5章:貫かれたもの



男はやたらと上機嫌だった。最近のうちではトップクラスの上機嫌さだ。急な言いつけを賜って、戻ってきたら、イキナリこの調子だったのだが・・・一体俺の居ない間にどんな良いことがあったと言うのだろう。
「なぁ、腹ごなしに、少しエクササイズしようぜ?」
共に軽い昼食を摂ってから半時を待たず、男はニヤッと笑って俺を見上げた。仕事仕事といつも忙しないくせに、どういった風の吹き回しだろうか?
「は、はぁ・・・。」
俺は、丁度今し方終えたファイリング作業の締めくくりに、手にしていたファイルを棚に戻して、そちらを振り返った。
「お前、なんか変わった構え方するだろ?剣にはある程度自信があるんだが、素手の戦闘の強化をやりたいと思ってたんだ。お前のやつ、ちょっと教えてくれよ。」
といっても、この男の前で構えた事と言えば、リュミエール様を不審者と勘違いした時くらいのものだが・・・。んー。つまり、俺の拳法の型とかから何か得たいってことか?俺は一度天井に視線を巡らす。
「えぇっと・・・。俺とか兄貴のは、ある意味、宗教的なものが色々混ざり込んでいて、エッセンスだけ取り入れるのは難しいと思いますよ。そうですね・・・。例えば・・・。」
何かこの男にとって有用なことだけを教えることができるだろうか・・・と考えて、ひとつ思い当たる。
「オスカー様の構えってどんな感じですか?」
と聞くと、男は執務机の前に手早く出て、ボクシングのそれに近い構えを見せた。脇がしまっていて、なるほど、隙がない。
「多分、俺達のやり方の基本的なところってオスカー様が既に取り入れていると思うんですが・・・うん。一度構えを解いてください。」
自然体に棒立ちになった男に満足して、俺は、続ける。
「暴漢が、突然こんな風に襲ってきたらどうします?」
と言いながら、不意に男の鳩尾に向かってパンチを繰り出す。男は、すい、とその手を自然に掴み、自分の方へ引きつけると、空いていた手で、俺の喉元に肘鉄を寸止めで当てる。
思った通りの反応に、俺は一度そこから離れる。
「ですよね。まあつまり、これって相手の力と体重をそのまま利用して、反撃している訳です。」
構えられた肘鉄に、暴漢は自らの攻撃の勢いと体重をもって、「ぶつかりにいく」羽目になるわけだ。
で、ここからが本題なんですが・・・と、言って、俺は男からパンチが届く程度の距離に自分の立ち位置を調整した。
「えっと、ひとまずなんか攻撃してみてください。」
男は俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、唇を舐め上げて、素早くストレートパンチを繰り出してくる。それなりに重そうな、しかも常人には視認するのも難しいだろう早さで、ワンツー、とリズムよく繰り出されるそれを、俺は手の甲でワンツー、と反らす。時折フェイントを混ぜながら、畳みかけるように繰り出される男の攻撃を続けて反らし、俺は、扱いやすい角度の攻撃が出るのを待った。
大きくラリアットでもしようかと振りかぶられた左拳に、狙いを定めて左手で素早くその手首を掴む。そのままこちらに男が作った勢いに乗せて引き込み、一気に男の背後を取ると、空いた右手で延髄に寸止めで手刀を当てた。
すぐに解放したが、男はどうにも腹が立ったらしく、憮然とこちらを見上げた。男の攻撃は、スピードがかなりあるので、普通は、理屈が分かっても俺がやったようなことを再現するのは難しい。が、一応「裸に剥けばヒトを超えている」と賞される一門の、しかも一応跡取りの予定だった俺なので、素手による戯れで後ろを取るくらいは許してもらいたい。
「そんな目で見ないでくださいよ・・・。つまり、言いたいことは、俺達がやっている基本的なことは、先ほどオスカー様がやったことと同じ事ですってことです。相手の勢いとか、力を巧く利用して、出来るだけ楽をするってことですね。」
俺は軽く肩を竦めて笑う。
「自分からは攻めないのか?」
納得がイカン、とばかりに両腕を組んで、男は唇を少し尖らせる。
「攻め方も色々とあるんですが・・・基本的には、相手の力を利用します。」
言いながら、なるほど、そういうのはこの人の性に合わないのかも知れない、と思いついて笑った。
「何で笑ってる・・・。ああ、そうだ。それとお前ら、色々と俺の知らない急所とかを使ってないか?それも教えてくれ。」
ぶちぶちと言い返していた男は、思い出した、とばかりに再度目を輝かせる。
兄貴が少しくらい話したのだろうか。俺は殺人の方法を、子供のように目を輝かせて、教えてくれと、いっそ無邪気に言うこの男に、少し違和感を覚える。死は、戦場を知っていて、更に日常的に危険に身をさらすこともあるこの男にとっては、実感を伴ったものに違いないのに。

