月の赤ん坊



誰が歌っているのだろう?
誰が叫んでいるのだろう?

なんでもないよ、と声がする。
どうしてそんなに、いつも、独りで。
今にも折れそうな、そんな表情で。
貴方は・・・笑っているの?

--

「毎度ー!チャーリーでッす。」
納品ついでに寄った執務室の扉の前で、大きな声で名乗りを上げて、その部屋に入る。
と、開けるや否や、
「ノック二回。返事を待ってから入れと、何回言ったら分かるんだ、お前は・・・。」
不機嫌な、唸るように低い声。はぁ、と吐き出されたため息と同時に、節くれ立って長い指が、眉間の辺りを一度撫でる。
低い声なのに、この距離ではっきりと聞こえるのは、この人の声が聞き取りやすいからなんか、それとも口跡がはっきりしてるからなんか・・・と俺は付けられた文句とは無関係なところが気になって、結局今日も、そのルールを覚えないままに、話を続けた。
「まあまあ、納品のついでにお顔を見とこと、思って寄ったんですわ。今日、花金ですやん?飲みに行きましょ!飲みに!」
知らず弾む声でねだる。
「納品?宮殿に??」
形の良い眉が片方、くいぃ、と訝しむように上がる。うーん。眉があがりすぎですわ。いや、そんなお顔もなかなか・・・ってちゃうわ。
「ええ。まあ、顧客情報は秘密ですから答えられませんが。それより飲みに行きましょー!執務終わるの何時頃になります?待ちまっせー!」
執務机に両手をつっぱるようにして、書類に目を通し続ける赤い頭を上から見下ろす。
「残念だが・・・今日も明日も先約だ。悪いな。」
誘いを断るときは、大抵本当に残念そうに告げるはずのその人は、どこか言いにくそうに、目を合わせずに告げた。ここのところ、断り方はいつもこのパターンだ。これまでは、「その日はもう予定入れちまった。すまんが、他の日にしろ。」とか、いつもそんな調子で、都合がつかなくても次の予定を組んでもらえたのだが・・・。
「なーんか、つまらんっすわ。最近、オスカー様・・・付き合い悪いんとちゃいます?」
唇の先を尖らせて、腕を組み、軽めの抗議を入れる。
「そうかもな。」
意外すぎる、ストレートな返事が淡泊な声で返ってきて、俺は驚愕のあまり、瞑っていた瞼をぱちくり、と大きく開いて、もう一度その紅い頭を上から眺める。と、ゆっくりとその頭が上を向き、真剣な色のアイスブルーがこちらの瞳を捉えた。

う・・・。

その表情も、瞳も、ちょっと威力がきつすぎるんちゃいます?俺は自分の耳がほんのり温度を上げるのをぼんやりと感じる。
下がってきた眼鏡をくぃと中指で持ちあげて、間を持たせつつ、回転を止めた脳みそを、いいから回りぃや、と叱咤する。
「恋人でも?」
気を取り直して、にっこりと笑い顔を作りながら、その瞳を見返す。
今度は、アイスブルーがぱちくり、と大きく目を開かせる番だった。しばらく俺の眼鏡の奥をそのまま眺めた後、にや、と見慣れた不敵な笑みを浮かべて、
「そんな素敵な人がいたらな、俺はお前がもう聞きたくないって思うくらいまで自慢してやるぜ?」
と尤もな反論をした後、指先を顎にかけて、しばし思案に耽り、
「そうだな・・・。すごく手の掛かる動物を拾っちまったんだ。拾っちまった以上、捨てるわけにもいかないだろ?・・・だから、結構な時間を其奴に取られちまうのさ。」
と、小さくため息をつきながら、仕方ないだろ?とばかりに肩を竦めた。
何かのメタファーだろうと思ったが、それが何のメタファーなのか分からない。つまり、
「俺は蚊帳の外って訳ですか。」
俺は、コミカルに見えるように、やや大げさにハァーーーーーーーーーー、とため息をつく。
そして、何かをいいかけたその人を、右手で軽く制し、
「いや!いいんです。飲み友達が一人減ったのは、俺にとってヒッジョーーーーに残念です。残念ですけど、まあ、仕方ないですわ。ほんじゃまた、ペットが脱走でもして、フリーになったら教えてください。」
と、首をがっくりと、前に擡げたままに、言った。
「脱走か・・・。そりゃいいな。」
ククク、と喉を鳴らして肩を寄せて笑い、
「そうだな、その時には声をかける。」
その笑いが混じった声で、応えた。
・・・なんだか妙に憎たらしい。その鼻の先を摘んで、何がそんなにおかしいんです?と言ってやりたい衝動に駆られるが、それはさすがにイカンやろ。と、自分を宥めて、俺はその人に背を向けた。
「待つともなく、待ってますぅー。」
とやる気なく言い捨て、俺は片手を上げて「ほんなら」の合図に二度、素早くグーとパーを交互に繰り出し、その執務室を出た。

