは騙せても、俺は騙せんぞ。さあ、どうする?」
男はタオルを取り落とし、ゴク、と喉を鳴らす。ふ、ふふ、と俺は忌々しいストレスの元凶を、追い詰めていることに、はっきりと不謹慎な悦びを覚える。
「喧嘩を、売ってンのか?」
「さぁな。」
俺はクスクスと忍び笑う。
「それとも、誘ってンのか?」
明後日の質問に、ああ?と眉を上げて、男の胸ぐらを突き飛ばしてやろうとして・・・逆に、男の胸ぐらを掴んでいた腕を捻り上げられ、どさ、と男に上からベッドに押さえ込まれてしまう。空いた左手でパンチを繰り出そうとして、それも奴の右手に捕まった。力の均衡に、ブルブルと腕が震える。体勢が不利だ。俺は本能的に、焦りを募らす。
「随分と艶っぽい顔で笑うんだな。意外だぜ。」
ギシ、とベッドに乗り上げながら、舌なめずりの音。
「ふざけるなッッ!」
ゾッと鳥肌が立ち、反射的に低い声で唸る。
「ふざけてンのはどっちだろーな?誘ったのは、アンタだぜ。」
苛立っているような声に、こちらも噛み付くように返す・・・が。
「訳の分からん・・・ッッ。」
遮るように、べろりと唇を舐め上げられて、絶句する。
「なンだよ?お誘いに乗って、愉しもうって言ってんだぜ?レクリエーションだ。」
その言葉に、本能的な焦りとは違う、焦燥感が俺を襲う。まさか。・・・まさか、だ。
「おい。まさか本気じゃないだろうな。」
グッ、と腕になおさら力を込めるが、手首の上から体重を掛けるようにベッドに押し付けられた両腕は、びくりとも動かない。
「止めろ。今すぐに。」
しっかりと殺気を込めて、のしかかる男を睨み上げる。
「その目。やっぱりアンタ、誘ってるだろ。」
ブル、と態とらしく身震いして、男は腕を押さえつけていた力を僅かに緩める。その隙に素早く起き上がって、殴ってやろうとして、代わりに鳩尾を深く右の拳で抉られる。
「グッ・・・ゥ・・・。」
マトモに喰らって、身体が折れ曲がる。上から、がら空きになった首を狙った手刀が、ドス、と容赦なく下ろされて、俺はブラックアウトした。
・・・油断、してるんじゃ、ねぇよ・・・。
今更な自責の独り言が、気を失い間際に内心で漏れた。

シュボ、とライターの音で、目が覚める。遅れて、嗅ぎ慣れぬ少し甘い香りを伴うタバコの匂い。
「目が覚めたみたいだな。炎の守護聖サマ。」
ふぅ、と煙を吐き出す音。
いつの間にか、部屋の明かりが付けられている。俺は上半身を起こして、バスローブのまま、上で腕を一纏めに固定されていた。縄に締め付けられているような感覚もないのに、腕は手首で固定されて、ピクリとも動かない。訝しんで自分の腕を見上げるが、縛られている様子も、壁にロープを固定するような場所も見当たらない。
「ああ、それ。」
鼻頭に皺を寄せ、男は壁を背に木の椅子に座って、やはりバスローブ姿で、足を組んだまま、こちらをタバコで指し示して笑った。
「魔導っつーんだ。」
「マドウ・・・魔導?」
「説明するギリはないと思うがな。」
再び紫煙を深く吸い込み、吐き出し。瞳を伏せて笑う男は、良く知っているような、初めて会う印象のような。ただ、俺は無意識に周囲に気を張り巡らせて、出入り口の位置を確認したりしていた。
「脱出の算段か?クッ・・・流石、前向きだな。残念ながら、絶望的だぜ。」
瞳の僅かな動きを読んだのか、雑な所作でテーブルの上の灰皿に吸い差しのタバコを押し当てて、火を消す男。立ち上がって、ポケットからタバコのソフトケースを取り出すと、器用に片手でシュ、と一本飛び出させ、口元にケースを持ち上げて、唇でそれを取り上げる。ケースをポケットに戻し、今度はライターを取り出して、シュボ、と新しい一本に首を傾げて火を付け、ライターをポケットに戻す。
一つ一つの仕草は、無意識か意識的かは分からないが、いちいち「見られている」ことを前提とした所作で。
ジ、と炎を灯らせたままのタバコを咥えたまま、男は、ギシ、とベッドを軋ませて、膝で乗り上がってくる。
俺は警戒するように、その様を睨み続けた。獣のように、ベッドの上を四つ這いににじり寄る男を、眼光で殺すつもりで見下ろしていると、男は俺の殺気を意に介した様子もなくやりすごし、顔を近付け、壁に左手を付く。何故か、身体が動かない・・・まるで、夢の中で金縛りにあった時のように。タバコの火を警戒しながらも、俺は先程まで男の瞳のあった、前方を睨みつけていた。
男は、右手で口元のタバコを取り上げ、
「アンタも吸う?」