俺は、脳裏でまた自分の中の何かが覚醒するのを感じる。
――そうだな・・・。それにもう、時は満ちている。

「そうですね・・・。例えば・・・、オスカー様ちょっといいですか?」
と俺は男の間合いににっこりと笑って入り込む。男はなんなく、そこに俺を受け入れる。・・・いつだって、そうだ。心にまた、冷たい風が吹き込んでくる。
「この・・・こめかみのラインと耳からこう、まっすぐ走るラインがあると思ってください。」
俺は、片方の手で、男の頭を上から軽く固定して、片方の手の指先で、こめかみのラインと耳と瞳を結ぶラインをなぞる。
「そのラインの交差している、ここですね。ここを、突くと・・・。」
ドン、と指先に一気に気を込めて突く。
「ん??」
男の顔を、両手できちんと抱え込むように固定して、俺は目の前に自分の顔を持って行く。が、男の目は、俺を認めるどころか、焦点を定めずにどこか遠くを見ている。
「目が・・・見えん。」
「ですね。これが視神経のツボです。」
俺は鼻先がくっつくぎりぎりの距離から笑いかけて、平静を装う。
「すごいな、こりゃ・・・。視覚だけシャットアウトされている感じだ。」
男はどこか面白そうに言い、俺の手がその顔を鷲掴みにしているのにも構わず、それをぐい、と左右に振った。おそらく、光量の変化も確認できないかどうか、確認しているのだろう。
「ええ、で。これが・・・聴覚のツボ。」
ドン、と再度ツボを突く。
もう、これで音も聞こえない。
「え?なんつった??」
声の音量調節が出来ないせいだろう、大きすぎる声で男は俺に聞き返す。俺は構わず、もう一つ、ツボを突いた。
「そして・・・これで・・・貴方はただの人形だ。」
焦点の合わない瞳をぽっかりと開けて、男はがくっ、と脱力し、俺の腕に収まった。

分かっていた。いざ、こういう機会が来れば、アンタがやすやすと、この腕に収まるって事は。
俺は、これを望んでいたのか・・・?少なくとも、この後のことは、望んでいる。
腕の中で、人形のように整った顔は、表情を失って。不敵な笑みを絶やさない唇は、緩く結ばれている。いつも鋭い眼光でこちらを睨むガラス玉のような瞳は、力なく虚空を見つめていた。まるで普段とは別人のように。赤子同然に無防備になった男を、俺は一度、じっと見下ろして、その瞼を伏せた。

--

トントン、と素早く二度ノックをし、相変わらず返事を待たずに私はするりとその部屋に入る。
「オスカー、話が・・・。」
と声を掛けながら中に入って、自分の声が、何故か空虚にその部屋に響いた気がして、私は床にやっていた視線を上げた。
部屋には、誰もいなかった。
金の曜日の午後だというのに?
優しげに差し込む、午後の生暖かい日差し。
まだ、5時をやっと回るか回らないかの、こんな時間に、あの仕事虫が、執務室に居ない?
「オスカー?」
ほとんど。直感的に理解した。

やられた・・・

反射的に、私の足は方向を変え、考えるよりも先に、ある場所に向かい始める。
知らず、奥歯がぐっと強く合わさって、私は自分が悔やんでいることを知る。
何をだ・・・?何を悔やむ?
アレは籠の鳥ではない。おとなしく捕まっているような、そんなモノではない。誰に貶められようと、自力でなんとかする力もあるはずだ。
・・・だが、明らかにあの男は、彼に対して生ぬるい。

ゆらり、と自分の身体の内から、何かがゆっくりと溢れ出していく感触がする。
暖かい・・・いや、熱すぎる、感情の波。

『許さない』

心臓が、一度強く跳ねる。
何を?誰を?
分からないままに。
加速していく自分の鼓動が、耳に反響した。

―オスカー!!

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どこか遠くで、何かが裂けるような、悲痛な声音で、名を呼ばれた気がして。
「ぅ・・・。」
目を覚ます。
うっすらと瞼を開けるが、焦点が定まらない。・・・やけに全身が重たく、身体が自由に動かない。
最近のだるさが、ますます酷くなったような、そんな。