・・・なんやねん、動物って。女とちゃうんかな、でも確かに女が出来たんやったら、もっと自慢しそうやなあ・・・。むぅ。
ぶちぶちと不満を口の中に吐き出しながらも、暫くの間、直接拝むことの出来た薄い色の瞳を思い出す。
蜻蛉玉にでもしたら高く売れそうな、良い色なんやけど・・・うーん・・・。なんか嫌われるようなことしたんかなー。
いやいや、何事も切り替えが大事やっ!!
いい男もいい女も、この世には腐るほど居る!特にここ聖地ではっっ!!
拳をぐっと握り込んで、俺は夕闇に包まれつつある空を睨み付けた。

しっかし、金の曜日の夜に予定なしで帰るのもなー。と、彷徨きがてら、庭園脇のオープンカフェに、見知った「頭」を見つけた。
既に周囲の空気に闇が降り始めて、辺りを見わけにくい状態になっているにもかかわらず、テラスのテーブルの上の、小さなキャンドル一本の明かりで十分に光りを放っている明るい金髪。しかも、その前髪は明るいピンク色に染色されている。
キャンドルに照らし出された、その横顔に思わず、足を止める。
伏し目がちにされた目の先に、キャンドルに翳された長い爪。
いつも明るいその人に似合わないような、つまらなそうな顔は何処か、悲しい雰囲気。オリヴィエ様の、その表情。以前にもどっかで見たような・・・。
「オリヴィエ様?」
俺は、ひょい、と腰を90度に折り曲げて、その顔の前に顔を突き出した。
「何か用?」
憂鬱だってのに、目の前に不快な物が突然現れたんだけど、なんとかしてくれない?とでもいった険呑さで。不機嫌そうに、片眉を上げ、華奢な肩をむき出しにしている麗人は低く唸った。この時間に既に私服なのは、さすがというべきか・・・。
しかし・・・なんやろ、今日は俺、厄日なんかしら?
腰を曲げたままに、青筋を立てて、視界を遮る髪を掻き上げつつ、
「ははは。いや、ただの通りすがりの者でっす。」
乾いた笑いを返した。変に絡むと切って捨てられそうな、険呑な瞳に、ビビったのかもしれない。
そのまま、立ち去ろうとしたが、
「はっ・・・。」
と、ため息か笑い声か分からないような息の吐き出され方をされ。妙に気になって勝手に腰が、その人の向かいの席に、すとん、と吸い寄せられるように落ちる。
その表情を、どこで見たのか思い出した。
「・・・。通りすがりじゃなかったわけ?」
頬杖をついて、立体的にデコレーションされた長い爪を、その頬に絡ませながら、オリヴィエ様は引き続き、実につまらなそうな顔つきで悪態をついた。
「通りすがりの商人は、暇を持て余していて。何やら物憂げな美しい方に興味を持ってしまいました。」
にこ、と出来るだけ明るめで、健全な笑顔を作りつつ、同じように頬杖をついてみる。
じじじ、と俺とオリヴィエ様の間にある、キャンドルが小さな羽虫を焼く音がした。
「物憂げな御仁、何かひとつ、お売りしましょうか?」
俺は、手慰みのつもりで、ポケットから適当に手持ちの石を二つ取り出した。二つとも、傷や不純物混じりの天然石で、ただの石ころといっても過言ではない。
つまらなそうにキャンドルの辺りに見るともなく落とされた視線の先に、その二つの石を並べる。
「ここだけの話。実はこの石、不思議な力があるらしいんですわ。こっちの青と緑のマーブル模様の石は、青騎士の石。こちらの真っ赤っかーな石は、赤騎士の石なんです。」
どこか焦点の合わない視線をテーブルに落としたまま、麗人は微動だにしない。
「赤騎士と青騎士は仲が悪くて、喧嘩ばかりして、傷つけ合うんです。例えば・・・・。」
俺はキャンドルの上から手を伸ばし、その二つの石の上に手を翳す。
「こんな風に!!」
バチッッッ!!
キャンドルの上で一度火花が散る。俺は、一瞬だけ見開かれた目に満足して、目を細め、自分の手を石の上から退けた。
石はどちらも真っ二つに割れてしまっている。
「ね?仲が悪いでしょ?」
俺はオリヴィエ様の瞳を見つめた。けれど、ダークブルーはつまらなそうな色を取り戻して、割れてしまった石に注がれたままだ。
「仲が悪い二人の騎士を従えている王様は、とっても困ってました。どちらも大変な戦力になるのに、喧嘩ばかりでは、使い物になりませんからね。そこで、赤騎士の友人でもあり、青騎士の友人でもある、吟遊詩人を呼びました。」
語りながら、ポケットから、更に紫色の石ころを取り出して、割れた二つの石の間に置く。
「二人に何か・・・歌ってやってくれないか?」
ハミングで適当に歌を歌って、再び今度は三つの石の上に手を翳し、そのまま握り込む。
そして、指先を上にして、ゆっくりとその拳を開いた。