等と宣う。甘ったるい香り。不意に自由になった首を横に振って、眉を顰め、顔を逸らす。足を振り上げれば、この上にのしかかっている煩わしい存在を、ベッドから蹴り落としてやれるのに。そう思って、力を籠めるが、どうにもならない。
クッ、と喉を詰まらせるような笑い声の後、ジュゥ、と俺のむき出しにされた鎖骨にソレが押し付けられる。火傷の衝撃に顎が上がりそうになるのを、必死で耐え、グリ、と念押しのように俺の皮膚にソレが擦り付けられる。皮膚の焦げる匂いが、甘ったるいタバコの香りに混ざる。
「・・・・ッッ!」
「声を上げねーんだな。流石。」
クック、と男は、さも愉快そうに笑いながら、火の消えたタバコを、俺の鎖骨から引き上げ、床に投げ捨てる。
「そう、睨むなよ。」
俺の瞳を見つめて言ってから、男は俺の顎を掴み上げ、傷口に舌を這わせる。
『イテェ・・・アツイ・・・』
必死に痛みを散らそうとして、俺は目を瞑る・・・が、ジリジリとした痛み、肌の上を蠢く舌の動きと熱に、どうしても意識がいってしまう。
男は、押し付けられた灰を舐めとってから、ペッ、とシーツに吐き捨てた。傷口が空気に晒されて、ジクジクと、舌が当たっていた時よりもはっきりと痛み出す。
「マッジ・・・。」
当たり前の事を宣いながら、男は俺の正面に顔を戻して、
「口を開けろ。」
顎に力を込めて命じる。従う義理など、全くないはずなのに、ブルブルと震えながら、俺の口が縦に勝手に開く。
『魔導だと・・・?コイツはやっぱり敵方だ。それも、かなりヤバいクラスの。』
脳裏の分析に構わず、男の舌が俺の咥内に押し入ってくる。どうせなら、感覚も遮断してくれればいいものを、痺れたように動かない舌に、苦い味が何度もなすりつけられる。
「フン。つまんねーな。」
男は一通り咥内を蹂躙してから、俺の顎を投げ捨てるように、乱暴に突き放し、口元を袖口で拭う。同時に、俺の顔に自由が戻った。俺は、苦い唾液をベッ、と男の顔に向けて吐き出し、至近距離の男の瞳を睨みつけたまま、低い声で唸る。
「つまらないに決まってるだろうが!拘束を解け!」
なのに。
「そうそう、そうでなくちゃな?」
男は、ニヤリと口角を上げ、頬に命中した俺の唾を拭う。
「ああ、良い事を思いついた。俺はこれからアンタに結構『酷い事』をする。が、アンタはさっきみたいに、声を必死で押し殺す。じゃねーと、隣で眠ってる『おめでたい連中』が目を覚ましちまうだろ?・・・隣は誰だったか。ああ、そうそう。こっちは、アンジェリークだったな?アイツが目を覚まして、何事か、とその扉を開ける。そんときに、アンタの無様に犯されてる姿を見たら、刺激がちょいと強過ぎる。そう、発狂しちまうかもしれないだろ?まあ、まず間違いなく、トラウマだ。アンタはフェミニストだから、そんな事にはしたくないよな?」
揶揄うような台詞は、無表情に、淡々と、流れるように薄い唇から紡ぎ出される。
「何、を・・・言ってる・・・。」
俺は、その場面をありありと想像して、男の瞳を愕然と見返す。
「言った通りだ。これから、俺はアンタの身体を、今みたいに、ある程度、拘束する。だが、アンタは声を発しようと思えば、いつでも発する事が出来るってことだ。」
フ、と無表情に、微笑が混ざった。
「泣き叫んで、宿中に助けを求めたって俺は構わない。面白いじゃねーか。いつもお気楽に、俺みたいに『怪しい奴』を、まるで『仲間』と信じ切ってる娘だ。ナイトみたいに守ってくれてるアンタに、俺がこれ以上ないくらい酷い仕打ちをしたとなったら・・・アイツはどんな顔して泣くんだろうな?フッ・・・ハハッ・・・・。」
昏い笑いは、けれど陰った瞳で、まるで愉快そうには見えない。だが。俺がソレを避けたい、と思うのは、確かだ。チリ、と焦燥感に脳裏が焦げる。俺は方針を変えて、
「ハッ。お前、本当に男を犯せるのか?それも俺を?」
焦燥感を押さえ込んで、嘲笑してやる。そうだ、ブラフだ。できるものか。ようは、その気にならないように、仕向ければいい。
男は、俺を見返しながら、もう一度挑戦的に口の端を上げてみせた。
「オーケー。アンタの言う通り、やってみなきゃ、わからねーな。それじゃ、試してみるとしようか。」
パチン、と男は指を打った。
「グッ・・・・ゥッッ・・・。」
と、同時に、上半身に無数の痛みが走る。カマイタチに斬りつけられたように、体中に切り傷が走り、それぞれ僅かに出血する。ばらり、と身につけていたバスローブが千切れて、ベッドに落ちる。
「好き勝手に痛めつけてくれるぜ。」
ハッ、と息を吐いて痛みを散らし、毒づく。傷は浅く、痛みもそれほどではない。ただ、ツゥ、と皮膚を這う血の感覚が、鬱陶しかった。