「お・き・て・く・だ・さ・い!」

リュウの、いつもの声。が、
「なーんて。起きられるわけ、ないですね。」
と、継ぎ。はは、と別段楽しくなさそうな態とらしい笑い声を発した。
「ぐっ、げほっ・・・。」
何かが喉の奥に詰まった感触に、思わず咳き込む。反射的に吸い込んだ空気は、やけに濃度が高く、ねっとりとしている気がして。俺は目眩を覚える。
目を何度か瞬く。四肢が持ち上がらない。
頬が冷たく、固いフローリングにへばりついている感触・・・。
「ど、こ・・・だ?」
やっとの思いで、言の葉を紡ぐ。舌先まで重てぇ・・・。やたらと、口の中が乾いている。
ハッカの飴玉がシロだったからって、浮かれて油断しすぎた俺が悪い。それは認める。
だが落ち込んでいる暇はない。
問題は、奴が何を考えてるのか・・・そして、俺が、そのゲームにどう勝つか・・・だ。
再度重たい瞼を必死に瞬き、なんとか視野を確保し、転がされていた床の上で、辛うじて寝返りを打つ。見えてきたのは、木製の天井。どこかの小屋?あるいは、屋敷の中の倉庫・・・。
「屋敷関係の仕事までシコタマこなしている関係で、あるいはアンタより、俺の方がアンタの『持ち物』に詳しくなったかも知れないな。」
ふ、と笑い声。ということは、俺が管理している小屋の一つだろうか。頭が重ったるくて回らない。
「か、ら、だ・・・。うごか・・・。」
「そうでしょうね。丸一日、いつものを差し上げてませんから。身体は重く、思考は鈍く?・・・そしていつものが欲しくてたまらないってとこですか?」
得意げで、明るい口調。なのに、どこか・・・悲しい。
「いつもの」という言葉に、『やはり薬を盛られてたのか』とこれまでの抱いていた疑念の正しさを知る。だが、ハッカの飴玉がシロだったのに、どうやって?あれぐらいしか、俺に毒物を摂取させる機会などなかったはずだが・・・。
なんとか動かそうと必死に指先に力を込めながら、俺は思考を巡らす。
「ハッカ・・・なに、も・・・でなか・・・。」
言葉になっていないが、リュウには十分伝わったらしい。
「へぇ?調べてたんですか?アレはダミーですよ。もし、アンタが俺を疑っても、嫌疑がそっちへ向くように。いくらかの時間稼ぎになるかもしれないと、思って。」
鼻先で、大して楽しくもなさそうに、ヤツは笑った。どうやら今のところ、俺は、喰わされっぱなしだ。
「クスリを何に入れてたのかって?」
そうだな、それも知りたい。唾を飲み込もうとし、失敗しながら、俺は思う。
「毎日の、食事ですよ。」
吐き捨てるような、その答えに、些か、驚く。食事の毒味はリュウの担当だ。そんなことをすれば・・・。
「ですから、俺も目出度く中毒患者って訳ですね。ま、オスカー様に比べたら、摂取量は大したこと無いですがね。」
自嘲気味の笑い。リュウの姿を探して、俺は身体を起こそうとするが、身体を捩るだけに終わる。
そこまで、自棄を起こしていたとはな、と思う。どれだけ中毒性のあるクスリか知らないが、一日抜いただけでこの様だ。量が少ないとは言え、危険には違いなかろうに。
ずりずり、気怠い四肢になんとか力を入れて、声のする方に身体を向け、やっとやっとでヒトのスリッパを履いた足と椅子の脚を同時に視界に納める。ぐぐ、と再度天井方向を向くと、背もたれの高い椅子に後ろ前に跨ったリュウが、その背に両腕を乗せて、俺を上から見下ろしているのが視界に入った。
