7章:砂の船



「何もそんなに吃驚しなくたっていいじゃない?」
そろそろ報告に来る頃だろうとは思ってはいた。だが。
「オスカーじゃなくてお生憎様。」
まさかオリヴィエが報告に来るとは。挙句、報告者の当てまで見透かされて、些か居心地が悪い。つまらないことではないか、と内心で自嘲して、一度咳払いした。
「例の件か?」
一気に冷めてしまったように感じて、コーヒーカップを執務机の上のソーサーに戻しつつ、ちらりと視線だけをオリヴィエに送り、端的に尋ねる。
「ま、そーゆー事。あーっと、勘違いしないでよね。アタシはあの仕事虫みたいに、頼まれてもいない報告を上げるほどビジネスマンじゃないから。まさか首座の守護聖ともあろう者が、あの馬鹿げた調書を鵜呑みにしてないでしょーね?って確認にきただけ。」
いつものように、大袈裟な一人芝居を交えつつの台詞に、私はそちらを身体ごと、振り返る。
「なるほど。それは私から見ればほとんど報告と同義だな、オリヴィエ。『御苦労』。」
つい先日、宮殿内のホールで、彼が、
『オスカーなんてほとんど忠犬みたいなもんよー!ジュリアスに「御苦労」とか言われて喜んでるんだから!あー気持ち悪い!アタシなら寒気に震えちゃうって。だって「御苦労」よ?何様っ!?』
と叫ぶようにルヴァに愚痴を言っていたのを聞いてしまったので、これはそのささやかな意趣返しという奴だ。
確かに寒気を感じて居るのか、口の端をひくつかせながら、彼は笑い、
「分かってるなら、いいんだけど。」
と言ってから、
「で?どうすんの?」
と何処かに視線を逃がしながら聞いた。
その低い声に、オリヴィエの真剣さが伺える。仕事熱心でない彼が、これだけ心配して、私に根回しするほどの、確かな友情がこの三人にはあったのだなと密かに感心する。
だが・・・。私は腕を組んでから、知らず、右手の指先を頬に絡ませつつ、
「どう、とは?」
と、少し困惑しつつ、返答した。
「はぁ!?事情分かってるんでしょ?いつものうざったい『まっすぐ』は何処へいったわけ?つまりこれ、冤罪でしょ!?」
イライラしたように、彼はこちらに視線を戻し、手を振り回して言った。激高しているのか、いつもより口が余計に滑っている気がしたが、二人の友人の危機に彼らしくもなく動転していると理解して、見逃すことにした。
「私には情報が不十分で、子細の見当はつかん。だが、彼らなりの正義感で決めたことだろう。私が口を挟むことではない。私の目下の仕事は、今後の守護聖の体制をどのように保つのかという問題と、宇宙のバランスの問題だけだ。それが保たれないというなら、私も考えねばならぬが。」
いつもは激高する私を彼がまあまあ、となだめるのが普通だが、これではいつもと逆だな・・・やれやれと息を吐き出す。
彼は、片方の腕を腰にあて。片方の腕で、どうやら自慢らしいその前髪を、派手すぎる色合いで着色されたソレを掻き上げると、
「ふーん。直接害を被るのがオスカーでも、そんな風に冷静でいられるのかしら?」
と、こちらを据わった視線で睨み付けた。いつもの何かを茶化すような表情の彼とはまるで別人のように。だが、これは全く聞き捨てならない。
「なんだと?」
知らず口調は乱暴になり、眉間がぴくり、と反応する。ダンッッ、と頬に当てていた右手をデスクの天板に振り下ろす。ソーサーとカップが、カチャンッッと高い音をさせて踊った。
「私がリュミエールを失う事で何も感じていない、と言うつもりか?そうまでして彼らが成したい何かを私が破壊すれば、お前は満足だと?!」