「目的は何だ。」
努めて事務的に、問う。奴の言う『艶っぽさ』が何を意味するか分からないが、それから遠ざかりたい。男は碧を眇め、ジッと俺の身体を舐め回すように眺める。不愉快極まりない。
「さぁ。なんだろうな。」
言いながら、男は、俺の身体に手を伸ばし、胸筋の辺りの十字の切り傷の上を、親指でグッ、と押し込み、爪を立てて傷口を抉じるようにしてから、血に濡れた指を滑らせる。
「ッッ!!・・・・ゥッ・・・。」
ビク、ビク、と痛みに身体が僅かに痙攣する。目を瞑って、奥歯を噛み締め、別の事を考えろ、別の事を考えろ、と思うが、尖るような痛みに、ままならない。
「痛みに耐えるアンタって、ソソるぜ?」
不穏な声に、再び目を薄く開けて、ギラリと欲に光る碧と、俺の血に濡れた親指を見せつけるように舐める舌の動きを捉えてしまい、目を開けたことを後悔して、瞳を伏せる。
「ハッ、悪趣味が。」
「かもな。」
事も無げに返されて、腹が立つ。
「悪趣味ついでに、こういうのはどうだ。」
俺の目の高さに持ち上げられる、奴の左手。それは、ゆっくりと、思わせぶりに天井に向けられて、掌の上の空気が、ゆら、と陽炎のように歪む。
「失敗作の魔導生物。大概、宿主の精神を必要以上に破壊しちまう。でも、アンタなら・・・『強い』から大丈夫かもな?」
揶揄うような、嘲るような口調で、不穏なことを宣って、掌が下へと向けられる。ボタ、ボタ、ボタ、と、粘着質の黒い物体が俺の腹の上に落下し、重力に逆らうように、ペトリと肌に吸い付いて止まる。
ヒルを拳大まで巨大化させたような形のそれは、照明に光っていて、少し濡れている。その物体から目を離せずにいると、不意に、それぞれ三つの細長い突起物がニュゥ、と伸びて、ツンツンと俺の皮膚を突き出し、動き始める。
「イッ・・・・。」
気味の悪さに思わず小さく声を上げる。
「知性が低すぎて、使えねーんだ。・・・と、そのままの格好じゃ、コイツらもやりにくいか。」
男は、まるで他人事のように淡白に言い退け、右手の人差し指を立てて、くるりと小さく回す。ガク、とそれまで頭の上で拘束されていた腕が、重力に従って落ち、グルリ、と俺の身体が勝手に反転する。肘から先がベッドに吸い付くように固定され、枕に顔を押し付けられて、腰を高く持ち上げられる。膝が肩幅大に開かれ、肘から上と同じく、足首までが、ベッドにぎっちりと固定されて、身体を力一杯捻っても、腰や胸板が少しばかり動くばかり。
あまりに屈辱的な格好に、
「アリオス!貴様ッッ!!」
横向きに枕に押しつけられた顔のまま、横からその様を余裕ぶって眺めている男を睨みつける。
「そんな格好で睨まれてもなぁ。・・・ああ、お前はコッチ、お前らはコッチ・・・と。」
ひょいひょい、と人差し指を続け様に小さく振られると、腹の辺りに吸い付いていた気味の悪い生物が、俺の前に二匹、俺の尻の上に一匹、浮き上がって再び、肌に吸着する。
「お・・・い・・・。」
急激に具体的になった脅威に、口の中が緊張して渇き出す。
「んん?ご名答ってやつか?俺は暫く、ここで眺めとくことにするわ。」
男はニヤニヤしながら、まるで添い寝でもするかのように、肘を隣の枕について、俺の高く上げられた下半身を見やる。周囲は血に濡れて縒れたシーツ、同じく少々血に汚れ、無惨に引き裂かれたバスローブが散らかったまま。身を隠す布は何もない。
「ほら。お前ら。大好物が欲しけりゃ、頑張ってその気になってもらいな。」
知性が低いというその生物に、アリオスの掛け声が意味があるのかどうかは俺には全く分からない。けれど、まるでその声に呼応するように、再び、ツンツンと、触覚のようなそれが再び俺の皮膚を突き始めた。
前の二つのうち、片方が二つの袋を包み込むように広がって、ベチャリと粘着質の音をさせて吸い付き、片方が、筒状に広がって中心を包み込む。ヌメヌメと這いずるようにして、まるで居心地のよい場所を探すような動きをした後、突然、二匹は連動するように、下から上へと無理矢理に精液を絞り出すような動き方をし始める。
萎えているソコを、急速に絶頂へと追い上げようとするような物理的に過ぎる動きに、俺は奥歯をグッと噛み締めて、耐えようと試みる。
その間に、後ろに取りついた一匹が、割れ目を探るように、触覚で突き回し、ついにソコを見つけて、触覚を潜り込ませようとしてくる。力を込めて侵入を阻止しようとするのに、抉じ開けるように、二つの触覚が思いがけない強さでソコを引き延ばし、一本が、ついにその先端を滑り込ませてくる。内側を這いずる、感じた事の無い不快感。