今にも泣き出しそうな、笑い顔。
俺は思わず吹き出しそうになって・・・咳き込んだ。
「笑ってるんですか?随分余裕だな・・・。ホント。アンタって人間は、よくわからねぇよ。」
ぱさ、と髪を一度掻き上げて、その手を徐に俺の顔の前に差し出す。
その小さな仕草に、ぐわ、と強烈な目眩に襲われるのと同時に、自分の中で何か猛烈な欲求が湧き上がったのを感じる。さっきまであれほど乾いて仕方なかった口の中が、一気に唾液にまみれて。それだけでは足らずに口の端から流れ出す。
「はっはは!すげぇ効果だな。」
えらく楽しそうな声も、やはり態とらしい。
しかし。
「な・・・んだ、こりゃ・・・、ふっぐ。」
唾液が止まらん。身体が勝手に、その指先を目指してにじり寄っていく。
たった数センチの距離を、もどかしく思う自分に、いかれちまったんじゃねぇのか?俺は??と疑問を投げかける。
じりじりとにじり寄りながら、ふと、リュウの指のさき、手首の内側に赤い小さな傷跡を見つける。それが注射針の跡に見えて仕方がなく、ぎくり、と強ばる自分の身体。
「お、前っっ・・・!!」
開いた口から気泡混じりの唾液がパタタと溢れる。
「ああコレですか?さっき、ここから原液ぶちこんでみました。」
なんで、だ?と、問いたいのに、唾液にまみれて、言葉を紡げず。
おどけた調子で言ったリュウは、椅子から勢いよく立って、椅子を足で器用にずずず、と脇へ寄せる。差し出されていた手のひらが、立ちあがった拍子にひらりと振られただけで、俺は再度強烈な目眩に襲われる。船酔いでもしちまいそうだ、と心中で弱音を吐いて、なんとかやりすごす・・・が。
俺の顔のすぐ脇で、片膝を突いてしゃがみ込み、リュウは俺の前髪を鷲掴みにして持ちあげる。
周囲の空気の濃度が一層増した気がして、俺はクラクラして思考停止に落ち掛かっている脳みそに必死に語りかける。
しっかりしてくれ、と。
「アンタの欲しいオクスリは、俺の身体の中。因みに。最近、アンタが俺の身体に固執するようになったのは、俺がアンタの依存の度合いを測るために、量をここんとこ、少しずつ減らしてたからだ。俺の血中に残った僅かばかりの薬に、アンタは反応してたって訳。」
ふっ・・・・ははははははははっ!!クッ・・・ハーッハッハッハッハ!!
笑い始めて、まるでその自分の笑い声の滑稽さに笑い続けるように、リュウは高く笑い上げた。
ではやはり、倦怠感も、禁断症状の一つか・・・と鈍くなった思考を巡らす。
唾液が口の端を伝うのを止められない。目が潤んで、視界が霞む。
「ふっ、ククッ。大した醜態晒しちまって。『シュゴセイサマ』の威厳が台無しだぜ?・・・だが、まだ足りないよな?もっと、アンタには堕ちてもらねぇと。じゃないと・・・。」
俺の目玉の奥を面白げにジロジロと覗き込んでいた瞳が、何事かを言いかけて、俺の顔を突き抜けたどこか遠くへと視線を投げる。
ほんの数秒の沈黙の後、
「ふん、アンタには関係無いけどな。」
と、一度軽く頭を降って、リュウは小さく続け、俺の前髪を掴んでいた手を、突然パッと開いた。
ドッと、身体が自分の体重で一気に床に叩きつけられ、再度俺の頬がフローリングとお友達になる。どいつもこいつも、扱いが粗い。だから男は嫌いなんだ・・・と胸中で愚痴る。