語尾はほとんど怒鳴っていた。
怒鳴ってから、ルヴァの口から実は私が『瞬間湯沸かし器』とゼフェル達から揶揄されていることを聞いたばかりだった、とチラと思い起こすが、もはや遅い。
そのまま、ギン、と睨み返すと、
「本音が出たね。・・・了解。」
オリヴィエは冷静さを取り戻したように、伏し目がちにして、髪を再度掻き上げた。謀られたか、と思うと腹が更に立ったが、ここで再度怒鳴るのは大人げないというものだ。堪えつつ、彼の様子観察することに集中する。先程まで纏っていた張り詰めた空気は何処ぞへと追いやられ、彼は仕方無さそうな、何かを諦めたような視線を、私の背後の大窓にすぃ、と一度やると、自分の身体を抱いて、緩く頭を振った。
「気持ちの悪い紛いものの罪を飲み込むか、あの二人の気持ちを取り上げるかだったら、やっぱ皆そっちを選ぶかぁ。・・・いやさ、もしかしたら、ジュリアスなら、気持ちなんて曖昧なモンじゃなく、ありもしない罪をでっち上げられる方に声を荒げてくれるかもー、なんてさーぁ?」
肩を竦めたり、手を振ったりと、おどけたように言うオリヴィエの早口は、そのまま彼の複雑な気持ちだろうか。
「心外だな。」
私は居心地の悪さをごまかしながら、小さく言ってから、身体を斜めに向けて、すっかり冷めてしまった飲みかけのコーヒーカップを持ち上げる。
「なんですって?」
大きなリアクションを取られて、ますます居心地が悪い。
「心外だ、と言ったのだ。この冤罪により本来罰せられるべきものが、罰せられなくなるとしたら、許せぬ事態だ。だが、よりによってオスカーがそのような事に加担するはずがない。つまり、このことによって傷つくのは・・・。」
自分で言いながら、だがやはり胸が痛むような気がするのは、私の偽善だろう。一口、カップの中身を飲む・・・が、冷たくなったコーヒーは豆が良くても決して美味くはなく、なんの慰めにもならなかった。
「傷つくのは、当人達だけ、ということだ。しかも本人達はとうに血を流す覚悟を決めているのだろう?・・・ならば、私に口を出す理由などない。仮令、私情として問題を感じたとしても、な。」
完全に余計なことを口走ったな、と自戒しつつ、繋ぐ言葉を探す。ぼんやりと投げた視線の先には、昼下がりの宮殿の中庭。見慣れたガラス越しの美しい緑と噴水はやけに遠い世界のもののように見える。実際、随分遠くへ来たということかもしれなかった。
「メッッッッズラシィーーーーーーー!!何よ、今のっ!?もしかしちゃったら、ジュリアスの愚痴?!」
継ぐ言葉を見つける前に、オリヴィエの絶叫が執務室に響いた。
私は空いた手で、額に指先をかけてから、
「煩い。私が愚痴など言うはずなかろう。空耳だ。お前の言い分は分かった。用が済んだなら・・・。」
「言われなくても出て行くわよ!」
フン、と台詞の続きを遮るように言い捨てるなり、タンッ、とまるで荒っぽいラテンのステップでも踏むかのような所作で踵を返す。が、続いた言葉はそのステップには似つかわしくない感傷的なものだった。
「たまに、ランディやゼフェルの若さが羨ましくなるわねぇ、ほーんと。」
彼は扉に向かいながら振り返らずに、小さく言った。
「ランディや年少の者には・・・。」
私は聞き咎めたが、
「それも分かってる。周知するにしても、対処が完全に固まってからじゃないと混乱するだけだわ。」
扉を開く直前にこちらを振り返り、ピンクと金の髪を揺らして彼は少し笑って見せた。これまで出会ったどんな二枚目より垂れているように思える瞳の目尻が、窓からの陽光で、キラキラと細かく反射した。