「ア・・・ク・・・・。」
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、・・・・・嫌悪感に青ざめたくなるのを、この屈辱的な状況への怒りに変えて、頭に血を上らせる。
「キ、サマ・・・・。ブッ殺してや、・・・・あぁっ・・・クッっ!!」
おそらく血走っている目であろう、目で、睨みを効かせようとして、無理矢理に快楽を引き出されるような前の動きに、思わずギュッと目を瞑ってやり過ごすことに専念する。意志に反して、既に下腹からじんわりと突き上げるような熱さが追いかけてくる。だらし無く漏れ始める先走りを、触覚のようなもので舐めとられるように擦られると、腰が踊るのを止められない。
目を瞑っているのに、羞恥心に紅く染まる瞼の向こうから、痛い程の視線を感じる。
不意に、後ろに熱くどろりとした何かが流し込まれる感覚。続いて、内部が焼けるような熱さを覚える。
「ナッ・・・・ニッ・・・?!」
感じたことのない感覚に、思わず声を上げると、
「よしよし。怖がんなよ。」
と、まるで幼子を慰めるような仕草で、奴の左手が俺の耳元の髪を撫でる。別段エロチックな動きではないが、過敏になっているのか、ゾワゾワと耳から背筋に怪しい感覚が這って、まるでそれが下半身に到達するかのような錯覚を覚える。
「や、メロっっ!!さわ、、、ンなっっ!!」
「力を抜けって。さっき、触覚の先から出て来た液は、接合用の液体だ。相当気に入られたみたいだなぁ?まるで後ろからオモラシしてるみてーに、ダラダラ溢れてるぜ。」
「ナッ・・・フッ・・・・!?!?」
屈辱の極みに、目の前がチカチカするような感覚まで覚えて、声を失うが、直後、内部に強烈な痒みを覚えて、思わず腰に力が入る。締めた所で、細い触覚の感覚がリアルに伝わるばかりで、痒みは一向に収まる気配等ない。その間も、前への刺激が止まらず、腰をシーツに擦り付けたくて捩るが、肘と膝の固定が強固でどうにもならない。
「アッ・・・アァ・・・カ、ユイッッ・・・・。」
唯一自由になる手首の先で、枕を力一杯握りしめる。
「そうそう、痒いらしいな。中を擦って欲しくて仕方ないか?安心しろよ。もうすぐだ。」
中を擦る・・・まるで魅惑的な響きに、それを想像するだけで一瞬気分が恍惚とする。馬鹿な。だが、一瞬でも想像してしまったその感覚に、ほとんど縋るような気分になってくる。早く、早く、早く・・・。
カリッ・・・
「ああああッ!!!」
中を触覚が小さく引っ掻くような動きに、思わず悲鳴のような声が上がる。
「・・・と、声がもう耐えられねーか?それじゃ、もう一匹。」
ひょい、と例の人差し指が俺の口を指差し、大きく開いていた口に、例の黒い生物が新しく押し込まれる。
「ングッ・・・・ンンンッッ!!」
息、が・・・クルシッッ・・・・!!!舌で入って来た物体を押し戻そうとするが、うまくいかない。苛立って、ガチッ、とそれに噛み付いて、噛み切るように犬歯をめり込ます。ドロォ・・・・と、苦みと甘みが入り交じった、その生物の体液が流れ出て来て、咥内に充ちる。呑み込みたくなくて、必死に顔を振っているのに、まっぷたつに千切れたはずのその生物は、一向に口から出ようとしない。結局、耐えきれずに、押し寄せてくる液体を飲み下してしまう。
「あーあ。もしかして、噛み付いちまったのか?後ろから注がれる分だけでも大変だろうに、口からも飲むとは・・・よくやるぜ。」
アリオスの言っている意味が理解できない。ただ、ジワ、と視界が突然ぼやけ始める。アリオスの手が伸びて、俺の目尻を擦る。その仕草で、自分が泣いているのだと気づいた。
「ハッ、すっげー顔・・・。」
グイ、と続いて口元を拭われる。
細い触覚が、カリ、カリ、カリ、と頼りなく内壁を擦っている。その度、ビクン、ビクン、と腰が踊る程の快楽を覚えるが、痒みは収まらない。もっと、もっと、もっと・・・。もっと強く、もっと沢山・・・。
やがて、細い触覚が引き上げてしまい、代わりに、何か太くて固い物体が、入り口から押し入ってくる。そこを見ようと顎を必死で引くが、自分の前を変わらず擦っている二匹が視界に入るばかりで、後ろは何も見えない。
俺の様子に気づいたのか、
「んー?触覚だけじゃ誰かさんが満足できないから、身体ごと入ってくれるってよ。・・・割けないように、ちょっとずつ、な。」
サワサワと再び耳元の髪を触りながら、まるで愛しげに細められる碧に、一瞬、何かを勘違いしそうになる。