何をしてぇんだ、此奴は・・・と思う。
だが、きっと俺にしか出来ない。

此奴が、一体何処に行きたがっているのか、俺は知らない。
でもな、そっちは良くない。
それだけは分かる。
俺にしか出来ないことは、いつだって、俺には出来た。
だから今回も、俺は、此奴を止められる。
そうだろ?リョウ?

--

そうさ、アンタには、関係ない。あの人に来てもらわなきゃな?
じゃなきゃ、アンタを堕としたところで意味などない。
ふん、と俺が顎に手をかけて、さて、どう演出するかな、と考え始めたところで。

「好きに・・・しろ・・・。」
信じられない台詞が、涎にまみれて、床に顔を擦りつけている男の口から漏れた。聞き取るのがギリギリの、掠れ声で。だが、確かに。
「なんだって?」
俺は、自分の声が思わず上ずるのを聞く。
「ぐっふ・・・はっ・・・いの、ちは・・・俺のモノじゃ・・・ねぇ・・・けど。」
唾液が溢れて二の句が継げなくなり、一度息をついてから、続きを宣い始める。
「・・・俺の・・・ノは・・・やる・・・。」
「ウルサイッ!!」
何が言いたいか分かったところで続きを遮った。
一体、どこまで、逆撫しやがるっ・・・!!
「俺を疑ってたんでしょう?にも関わらず、やすやすと間合いには入れるわ、無防備に背中は晒すわ。一体アンタの危機管理ってどうなってんですか?仮にも公人でしょうよ?いえ、公人じゃなくて神様なんでしたっけ?挙げ句の果てに、命は俺のモノじゃないから駄目だけど、命以外はお前にやる?」
はっはぁ、と俺は嗤ってやった。
「へぇ〜?そうですか。それじゃあ有り難く、『命以外の大切なもの』を頂戴しますよ。オスカー様。」
腰を折って胸ぐらを乱暴に掴み、一度それを持ちあげてから、床に叩きつける。
「ガハッ・・・ヒュッ・・・」
胸を強か打ち付けて、息が詰まったのか、肺から奇妙な音がする。その様子に、無抵抗の相手を自分の私欲のために、ただ痛めつけるだなんて、初めてだな、と俺は冷静さを取り戻す。
「欲しいと、言ってみろ。」
自然、ドスの利いた低い声が出た。
「薬をくれと、言ってみろよ。ヤクチュウの守護聖様。」
靴のつま先を使って、丸まった身体の肩口を蹴飛ばし、仰向かせ。その顔の隣にしゃがみ込んでガラス玉を上から覗き込む。
倦怠感からか、まるで沼地の中を進むように、ゆっくりと、ぎこちなく、男の腕が俺の顔に伸びる。
その動きに、そうさ、と俺は嗤った。そう、アンタは、参ってるはずだ。俺の体液に含まれてるちょっとばかしの薬でも、土下座してでも手に入れたいほどに。理性なんか吹っ飛ぶほど、薬が欲しくてたまらないんだろ?
そんな状態で、俺に情けをかけようなんざ、土台無理だ。アンタは、アンタの身体と折り合いを付けるのに、手一杯。
「リ・・・リュゥ・・・。」
リュミエール様の名でも呼ぶのかと思ったら、俺の名か?潤んでいる、覚束ない瞳。いつもとは全く違う。なのに・・・それはヤクチュウの目じゃない。
「・・・哀れんでるつもりか?強さの守護聖サマ。」
アンタの腕は薬を求める腕だろう?
そんな目で、俺を見るな・・・。まるで、その腕が・・・。
ゾク、と突然。何か怪しい気持ちが背中を這う。
「気が、変わった。アンタを痛めつけてやれば、事は済むと思ってたんだが。」
背中からジワジワと、俺を襲うのは、いつもの、憎しみ?殺意??とにかく、目の前のコイツを、なんとかしなければならないという、焦燥感には違いない。俺は膝をつき、男の顔の脇に片腕を付いて体重を支え、真上から、その男の顔を見下ろす。ここでは珍しくない、整いすぎた顔立ち。通った鼻筋、意志の強い眉は、今は時折小さく痙攣する瞼の上で、中央に寄っている。
俺はその唇を舌先で、チロリ、と舐めてやった。
すかさず男は自分の唇を舐め、その僅かな唾液を舐め取って、別の目的で差し出していたであろう腕を俺の首に絡めてくる。
「んっっふっっ!!」
自分の泡まみれの唾液を口の端から大量に流しながら。
「あらら、隙っ腹に少しばかり餌をやったつもりが、余計にお腹が空いちゃいました?呼び水現象ってやつですかね?」
言っている間にも、唾液を求めて俺の唇に舌を入れようとする男の胸ぐらを右の掌底で床に突き飛ばす。
「俺は、欲しいと言えと、言ったんだぜ?」
一瞬、呼吸が止まってしまってから、外気を求めて開かれた口。そこから舌が捩れ出て、何かを求めるように頼りなく震えた。
・・・笑える。
「楽しもうぜ、ホノオノシュゴセイサマ?そうだな、入り口がこっちだから、アンタはこっち向きがいいかなぁ?俺はこっちからこうだな・・・。」
一度立ち上がってから、男を担ぎ上げ、場所を変えて、再度床に転がす。
「はっ、はっ、・・・はぁっ、はぁっ・・・。」
自分を見失いそうになりながら、息を整え、必死に正気を保とうとするその顔が、また愉快だった。
あの人の、ドタマに来た顔なんて、見たことがない。だけど、妙にリアルに想像できる。この男の、このザマを見ていると。俺は背筋が興奮でゾクゾクするのを感じた。
「さ、ちょっと寒いけど、我慢してくれよな。」
俺はその男から衣類を剥ぎ取ろうと、闇雲に男が巻き付けている布類を引っ張る。執務服だかなんだか知らないが、やたらと面倒な服を着込むなよな?
「・・・こ、かい・・・する・・ぜ。」
後悔するぜ?ったく。後悔するのはアンタだよ。
俺は失笑して、もう一度、今度はねっとりと男の唇に自分の唇を絡めて。自分の後頭部に絡みつく腕をそのままにしてやることで、男を黙らせる。
「んんっっふ、ぁ・・・ぁあっ・・・。」
そうさ、そうやって貪ってりゃいいんだよ。今更、チンケなお説教なぞ真っ平だぜ。
俺は脳裏で男を笑った。