オリヴィエ様の視線は、今度こそ、そこに集中していた。
赤銅色の細工物のピアスに、ルビーとサファイアと、アメジストが、小さな菱形にカットされて、それぞれ鎖状に連ねてぶら下がっている。全体で長さは5、6センチ程度の結構大ぶりな耳飾りが、俺の手のひらの上に在った。
「安物ですけど。細工が凝ってるのと、ルビー、アメジスト、サファイアって順番に鎖が並んでるから、グラデーションっぽいでしょう?」
「・・・・。綺麗。」
指先が、それをつまみ上げてキャンドルの明かりに晒す。カットの断面に合わせて、テーブルの上であちらこちらに、鮮やかな、小さな光の粒が踊った。
若干明るくなった表情に、
「綺麗なのは、貴方ですよ。・・・・・・なーあんちゃって、あ!お姉ちゃん、アイスコーヒーひとつ!」
臭すぎる軽口が唇を付いて出て、それをあわててごまかす。
「お姉さん。今のコーヒー、キャンセル。」
えぇー?もうちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃないですか。と、あっさり却下された俺のドリンクを想って唇を尖らすと、
「これのお代は、本日の酒代でいいかしら?商人さん。」
しゃら、とさっきのピアスを耳元に当てて、オリヴィエ様の色づいた唇が、悪戯っぽく笑った。
「ほ、ほんまにっ?!いいんですか?」
俺は思わずガタンッッと席を立つ。
「行きたくないなら、アタシ一人で行くから。」
指先をひらひらと動かされ、危うく置き去りをくらうところで、俺はその軽やかな足取りを追いかけた。

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「外」に出て、適当に選んで入ったカジュアルバーに入ったとたん、私達二人は周囲からざわめきの祝福を受ける。目立つのは嫌いじゃない。でもどうせなら、アタシ一人がその対象であって欲しい。
ほとんどスタンド状態の高いテーブルとイスの席を選んで腰を落ち着けた。
「そういえば、あの子、どうしてます?なんだかサクリアが安定してないって噂ですけど。」
つまみ代わりに頼んだペペロンチーノをやや乱暴に口に運びながら、突然チャーリーは頭の痛いことを聞く。
「どっから仕入れたのよ、その話。・・・お酒まずくなるから、仕事の話はやめてくれる?」
思わず不機嫌に眉が上がり、テーブルにおいたグラスも若干剣呑な音を立てる。
その様子に、ふーん、と鼻を鳴らして、
「はーい。すんません。」
もう一口運びながら、社交辞令まるだしの声が言う。
「ほんじゃ、オスカー様が飼い始めたって動物の話は?知ってはります?」
次に振られた話題もやはり今触れたくない話題だ。
「話題振らせておいて悪いけど、それもパス。」
私は軽く手を振ってジェスチャーを加える。
「・・・ってことは、オリヴィエ様は知ってるんや。」
男は自嘲気味に少し笑い、指先でウィスキーグラスの口を上から五本指でつまむように持ちあげて、ゆっくり振った。
カラ、
と中で氷が音を立てる。そのグラスの中を、じっと観察してから、アタシは言った。
「さあね。どっちにしろ、おもしろい話題ではないと思うけど?」
知らず、クス、と自分の口から笑いが漏れたと同時くらいに、
「なんちゅうか、変じゃありません?最近。オスカー様も、オリヴィエ様もらしくない・・・というと、大して知りもせんのに、失礼か分かりませんけど。」
思い切ったように、一気に吐き出すように言われて、多少面食らう。
「かもね。」
外から見てたら、そりゃ焦れったいか、と多少チャーリーの置かれた立場も理解して、私は笑ってみせ、
「いいじゃん。今日はそういうの、忘れて飲みたいんだってば☆」
と、グラスを傾けてウィンクした。
前から思ってたことだけど、チャーリーは話が下手じゃない。多少の誇張を交えて、日頃のつまらない自分の失敗を笑い話にするのが結構うまい。そこからは、互いにつまらない話を面白おかしく披露しあって、適度に楽しく飲んだ。
飲んだの・・・だが。