この状況から、この目の前の男が、救ってくれるのではないかと・・・。
瞼を固く瞑ってその視線を視界から追い出し、違う、この男が、こんな状況に、俺を陥れているんだ、しっかりしろ、と脳内で自分を叱咤する。
ずる、ずる、ずる、と、後ろに太くぬめった物体が押し入って来て、内壁を圧迫する。それが内壁を押し上げる瞬間が、一瞬の幸福で、さっきの触覚の動きとは違い、擦ってはくれない。腰に力を入れて、締め付けるようにするが、ジュ、ジュ、とソイツから液体が僅かばかり吐き出されるだけで、動きが変わらず、知らず苛立ってくる。口の中の物体を噛み締めると、再び、ドロリ、と甘く苦い液体が口の中に満ちて、少しばかり気分がフワリと浮かび、苛立ちを束の間、取り去ってくれる。知らず、何度も、何度も、ソイツを噛み締めて、飲み下し、やがて、何も出てこなくなると、舌でソイツから体液を舐めとる。
「すげぇ・・・。」
訳の分からぬ感嘆の声を上げながら、つつつ、と俺の肩から腰へと、アリオスが指先を滑らせる。
「アンタ、自分が何やってるか、分かってンの?」
何を問われているのか、意味が取れない。
そんな事より、早く、内側の、痒み、・・・を!!!
「ああ、全部入ったみたいだな。」
アリオスの声と同時に、内部で突然、鋭い痛みが走って、それまで俺のほとんど総てを支配していた痒みが吹っ飛ぶ。口を塞がれていなかったら、ギャァ、と悲鳴を上げていたかもしれない。
「既にアンタ、相当気持ちよさそうだからなぁ。気が狂わねーといいけど。」
それまでの中にズリズリと押し入ってきていた、巨大な物体が、ジュッ、と尖るような快楽を寄越して、入り口付近まで、素早く戻った。それで、理解する。さっきの鋭い痛みが、無数の突起物がその巨大な物体に生えた為のものだったということを。
「ンンンンンンンンーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
感じた事の無い快楽の余韻に、身体の感覚が追いつかない。身体が隅々まで、痺れてしまったみたいに痙攣しているのに、再び、抜けた時の勢いで、再奥まで、その拳大の物体が押し入って来る。
「フグッッッ!!!」
同時に、達した訳でもないのに、押し出されるように、ビュゥ、と前から精液が散った。前側の二匹の触覚が、先端のそれに群がって、ジュージューと吸い上げるような奇妙な音を上げ始める。
ジュ、と再び、勢い良く入り口に戻る、後ろのソレ。一瞬の間の後、また再奥まで突っ込まれる。脳が焼けるような、痛みとも快楽とも付かない、猛烈な感覚。
やがて、前の二匹も、精液とソイツらの体液の交じった粘着質の音をさせながら、後ろの動きと連動して、俺を追い上げ始める。
ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ・・・。
もう、なされるがまま、ただ、身体が震え、前から堪えようのない精液が、ビュ、ビュ、とその度に押し出される。
ああ、ヤバい、ヤバい、ヤバ・・・・。
意識が吹っ飛びかかる直前で、突然、3匹が一斉に動きを止める。
ドクン・・・・。
まるで鼓動のように、俺の内部に深く潜り込んだ、中の一匹が脈動して、これ以上ないくらい広げられた入り口側が、更に膨れ上がる。
「・・・あ・・・・。」
自分のモノとも思えぬ頼りない声を発し、いつの間にか、口の中の一匹が口から外れていることに気づく。
ず、ず、ず・・・と膨れ上がった入り口の物体が、奥へ、奥へとゆっくりと進んで来て、グッ、と腹を中から押し上げる。
「な・・・に・・・?」
「男相手に産卵するのは、俺も初めて見るぜ。」
霞む視界の中、目を細めて俺を見る男。
「あ、ああ・・・。」
さんらん・・・?・・・・産、卵・・・・?考えが纏まる前に、再び、入り口側が膨れ上がる。
ず、ず、ず・・・・。
「ひ・・・ぐッッ・・・・。」
ズン、と下半身が重く痺れ、腹が膨れ上がるのが分かる。無理だ、無理・・・思っているのに、また、入り口側が隆起してくる。
「ヤ・・・メッっ・・・・。」
目を瞑ると、ツゥ、と涙が頬を伝って、シーツを濡らす。
ず、ず、ず・・・・ズン・・・。
「・・・ぐ・・・・・ぅ・・・・。」
3つ目の、丸い物体が吐き出されると、シュゥ、と後ろの生き物の感覚が突然消える。
「あ・・・、出して・・・くれ・・・出し、て・・・。」
ほとんど無意識に、口が勝手に、目の前の男に懇願する。怖い、怖い、怖い・・・何が・・・何が・・・何が・・・?