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その者にしては、少々焦り気味のノック音がして、扉が小さく開かれる。
「そろそろ・・・来る頃ではないかと思っていた。」
急いでいるだろう、とこちらから声をかけると、水の守護聖は足音をさせずにすぃと素早く執務机までの距離を詰める。
「突然申し訳ありません。」
口早に、胸元に右手を当てながら、ソレは水晶球の前に立ち、頭を下げた。しゃらり、と長く明るい色の頭髪が、重力で前に落ちる。
「良い。早速だが、場所だがな。」
こちらから本題を切り出すと、水の守護聖は驚いた様子で顔をはっと上げた。
「・・・。なんだ?炎の・・・場所であろう?」
何を驚く?と私が不審に思って眉を顰めると、
「いえ。すみません・・・。その通りです。」
珍しく、戸惑ったような返答が返ってくる。珍しいな、このようにこの者が私の前で歯切れが悪いのは・・・と、思ったところで、その者の、おそらく意志に反してやけに苦し気に歪んだ表情の理由に思い当たった。
実に興味深いな・・・と私は笑いを漏らしたくなったが、なんとか堪え、軽いため息に変えて誤魔化す。水の守護聖の左手が、固く拳を作って、ぎゅっと一度握り直されたのが目の端に映った。
「急ぐのだろう?・・・あやつの場所は、分からん。が、お前の執務室に・・・宣戦布告の招待状が用意してあるようだぞ。」
私は目を伏せてから、短く告げてやり、
「急ぐのは良いが・・・あまり焦りすぎるな。」
少々おせっかいがすぎるか、とは思いつつ、小さく呟く。
私の言葉を聞いてから、もう一度、水の守護聖は拳を握り締め、
「有り難う存じます。我が儘がすぎまして、申し訳ありません。」
と再度頭を下げて、水の守護聖は素早く踵を返し、部屋を出て行った。
ピンと伸びた後ろ姿は、その迷いのない気持ちを思わせ、その声音は・・・どこかその男の強情さを滲ませているように思った。
「我が儘・・・我が儘か。別段、お前はなんの願い事を申し出た訳でも無かろうに。」
と私は一人、部屋でごち、どうやら周囲に迷惑をかけることをやたらに気に掛けているらしい青年の心情を思って喉の奥で笑った。自分だけの力で解決出来ずに、さぞ、悔しかろうな・・・と思うと、あの苦しげな、済まなそうな表情も妙に面白く思える。このような考え方は、おそらく普段の奴なら「クラヴィス様は、また不謹慎なことを言われる。」と笑うだろうが、私からすれば、「いつも強情を張って私など当てにせぬ、お前が悪い。たまの当てつけくらい許せ。」と言いたいところだ。
私とて、たまには・・・と思ったところで、『少しは古参らしく、後人の者の世話でも焼いたらどうだ?世話を焼かれてばかりではなくな。』と、同僚の嫌味を思い出す。
「フン、これで暫くは私も言い訳のしようがあるというものだな?」
と笑ってから。
奴が焦りすぎなければ、事は運ぶ。後は、妙な仏心が、出なければ良いが。と、やはり、らしくもなく。期待通りになることを願っても無駄な運命とやらに、思いを馳せる。
「いかんな、こうも調子を狂わされてばかりでは。」
私はこめかみに、右手の指先をやってから。ゆっくりと椅子の背に体重を預け、重いため息を吐いて、天井を仰いだ。

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何故、こんなにも怒りの感情が湧き上がってくるのか、と不思議に思う。感情が自分の中で暴走し、荒れ狂った嵐のようにヒステリックに胸を駆ける。
だが、どこかそれを冷静に分析している自分も居た。

執務室に戻ると、部屋の床にクラヴィス様の言った、招待状らしきものが差し入れられている。早速、差出人も宛て名もないその封筒の封を切ると、そこには20数カ所のオスカー管理下の建物の場所が記されていた。
―なめた真似を、してくれるじゃないか。
なりふり構わず捜索しろとでも言うのか?誰が、思い通りになどなるものか。執務机に移動し、リストにある番地から、立地条件が適さない物を引き、候補地を絞り込む。残ったのは8箇所。
一人で総当たりすれば、最悪3日間程度か。足跡を残しても良ければ一日で済むところだが。残さないためには移動手段が限られる。
知らず、眉根が寄って、笑いが漏れた。
「ふっ・・・ははっ。」
らしくもなく、焦りと怒りに高鳴る鼓動。僅かに指先が震えていた。味わったことのない、感覚。
だが、どこかでそれを冷静に分析する自分は気づき始めているのかもしれない。
あの男は、私が其処に辿り着くまでにへばるようなやわではない・・・と彼のポテンシャルをどこか・・・信頼している自分に。

招待状に記述された内容を頭に叩き込み、ダッシュボードからマッチと香用のアッシュトレイを取り出す。有り難い招待状がきっちりと灰になったのを見送って、席を立った。

「フード付の、塵除けが要りますね。」
問題なのは、あの男が、へばるかどうかなどという問題ではない。問題なのは。・・・問題、なのはっっ!!
拳を衝動的に振り上げ、机に叩き降ろそうとして、寸でで、踏みとどまる。が、勢いを殺しきることが出来なかったのか、コツリ、と小さく天板に拳が当たる、乾いた音が鳴った。
湧き上がる怒りと、それを通り越した後の妙に冴え冴えとした、この感覚。感情は、ゆらゆらと、その間を行ったり来たり。
もう一度、ダッシュボードを開け、小太刀を取り出した。こういうあからさまな凶器は、普段は持ち歩かない。万が一に言い訳が利くように、美しい装飾が施され、美術品としても通るそれを、袖に忍ばせる。

瞼の裏にはいつでも、あのギラギラと光を放つ硝子玉がある。
一度ぎゅぅっと力を込めて目を瞑ってから。髪を高く結いあげて、息を吸い込む。
「では、鬼退治と・・・いきますか。」
小さく言って苦笑した。
何も、鬼退治は正義の味方の専売特許じゃあるまい、と。