「アンタねぇ・・・。」
既に潰れかかっている男を自分の肩を使って半分担ぎながら、アタシはため息を付く。
「その年で自分の酒量分かってないってマジで最悪。」
悪態も思わず、きつくなった。
「いえ、俺はまだ行けますって。っちゅうか、オリヴィエ様が強すぎ?」
最後に水を大量に(無理矢理)飲ませたのが効いたのか、先程までよりは幾分かしっかりした声が帰って来て、アタシは自分の肩をその男の肩の下から抜く。
ふら、と一瞬ふらつくが、どうやら一人で立てるわね、よし、ここでバイバーイ・・・と思ったところで、ばったりと男は路上に身体を投げた。
「・・・クソッタレ・・・。」
誰かを真似して、アタシは口汚く、低い声で小さく吐き出す。
はっはー!!こーんな言葉遣いも声も、アタシみたいな美しい男にはまーーーーったく似合わないわよね?こういうのが似合うのは獣と人間の合いの子レベルで進化がとまっちまった男だけだわよ!
ずり、とアタシの肩から、羽織っていた透かし編みのショールがずり落ちる。
腰に片手を当てて、片手で額を覆い、繁華街の中、泣きたい気分で天を仰いだ。なーんでこんな役目ばっかな訳、アタシ。どう考えても貧乏くじでしょ。やんなっちゃう。
「アタシ、体力自慢じゃないんだってば。敏捷さのステータスなら自信ありなんだけど・・・。」
ほとんど気を失うようにして、脱力している男の肩をもう一度担ぐ。
「オスカーよりはマシだけど・・・、重い。」
こんなことやってると、何度となく手間をかけさせ、友人に手間をかけさせたことをさっさと忘却することにかけては右に出るものはいない、という、はた迷惑な友人と飲み歩いていた頃を思い出す。
「オリ、ヴィエ・・・」
耳元で名を呼ばれて、はっと、間近にある貌を振り返る。一瞬、赤い髪の男の顔とその男の顔とが重なって見えた。瞑られた目。ほんの少し寄せられた眉。酔っ払いの寝顔は、酒の香りがしなかったら、デスマスクのように見えるのは何故なのか。
「・・・さ、ま。」
??
あ、「オリヴィエ」「様」、か。
知らず、口から漏れた笑いを見送った。

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結局、繁華街からはさほど離れていないシティホテルで外泊コースだ。
こうなってくると本気でシンクロしてくる。

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「また外泊か。」
自分の足で立つのがやっとのくせに、男はロビーで悪態をつくのは忘れない。
「つかラストの酒場は覚えてるわけ?」
「・・・。」
「あのねぇ・・・。」
「お前がっ・・・ジュリアス様の悪口を言うから酒が深くなったんだ・・・その後は・・・うー飲み過ぎだ。さすがに気分が悪い。」
他人の肩を勝手につかい、男は上から体重を乗せてくる。10センチ近い身長差のせいもあるが、重い・・・とは思いながら。肩先に乗せられた細い顎を眺めてまあいいか、と許す自分に呆れて。
「・・・その後は、アンタのリュミちゃんの悪口、でしょ?」
「ふん・・・、俺は他人の悪口を言うほど狭量な男じゃない。」
少し伏し目がちなその目は、ぱっと見、拗ねているように見える。
「・・・。」
「なんでそこで失笑だ?失礼な奴だな。」
「んーん。寝言は寝ていってよね〜♪と思っただけ☆ほらっ、部屋上がるわよ?」
フロントから手渡されたキーのホルダーをその額に押しつけて顎をどかせる。
--