「よしよし。無理矢理出すと、殻が壊れて、アンタの中が爛れちまうから、ちゃんと産まれてくるようにしねーとな。」
男の言う意味が分からない。ただ、優しく頭を撫でられて、その感触に目を瞑る。なんでもいいから・・・だから・・・。だから・・・。
生理的な涙でぼやける視界の中で、男はバスローブを脱ぎ、ベッドの外へと投げやる。
「よっ、と。」
男が俺の右足首を掴み、捻り上げて、仰向けにする。身体は、今までのように拘束されている感じもしないのに、脱力したように動かない。ただ、下半身が異様に重い。
チリ、と尖るような痛みを中心に覚えて、ビク、と身体が揺れる。俺の足の間に腰を割り込ませて来たアリオスが、それを見下ろして笑う。
「もう流石に出ねーか?コイツらは、もっと欲しいってよ。」
怠い顎を動かして、視線を自分の下半身にやると、中心に吸い付いた一匹が、触覚を先端から、中にめり込ませようとしている。
「・・・・ッッッ・・・・。」
無茶だ、と思うが、細い触手は俺の気持ちなどお構いなしに、尖った痛みを与えながら、俺の中を逆に躙っていく。ビク、ビク、ビク、と身体は震えるばかりで、腕も足も、怠くて思うままにならない。そんなに深く入ったら、壊れる、と思う程、深く入り込んで、ソイツは動きを止めた。
「イ・・・タ、イ・・・。」
痛みに顔を顰め、縋るように、男を見やるが、男は眉を顰めて、唇を舐め、
「そんな風には見えねーけど?」
と返す。そして、グイ、と両の膝裏に手を当てて、俺の腰を持ち上げ、
「いいか。中のヤツ、出したいだろ?産むためには、精液が必要だ。イイコだから、あんまり締め付けて、途中で中の卵を割ったりするんじゃねーぜ。」
と言い付けられる。意味も分からず、コクコクと必死で顎を引く。出したい、出したい、出したい・・・もうそれしか考えられなかった。
「フッ・・・イイコだ。」
褒めるように、腕が伸びて、俺の髪を撫でる。
「は、やく・・・だ、して・・・ッッ!!!」
出してくれ、という願いの声は、終わる前に、男が中に押し入ってくる衝撃に消し飛ばされる。
「アアァァッッツッっ・・・イ・・・。」
先程までソコを出入りしていた生物とは桁違いの熱さが、再奥まで一気に引き裂くような衝撃。それだけでビクン、ビクン、と達した時のように身体が踊る。前に入っている触覚が、中でピクピクと動いて、気が狂いそうな快楽が全身を走り抜ける。
「クッ・・・・。締めんなっって・・・言ってん、だろーがッッ。」
パン、と臀部を平手で叩かれて、余計に身体に力が入る。
「ンックッ・・・・。聞いちゃいねーな・・・コイツ・・・・。」
苛立ったような舌打ちの後、ズン、と乱暴にアリオスの腰が振られる。
「わ・・・からな・・・ァァッ・・・ウッ・・・・。」
逃れられぬ快楽に、足指が丸まって、背中が飛び跳ねる。すぐに、アリオスの腰の動きは、中にある丸い物体に自分の先端をぶつけるような乱雑な勢いに変わる。
「嗚呼、ウッ・・・も・・・と・・・モッ・・・と・・・・!!」
黒い物体に擦られていた中が、先程の痒みと熱さを思い出して、ジンジンとひっきりなしに疼く。もっと、もっと、もっと・・・・。勢いを増すアリオスの動きに、それでも足りないと、俺は奴の腰に足を巻き付けるようにして強請る。
いつの間にやら、俺の顔の両脇に、アリオスの手が付かれていて、俺はアリオスの快楽に歪む顔を、顎から滴る汗をぼんやりと滲む視界で見つめる。
ドプ、ドプ、ドプ・・・・凶暴な勢いで、俺の中に熱が吐き出される。中の卵が、それを喜ぶように、トクン、トクン、トクン、と脈動する。・・・アツイ・・・アツイ・・・アツイ・・・。