『全く!何故アヤツはあのような格好ばかりしているのか。一度たりと、まともな格好を見たことがない!』
『ははは、俺も同感です。・・・しかしまあ、似合ってはいますね。彼奴には。』
『お前まで何を言い出すかと思えば・・・。似合っている、いない、という話をしているのではないッ!』
これはやぶへびでした、ははは、と苦笑いをする長身の男は、今、何をしているだろうか。

そういう話ではない。だが。
「うむ、まぁ・・・似合っていると言えるかもしれん。」

一人残されてから、小さく声を出して賛同し、クスリ、と自嘲した。

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「と、まぁ大体私達が得ている情報はそんなところなの。それでね・・・。」
陛下とロザリアからの呼びだてを受けて、私は謁見の間で一人、片膝をついて二人を見上げる。
一通りの説明を受け、事の次第は大体把握した・・・した、のだが。
「つまりね・・・。」
深刻な話題にも関わらず、クスクスと笑いを漏らし、先を続けるのにも苦労している様子の陛下に、些か私の眉が寄る。
陛下が女王候補だった頃のように、最早怒鳴る訳にも・・・。
「陛下・・・。」
同じ思いなのか、ロザリアがそれを咎めるように呆れた声を掛ける。
それを片手で制しつつ、陛下は「ミッドナイトパーティを開いてみたいの」と言ったときと同じ調子で一気に告げた。
「ジュリアスには、インペーコーサクを手伝ってほしいの!」

・・・。

「・・・。」
「あら、どうしよう、ロザリア?ジュリアスが固まっちゃったみたい。」
引き続く朗らかな声に、私はなんとか怒号を飛ばさぬよう自分にきつくきつく言い聞かせ、膝の上の拳を密かに握り締めてから、
「今、なんと?」
と、聞き返した。視線をぎこちなく陛下に戻すと、陛下は少しだけ高い位置から、私を大きな瞳で見下ろして、
「まあ、とにかく立って。落ち着いて聞いて?」
と、諭すような優しげな表情で首を少しだけ傾げてみせた。
隣では、頭を抱えそうになるのを、なんとか耐えている、といった風情でロザリアがステッキを片手に額に指先を当てている。床につけていた膝を持ち上げ、立ち上がってから、
「落ち着いて、と言われましても。インペーコーサクが、『隠蔽工作』の事でしたら、お断り致します。」
と、私が毅然と見上げると、
「ぷっ、ふふ、そう言うと思ったわ!」
実に楽しそうに陛下は笑い、
「隠蔽工作というのは、何も事実を完全に隠蔽しよう、という訳じゃないの。」
少しだけ、真剣みを宿らせつつ、伏し目がちにして、ゆっくりと続けた。
「この件の真相を、機密クラスSS(ダブルエス)にしようと思って。・・・どう思いますか?」
まっすぐにこちらを捉えた大きな瞳には、女王候補生の頃に、育成のことを尋ねて来た時と同じ光が宿っていた。
機密クラスSS・・・陛下、ロザリアか、首座の私の許可がなければアクセスできない機密。確かに、このような守護聖の不祥事に係る出来事は守護聖権限でなければアクセス不能な、クラスS以上が通例になる。・・・が?
「SSS(トリプルエス)やSでなく、SSであることには何か陛下のお考えが?」
「えぇ。そのことで。・・・つまり、結論から言うと、あまり隠し事にしたくないけれど、ランディやマルセル、ゼフェルには知らせたくないの。今は・・・まだ。」
なるほど。
「狙いは、表面上の、平穏ですか?」
我ながら、少しきつい聞き方かもしれんな、とは思いつつ、聞いた。
だが、陛下の答えに迷いはない。
「えぇ。そうなの。でも大切なことでしょう?はっきり言って、時期の問題もあるわ。女王試験の最中で、皆少し神経質になってる。それに・・・なにより、『奇妙な真実』には『謎解き』が待っているものでしょう?」
こんなにも思慮深い女王に、「あの」彼女がなると、一体誰が想像しえただろうか?それとも、私が人の力量を見抜くセンスに欠けるのか・・・。クラヴィスの「お前は人を育てるのが下手だ」とかいうふざけた指摘が当たっているとは思えぬが・・・。
ふと、オスカーの計算に、どこまでが入っていたのだろうな、と思った。
私が、事実を暴くことに拘らぬことは、分かっていただろうか?自分が守ろうとした者にここまでリュミエールが、陛下が心を砕くことまで?・・・有り得ぬ。
―だから、お前は変なところで鈍感だというのだ。
思わず、ここには居ぬ者に向かって、小さくため息をつく。
正直に言えば、リュミエールがオスカーにここまで義理立てする何かがあるとは、私も意外ではあったが。もとより、彼についての私の理解など、大した情報量もなければこれといった信頼性もない。
かかってきた前髪を失礼にならないように小さな動作でよけてから、私は陛下の長く繊細な睫に護られた大きな大きなエメラルドをじっと、見上げた。
「陛下のおっしゃること、ご尤もかと。ご協力しましょう。」
その返事に、陛下は、「有り難う。」と私に告げてから、まるで別人のような少女の顔付きで、『やったね!』と唇だけで言って、ロザリアにウィンクを投げた。
―聞こえています。
と胸中でごちてから、私は、『やれやれ』とルヴァの口癖が口をついて出そうになったことに気づいて、もう一度、そっとため息をついた。