部屋のキーを二つ受け取って、エレベーターに男をかつぎ込み、上へ。

--
「後ろから見ると本気で女みたいだ。」
ほとんどエレベーター内のミラーに体を預けてしまっている男が背後から声をかけ、アタシは振り返って誘うような表情をつくり、笑う。
「襲ってみる?」
途端、ほんのり上気していた頬から血の気を引かせて男は青筋をたてる。
「や〜ね〜。マジになってびびらないでよ。」
とひらひらと手を振りふり、声をたてて笑えば、
「き、気色悪い冗談はよせ!!」
と、どこかほっとしたような怒鳴り声を返して、男はずりずりと背中を擦りながら床に体育座りした。
「ついたわよ。水飲んでから寝てよね〜。おやすみぃ〜♪」
アタシはエレベーターのドアを背中で押さえて開けっ放しにし、炎の守護聖がのろのろと立ち上がって、出て行く様を見送った。
見送り終わってから目を瞑り、そのままに、数秒を数える。
目を覚まそうとする何かが、自分の中で諦めて、眠りにつくまで。
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酔いの勢いに任せて手を出したりする間抜けな羽目にならないために、必ず部屋は二つとり、出来る限り早めのタイミングで別れる。が・・・
「完全に潰れてる相手をそのままにしておくわけにもいかないしねぇ・・・。いや、体力自慢の彼奴なら、最悪捨てて行くってのもありっちゃーありなんだけど・・・。」
どう考えてもこの男にあの男ほどのバイタリティがあるとも思えず。加えて、幸いなことに酔った勢いでアタシがこの男に手を出す心配はない。
「チャーリー?意識ある?部屋取ったんだけど・・・自分で水飲める?」
肩を揺すって声をかけるも、ぶらぶらとまるでくたびれた人形のそれのように揺れる頭は、案の定、反応を返さない。仕方なく、腰骨を相手の身体に入れて、その男の体重を手放しで支えるように固定し、部屋を解錠。
「手間をかけさせる男だねぇー。アンタも。聖地はなんでこんなんばっかなのかしら。」
一度独りで愚痴り始めると、最早それはとどまる気配がない。
入り口の壁に体重を掛けながら、男を中に引きずり込む。ルームランプとエアコンが自動につき、背後でドアが閉まって、鍵の掛かる無機質な音がした。
色気もそっけもあったもんじゃない。だんだん腹が立ってきて、些か乱暴にその男をベッドの上に放り投げる。
ばすっ、
とスプリングにはじき返されて、その身体が少し弾んだ。アタシよりタッパも体重もある男を、ここまでほぼ担いで運んできたアタシに、誰か褒め言葉はないのか!若干汗ばんだ頭を冷やすために、ばさばさと、髪をもみ上げて、中に風を通す。
「うぅ・・・み、ず・・・。」
褒め言葉にはほど遠い呻き声の返事が返ってきた。
備え付けの冷蔵庫からペットのミネラルウォーターを取り出して、ベッドに腰掛け、膝より上の身体をうつぶせにベッドに投げ出している男の頬に当てる。
羽毛布団に埋まり掛かっている顔のパーツが、ぎゅ、と中央に精一杯寄った。
「ほら。起きて。」
ぺちぺち、と、少々乱暴に、もう二回ボトルの側面をそこに当て、自力で起きてよ、と促す。
「すんませ・・・。」
冷たさに正気が少し戻ってきたらしい。迷惑をかけているという自覚はあるわけだ。男はゆっくりとベッドに手をついて上半身を起こし、水を受け取った。ほとんど真っ逆さまにボトルを傾けて、自分の口に流し込む。
ごごご、とすごい勢いで吸い込まれていく水をみて、アタシは些か吃驚。
ど、どうやって飲み干しているのかしら。
「?・・・なんですの?」
飲み終わった男は少しは冷めたのか、まだ酔っぱらいの甘えた調子は残っているものの、さっきよりは、いくらか確からしい声で言った。
「いや、すごい飲み干し方だと思って・・・」
と、言いながら、喉元を指さした・・・ところで、その指先を、わしゃっと乱暴に一掴みにされ。チャーリーは背中からベッドに倒れ込むのに合わせて、ぐい、とその手を引いた。つられるように、チャーリーの上にアタシは倒れ込む羽目になる。
「オリヴィエ様、軽ぅ・・・女の人みたいや。カルシウム、足りてます?」
むにゃむにゃしつつもチャーリーはそのままアタシの頭を空いた腕で抱え込み。その行為に、ほっほー、とアタシは呆れかえる。
「チャーリー、アンタ酔ってこういう事するタイプなんだ?」
目の前にある鼻の頭を指先で弾く。
「いてっ!」
チャーリーは顔を一度くしゃっとさせてから、鼻の頭を指先で撫でて、
「俺に言わせれば・・・酔わないでこんなこと出来る人の方が、どうかしてますよ♪」
と、冗談か本気か分からないような口調で言う。おそらく、おどけた調子でごまかしているだけで、本気だ。