「ヤッ・・・べ・・・。全然収まらねー・・・。」
フッ、と俺の額に張り付く前髪を雑な所作で男は掻きあげて、仕方なさそうに笑った。そして、試すように、もう一度腰を引いて、それから、奥へと突き上げる。
「あ・・・。」
俺の内側が、呼応するように、ギュル、とうねる。眉を顰めて、その感覚を、息を逃がすように、見送ろうとして・・・ドク、と余計に中のアリオスが膨れ上がる感覚に戸惑う。
「スッゲェ、エロい顔・・・。」
小さな独り言の後、再び律動が再開される。ガクン、ガクン、ガクン、と再び身体がなすがままに揺さぶられる。俺は顎を上げ、自分の指を噛んで声を殺すことに専念する。
「き・・・も、ち・・・よす・・・・ギッ・・・・・。」
「・・・俺、もッ。」
どさ、と二回目の放出の後、アリオスが俺の身体の上に倒れてくる。クリ、と戯れに乳首を捻られて、身体が飛び上がる。
「すげぇ身体してんな・・・アンタ・・・。」
く、クク・・・、と忍び笑われるが、生憎こっちはそれどころじゃなかった。
「下、腹ガッッ・・・・・あ、、、、ツイッッ・・・・!!!」
中の卵が、どく、どく、どく、とこれ以上ないくらいに脈動して、膨張するような感覚の後、どろ・・・・と、何か暖かいモノが、内部で広がる。
「息を吐け、オスカー。」
俺の右手を上から押さえつけるように握るアリオスが、優しく低い声で、俺の目を見つめて囁く。
「こ・・・・わッッ・・・・い・・・・。」
ゴリ、ゴリ、ゴリ、と内部で、何か固い感触のモノが、暴れている。アリオスの右手の指先が、入り口に差し入れられ、中を探るように動く。
「何・・・か・・・・ク、る・・・ッッ!!!」
中で熱く、固い物体が暫く蠢くような感覚の後、突然、ソイツらが出口を目指して、ドォッッと移動し始める。
「ヒッッッ・・・・。」
余りの痛みに、声も出ない。ただ・・・。ズルゥ、とアリオスの指先が、何かを捕まえて、俺の身体の外に引きずり出す。続いて、再び、ズルッ・・・と二つ目、・・・・・三つ目・・・。
「ハッハッ、ハッ・・・・・。」
余りの事に、放心状態の俺に、
「フン、またコイツら使って、アンタと遊んでもおもしれーかもな・・・。」
と、喉の奥を使って、笑う。パチン、と男が指を鳴らす音で、俺の内部から出でた何者かの気配が消える。
「あ・・・・り、・・・お・・・す・・・。」
俺は目を瞑り、ただ、名を呼んだ。
男は、俺と同様、汗ばむ手で、俺の顔を撫でる。べたつく指の感覚に、奇妙な安心感を覚えて、笑って目を開ける。
そこには、碧と金の瞳に、影を落とす、淋しげな黒髪の魔王が居た。
そこに、その男が居る事を、俺は既に分かっていたような気がして。
「哀れ、で・・・孤独・・な・・・王・・・。」
痺れる舌先で、自分でもよく分からぬ事を言う。
「そ、・・・な風、に・・・奪って、も・・・得たい、もの・・・得られ、な・・・・。」
男は、痛みに耐える顔で、
「ああ。分かっている。」
と、淡白に応じ、俺の眉間に指先を当てる。何をしようというのか分からないのに、俺は止めなければと、瞬間、強く思って、目を見開く。
男の薄い唇が、呟くように動く。
「・・・忘れろ。」
あ、と思う間もなく、俺は意識を手放した。

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―――父さん、父さん!どうして分からないの!魔王が囁いてる!聞こえないの!!