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「なんなんですか、このエロい物体は・・・。」
思わず一瞬、素に戻ってしまった。男を裸に剥いて、床に転がすと、シャラン、と小さな金属音がしたのだ。なんだ?と思って仰向かせると、臍と乳首にボディピアスが装着され、それが細い金のチェーンで結ばれていた。
「し、ら・・・ねっ・・・。」
わなわなと震えながら、男はやっとやっとで返事をする。頬が紅くなっているのは羞恥心からだろうか?目尻には涙が溜まっていたが、おそらくこれは薬物が原因の生理現象だろう。こんな大男相手に欲情するなんて兄貴はどうかしている・・・と思っていたのだが。
どっちの趣味だか知らないが、随分とエロっちぃ格好だ。それに・・・普段、力に満ちて自信満々のこの男が、理由がなんであれ、やたらと弱っている状態はそれだけでも妙に扇情的にみえる。しかも、ここまで弱っていて、絶体絶命の状態であるにも関わらず、その瞳は度々、起死回生のチャンスを狙っているのだとばかりに、ギラギラと反抗的に光るのだ。イライラさせられると同時に、絶対に屈服させてやる、という支配欲が、ジリジリと胸を焦がした。
男の四肢は、痺れているために、緩慢な動きがせいぜいで、拘束の必要はない。備え付けのソファからクッションをいくつか持ってきて、男の背にあててやり、男が脱力しても座った姿勢を保てるようにしてから、俺はその隣に座り。徐に、そのチェーンをつまみ上げた。
「いぃぃ・・・・てっっ・・・・!!」
大きな声と共に、四肢がガクガクと大きく震える。ぎゅっと瞑られた瞼と、睫までもが痙攣していた。なんだ、やっぱり痛いのか。と俺は少々がっかりする。てっきり、「強さの守護聖様は筋金入りのマゾ」という面白い落ちなのかと思ったのだが。
が、痛みが一通り治まったのか、暫くすると、俺の身体に、身体をすり寄せて手を伸ばしてくる。どうやらこの距離だと手を伸ばさずにいられないらしい。その、伸びた腕を窘めるかのように、もう一方の手の人差し指を、男は自分の口に持って行き、ギリギリと噛み締め始めた。
そんなにしたら、血がでちまう・・・と一瞬ふざけた感情が脳裏を過ぎった。ははは、血がでちまうも何もねぇっての。
八つ当たりにも近かったが、俺はイラッとして、乱暴に男の胸を引き寄せ、ピアスごと、胸を強く吸った。
「アアアァァッッっっ!!」
と、嬌声なのか悲鳴なのか分からない上ずった声があがり、男の背がぐっと反り上がる。が、それでは結局、俺に胸を押しつけるハメになる。分かってやっているのかどうかはともかく、俺はリクエストに応えて、それを舌先で弄んでから、再度口に含んだ。歯が当たる度に、口の中でカチ、カチと小さな金属音がする。先は吸えば吸うほどに、固くなる。どうやらこれは好きらしい。男の腕はブルブル震えながら、俺の肩を必死に掴んでいた。薬のせいか、大して力は入っていなかったが・・・。
「ハッ、ァ、ァ・・・。」
熱い・・・。男の汗と自分の唾液が混じった液体をやたらに美味い、と感じるのはおそらく俺も薬の影響を受けているのだろう。
「ウッゥッ、する・・・な、ら・・・ハッヤクッッ・・・し・・・ロッ。」
いつまでもそこを弄んでいる俺に焦れたのか、肩から髪にしがみつく先を変え、男は小さく言った。目尻から落ちた涙が、頬を伝っていく。頭髪を柔らかく、かき混ぜるように掴まれて、快感がゾクッと背を走り、俺は嗤った。
「アンタ、それ態とやってんのか?」
それとも、力が入らないから?
チゥ、と強く吸いながら、チェーンを引っ張る。
「アゥッ!ウゥッンっっ・・・・・ハッやくっっ!」
上ずった掠れ声でねだられて、俺は仕方なしに乳首を解放してずり上がる。噛み締められた指を外そうと俺が手を伸ばすと、男は自ら指を噛むのをやめて、ずり上がってきた俺の頭を両手で抱え込んだ。引き寄せたいのかなんなのか、もどかしそうに震えている下唇を俺は殊更ゆっくりと口に含んだ。
「ンンッ!」
そうじゃない、とばかりに、男は顔を僅かに振るって俺の唇を外すと、キスをし直して、舌を入れてくる。俺が歯をがっちり合わせたまま、中への進入を拒んでいると、歯列をいったりきたり、舌先でなぞりながら、重力で伝い落ちてくる唾液を、喉を鳴らして飲み干した。
ずっと何かに耐えるように寄っていた眉間の皺が、ほんの僅か、緩む。
「そんなに美味い?」