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用意された部屋は、何の目的で用意されたものなのか、陛下のプライベートルームの先の地下にあったもので、質素な造りながらトイレ、バス、ベッドなど一通りフラットにありそうな設備が備えられていた。
―此処(聖地)で随分と長らくを過ごして来たつもりになっていたが、私も知らない施設がまだあるのだな。
いつの間にか、不遜になっていた自分に気づかされる。
簡素で、一人分の朝食を置くのにも難儀をしそうな木製の丸テーブルを、その男と二人、これも簡素な作りの木製の椅子に向かい合わせで座り、私は口早に説明した。
「・・・と、言う訳で、お前の退任式を取り急ぎ行う。突然のサクリアの乱調で、引き継ぎも間に合わない、という設定だ。辻褄を合わせるための情報をいくつかこの資料にまとめてみた。」
私は持ってきた書類封筒をテーブルの上に乗せ、軽くコンと、拳の裏で上から叩いた。
「何か不備があれば、入り口の内線で連絡するように。私に直通となっている。食事は暫く私が持ち込むが、そのうち、リフトを整備し、それを使って自動で配給する予定だ。」
男は、それを静かに、テーブルに視線を落としたまま、黙って聞いていたが、私が一通り説明を終え、何か質問は?と問うと、
「ご配慮、感謝致します、と・・・陛下にお伝え下さい。それから、ひとつだけ、質問を。」
いつものように静かな声音で、言った。私がうなづくと、
「次代の水の守護聖は、確保できそうですか?」
と続ける。
「心配はいらぬ。就任中の守護聖の状態に関わらず、サクリアの目覚めは様々な人々に訪れる。タイミングが重なればそれが成長し、緩やかに交代が訪れるだけのことだ。今回は、タイミングをこちらが決めることになる。試験中であるということもあって、一年前の告知は叶わぬが、この場合、仕方があるまい。」
「告知なしですか。それは、お気の毒ですね。」
まるで鈍い痛みを感じたときのように、水の守護聖はぎゅ、と顔を顰めた。
「お前の心配することではない。」
短く告げると、
「罪人には他人を心配する権利もないと仰せですか?」
と、少しムッとしたような声ですぐに反論される。相変わらずの反応の早さだ。留置所生活は彼には思ったほど負担でなかったらしい。些かそのことにほっとする。
―そういう意味で言ったのではないが・・・と言いかけてから、私があまり立ち入ったことまで知っていると彼が把握するのも、陛下の御本意でないか、と思い直す。
「そうだ。私の用は済んだ。」
テーブルに軽く指先をついて、立ち上がって、執務服の乱れを直す。
「慰みに、何か楽器などが必要であれば、用意させよう。」
努めて淡々と聞けば。
「有り難いことです。それでは、私のハープを。」
張り付いたような笑顔を返されて、『慰み』がカンに障ったのだなと理解する。といって、馴れ合う訳にもいくまい。
「残念だが、アレは大きすぎて運ぶと目立つ。新品を用意するので少し待て。他には?」
少し訝しむように、青年の薄い色の眉が寄った。
「冗談のつもりだったのですが?」
―お前が私に、冗談・・・?
一瞬の間の後、図らずも苦笑が漏れた。
「私が叱責の弁を奮わぬと、水の守護聖はどうやら余程居心地が悪いようだな。」
ますます眉を寄せる水の守護聖に、
「何か思いついたら、内線で言え。要求を飲むかどうかは都度判断する。良いな。」
短く命じ、返事を待つつもりもなく。一人、彼をテーブルに残して、私は踵を返した。