それは確かに、樹々のざわめき、そして風の音。
そして、微かな、孤独な魔王の囁き声。
子供にだけ聞こえる、微かな、微かな。

―――愛し子、愛し子。嫌がるなら、力ずくでも・・・。

子供はついに、魔王の声に捕まって、そして息絶える。
父の腕の温もりの中、緩やかに訪れる死。
孤独な魔王に、無理矢理に絡めとられ、けれども、子供はその孤独を慰めたのだろうか。

・・・あるいは。

ふと、微かな気配に目が覚める。奇妙に身体が軽い。身体を起こすと、俺の気配に、隣のベッドで寝ていたアリオスも起きたのか、
「ふ・・・ぁぁ・・・。ねみー。もう朝か?」
等と寝起きの掠れ声を発しながら、布団を足の間に丸め込んで、寝乱れたローブ姿で俺をチラリと見上げる。
「ああ。朝だな。」
俺は淡白に応じながら、洗面台に向かう。寝起きが良くないのか、アリオスはまだ背後でゴロゴロと寝返りを打っているようだった。
顔を洗ってから、鏡に映った水濡れの自分の顔を見やる。妙に顔色がいい。ストレスの元凶と同じ部屋で寝て、まさかの爆睡か?等と自分を揶揄しつつ、朝の支度を済ませる事に集中する。
一通り終わって、顔をフェイスタオルで拭いていると、背後からアリオスが声を掛ける。
「終わったか?俺も顔くらい洗いたいんだが。」
「ああ、済まん。」
応じながら、代わってやろうとして・・・ふと。すれ違い様、男の片目が金色に光った気がして、マジマジとその顔をみやる。
「なんだ?」
「いや。・・・なんでもない。」
そこには、見慣れた碧色の双眸。・・・見慣れた?見慣れたという程、見ちゃいない。
俺は自分を訝しみながら、部屋に戻って、服を着替え始める。
まるで強烈な回復魔法を掛けられたときのような、身体の軽さに、俺は違和感を拭えないまま、いつものように短い時間で着替えを終えた。
「なんだよ?」
うんざりしたように問われて、着替えを終えてから、ぼぅ、と立ちん坊のまま、着替えするアリオスを見やっていた事に気づく。
「・・・・。」
俺は、口元に手をやった。そう、何か。
「いや、何か・・・・。」
瞬間、アリオスの鋭い視線を感じて、思考が途切れる。が、感じた鋭さは、視線を戻した先にはなく、アリオスは、呆れたように溜め息して見せた。
「何だか知らねーけど。男に着替えてるとこ、ジロジロ見られるのは気分が悪いぜ。」
ブーツを履きながら言われて、
「あ、ああ。」
俺は視線を逸らす。
―――そう、何か、とても重要な・・・。
「おい。朝飯いこーぜ。食いっぱぐれる。」
トン、と肩を叩かれて再び俺は我に返り、「ああ。」と応じて、アリオスと共に部屋を出た。

それは、奇妙に郷愁を誘う雪の街。
リュミエールと俺とオリヴィエという組み合わせで買い出しに出ていた。
「『魔王』・・・別名『妖精王』とも言う、貴方の惑星に伝わる歌曲ですね。」
言われて、自分が知らぬうちに鼻歌を歌っていたことに気づく。
それにしても、流石音楽には造詣が深いな、と内心恐れ入りながら、思い出した。
「ああ、そう言えば・・・。確かに、妖精王と訳した方が、その古語はニュアンスが近いのだと祖父が言ってたな。」
冠を被り、長い黒マントを羽織った、不穏な空気を纏う妖精王。淋しげな、見慣れた双眸が、何故か脳裏に浮かぶ。
「哀れだな。」
俺は渋く溜め息を吐いた。
「子供が・・・ですか?」
リュミエールが片眉を上げる。・・・子供?・・・いや、子供というよりは。
「いや、妖精王が。」
「魔王にまで同情するとは、貴方の大器にも恐れ入りますね。」
フ、と相変わらずの男とも女ともつかぬ微笑を浮かべ、揶揄うように言う青白い男。
「子供の命を奪い、側に侍らせ。妖精王は、例えば、一瞬でも、満足しただろうか。」
普段なら、噛み付いているところで、珍しく音楽家の勘を頼りたい気分になって、素直に問うた。
「さぁ・・・。」
曖昧に受け流しながら、男はさらりと落ちた髪をさりげなく、耳に掛ける。だが、思いがけず、言葉が続いた。
「妖精王は・・・。風に紛れる程の、微かな声しか発せず、そして、子供の命を奪うことでしか、子供を手に入れられなかったのですよ。」
音楽家は、優しく微笑し、藍色の瞳を少し伏せて控えめな声音で言った。けれども、その内容は、とてつもなく冷徹な・・・断罪。
だから、妖精王が孤独の牢獄に囚われたままなのは、自業自得なのだ・・・という。
優しく控えめな、けれど手厳しい、水の守護聖ならではの言い様に、俺は胸を突かれた後、「そうか。」と短く応じて、自嘲した。
「ちょっとぉ!!非力なアタシに重いモン持たせる気?!」
オリヴィエの叫ぶような声に、俺は我に返って応じる。
「でかい声を出すな、極楽鳥。」
結局、買った物のほとんどを、俺とリュミエールで分担して持ち、三人で降り積もった雪を踏みしめて、仲間の元へと帰る。・・・その途中。
「わぉ!!」
オリヴィエが素っ頓狂な声を上げる。
足元に落ちがちだった視線を上げると、晴れ渡った空に、ダイヤモンドダストが舞っていた。
三人、足を止め、暫し中空を見上げる。

ダイヤモンドダストの中。
黒く大きな翼を広げ、王冠を戴きマントを羽織る、漆黒の髪の男が、淋しげな背中して、茫洋と空を見上げ、立ち竦む幻影を見る。

―――哀れな妖精王。あれは、俺のよく知る男ではなかっただろうか。

ふと奇妙に胸が締め付けられて。
―――忘れろ。
誰かの微かな声を聞いて、「ああ。」と、短く口の中で応じる。
それで。
俺は、ただ瞬きして、幻影を見送った。



終。

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