笑いながら、今度は俺から口づける。ピクッ、と俺の台詞に眉が反応して動いたが、舌を入れようとすると、なんなく男はそれを受け入れ、もっとだ、とばかりに絡めてくる。瞼を震わせながら、呼吸をするの間も惜しむように、口づけられ、俺は薬の効果に舌を巻いた。一方で、さすが女っ誑しの異名は伊達じゃないな、と感心する。薬で動きが制限されていてこれだ、きっと正常な時にしたらさぞや・・・と下世話なことを考える。
男の舌の動きをコピーするように、舌を絡め、強く搾り取るように吸うと、「フ・・・ッンッ!」と、男は鼻を鳴らした。気持ちよくなっちゃってまぁ・・・と俺は右手で例のピアスごと、乳首を強く抓る。
「ウアァッッ!」
急激な痛みに色気も素っ気もない悲鳴が上がるが、男は離れそうになった唇を必死につなぎ止めようとする。今度は口を強く吸いながら、抓った乳首の力を緩めて、クリクリと捏ねるように刺激すると、身体全体がビクンッと大きく一度跳ねた。跳ねた拍子に口が外れ、「アァッハッッ!」甘い吐息が漏れる。
「・・・ヤラしい声だな。いつもそんな声出して、リュミエール様と?」
耳元で囁けば、先ほどとは打って変わって、その台詞にギクリと男の身体が強ばった。
「なに、を・・・いっ・・・て・・・。」
男は、ずっと瞑っていた重たい瞼を、僅かに開けて、俺の瞳を見た。うっすらと覗く、アイスブルー。綺麗な綺麗な、硝子玉。それを眺めながら、頬に残った涙の跡を少し舐める。やっぱり美味いな、と俺はどうでもいいことを考えた。
「今更、取り繕うのは止めましょうよ?『そう』なんでしょう?」
俺は乳首を解放して、下半身に手を伸ばし、既に屹立しているそれをキュッ、と握り込んだ。
「ンンッッ!!」
男は僅かに身じろぎしてから、
「ち・・・がっっ・・・!」
否定の言葉を口にする。根本を握り込んだままに、先走りの液を親指で弄んで、俺は震えながら否定する男の顔を眺めた。今更、否定して、どうなるものでもないだろうに。何を意地張っているんだか。
「へぇ、それじゃあ、リュミエール様は『愛しの君』じゃあないんですか?」
先端に液をたっぷりとつけて、ゆっくりと擦る。小さな呻き声を上げながら、焦れたのか、俺の問いを否定しているのか、男はゆっくりと顔を背けた。「ウッウッ・・・」断続的な声は、啜り泣いているようにも聞こえる。
「それなら、あの人が壊れてしまっても、オスカー様は大丈夫ですね?」
男の身体は再度、固まった。俺も手の動きを止める。
「な、・・・んだ、と・・・?」
ああ、そう。そういう顔が見たかったんだよ。
阿呆のように、僅かに開いた唇。見開かれた瞳。瞳孔がキュッと締まると、その瞳は、尚更人の物には見えない。
「ハッ!まるで正気に戻ったみたいな顔だな。そうこなくっちゃ。」
俺は、ギュギュギュッと強くそれを握った。唇をかみ締めて、男は目を瞑る。
「ゲームに勝つには、もう少しアンタを痛めつけておかないとな?大丈夫。万が一にも、アンタを殺しちまったら、俺は全然浮かばれない。だから、必要最低限で済ませるさ。」
唇を塞いで、下も動きを早めてやる。熱い息が鼻から抜けて、俺の頬を撫でた。早ければ、とうに捜索が始まっているはずだ。急がないとな・・・俺は脳裏で、愕然と瞳を見開く、あの青白い人を思い浮かべた。
糸を引かせながら、唇を剥がすと、今度は男は再度の口づけをねだらずに、唇を震わせながら、小さな声で言った。
「あい、つを・・・」
唾液を途中で飲み下して、
「巻き・・・込、む、な・・・。」
と続ける。
「分かってないな、主様?『それ』だからこそ、俺はあの人を巻き込むんだよ。」
唇を近づけて、低く唸る。
「ち、がっ・・・。お、ま、えの・・・た、めっ・・・・だっ。」
欲求に耐えてか、ブルブルと震えながら、男は必死に言葉を紡ぐ。
睫から僅かに覗く。薄い色。
「『俺の為に』は、俺が考えてる。何をぶっこいてんだ、アンタ。」
前髪を乱暴に掴み、クッションに男の頭部を押しつけて、吐き捨てるように言ってやった。ほんの少し、潤んだような、薄い色の硝子玉。兄貴は、これが欲しかったんだ。きっと。
「よ・・・・せっ・・・・。」
俺はせっかく濡らした手を、頭を固定するのに使っちまったので、空いた左手を自分の唾液で濡らし、男の下腹部をぞろり、と撫でながら下る。
「早く、イカせて欲しいんでしたっけ?」
本当は、早く唾液でもなんでも、注いで欲しいんだよな?
態と間違って解釈してやることにして、俺は目を細めて笑った。


終。
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