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あの日、陛下とロザリア、私の三人による非公式の三者会議で決めたのは、次のような内容だった。

ひとつ、概ね炎と水の守護聖の主張したことが事実としてあったと公式に記録すること。ただし、その記録はSSとすること。
ひとつ、水の守護聖は、規定通りにサクリアが尽きるまで幽閉。ただし、女王裁量で幽閉方法は新たに考案する。
ひとつ、混乱を防ぐため、水の守護聖は突然のサクリアの乱調を理由とし、新たな守護聖と交代させ、表向きの対処とすること。
ひとつ、炎と地の守護聖を除いて、こちらからは水の守護聖の居場所(聖地に留置していることも含め)明らかにしないこと。ただし、守護聖から質問があり、SSの開示要件をクリアした場合は、この限りでない。
ひとつ、彼らの為にも『本当の事情』についてこれ以上議論しないこと。つまり、自分なりに事情の理解をしたら、それで済ませよ、ということだ。

本当は、水の守護聖を故郷に帰してやっても良いのだ。追放という名目で。守護聖の交代を行うのだから、なんの問題もない。だが、陛下はそうはなさらなかった。そこが、まだよく分からぬな。
宮殿の廊下を早足で歩きながら、ついつい考えてしまう。

『帰ったところで、待つ者などないのに、お前はそれを幸福だというのか。』

いつか・・・そう、確か先代の緑が退任した時にクラヴィスが私にそう、声をかけた。
何も幸福だと私は言ったのではない。「確かに勤め終えた」そのことを、祝福しただけだ。

待つ者などいなくても、自分ですべきことを新たに目標を設定して・・・と考えかけ、馬鹿馬鹿しくなってやめた。
問題は彼・・・水の守護聖の幸福は何処に有るかということであって、私やクラヴィスの幸福が何処に有るかではない。陛下は其処は此処だとおっしゃる。

―やはり私は、彼のことを知らないのだ。

と、自分の管理能力の不充分さを戒めて、私は執務室の扉を開いた。

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「こんなのは、エゴだと思う?でも・・・それでも、一緒の時を刻ませてあげたいの。それが、彼らに許される間は。」
退官式を昨日、取仕切って、いよいよ実感が沸いてきたのか、彼女は踏み締めるように、ゆっくりと言った。
「それが、どんな形であれ?」
と私が聞くと、「えぇ。」と答えた。ヴェールが頬を隠していて、彼女は窓の向こうに視線を投げているので、私から表情は見えない。
けれど、見えなくても分かった。
泣くのを堪えている、彼女の顔が。
「何か、方法が見つかるかもしれないわ。」
私は彼女の隣に歩みを進め、その背中をそっと支えた。
涙を隠そうとしているのか、顔をそらしながら、彼女は、
「方法って?」
と聞く。
「さぁ?皆にとって、いい方法が・・・かしら?」
私は態とおどけて見せる。
実際、何か見つかるような気もしていた。根拠はない。
―彼女の楽観主義がうつったのかしら?
内心、苦笑しながら、
「メイクを直して上げるわ。そろそろ行かなければ。」
連日の宴会は、精神的な問題がなかったとしても結構きつい。ただ、私達には一気に事を進めてしまうことのメリットの方が、今は大きかった。

ひとつだけ、気掛かりがあるとするなら、ソルという、不思議な子。
あの瞳を見たときに感じた、違和感。
―サクリアが不安定なだけではないような・・・。

「ロザリア?」

声を掛けられて、はっと我に返った。
「メイク直しだったわね。」
その、もう滅多に私以外には見せなくなった不安げな顔に、ニコリと笑い掛け、ドレッサーに向かった。


終。
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