こいつも思春期未満のクチかっっ?!

アタシは男の身体の脇に肘を付き、そっぽを向いて息を深く吐いた。ったく・・・。
「・・・?どうかしました?」
冷めた口調で言いながら、よっこいしょ、とお腹に乗り上げていたアタシの顔を胸元あたりまで引き上げる。
「いい加減にしときな。坊や。」
些かマジな声音をつくって、アタシは両手を突っ張って、身体を乗り上げ、その顔を真正面に捉えて言ってやった。
「睨み顔も綺麗なんや・・・。睫バショバショやし。」
バショバショ??
「あのねぇ、アタシは女じゃないの。本気で抱けるとでも思ってんの?」
真面目にいっても分からない奴に真面目に説教するほど、アタシは馬鹿でもお人好しでもない。険呑に鼻先で笑い飛ばしてやって、
「馬鹿馬鹿しい。」
と、身体を起こそうとした。が、
「俺、バイなんです♪」
さっきまでのグデグデは何処に行ったの。アタシの腕をぐっと握り込む握力はかなり確かなものだった。
「いい加減に・・・っ!・・・・んんんんっっっ!!!」
堪忍袋の緒がキレて、こっちが渾身の力でその腕を振り払おうとしたところで、無理矢理に後頭部をひっつかまえられて、キスされる。
この・・・酔っぱらいっっ!!
ご丁寧に舌まで入れられて、アタシは目出度く、完全なる「プッツン」を迎えた。脳裏で「こいつ、ブッコロス。」という意思が完全に固まる。
「ぐぁっっ・・・・!!」
「あらぁ☆・・・御免遊ばせ?」
上半身が密着していて、殴るにはあまりに体勢が悪かったので、男の鳩尾に膝を入れてそのまま全体重をかけてやった。アルコールを処理するのにいっぱいいっぱいな内臓さんたちが、さぞ素敵な悲鳴を上げていることでしょうよ。もどすなら、もどせ。アンタが悪い。同情の余地なんか、ナイ。
諦めて、脱力したように、ベッドの上にのびた男をみて、アタシは晴れて自由の身になった自分の身体をそこから引きはがす。
「なん・・・で、そんな・・・辛そうな、顔なんですか?」
ぴっと、踵を返したところに、掠れたような声がかかった。
・・・。
「さっきも、カフェテラスで。一人で、何考えてはったんです?」
別に答える義務なんかない・・・のに。何故か、いつもおどけた調子の声が、ちょっとばかし真剣なものだからか、無視しにくい。
こんな、すちゃらか・ちゃら男の言うことなんて、取り合う必要はない・・・はず。
「オスカー様、ですか?」
「はぁっ?!」
何の脈絡もない、突然の言及に、アタシは何を思う間もなく、反射的に驚愕の声を上げ、振り向いてしまう。
「やっぱ、そぉなんやー。俺も、実はオスカー様狙ってました。」
少しばかし、おどけた調子を取り戻して、男は上半身を起こす。だが、いくらか焦燥感の滲んだ横顔を晒しながら、片手で、付けていた眼鏡を外すと、ベッドサイドボードにカチャ、とおく。その仕草が、話だけでも聞いてくれ、という感じだったからか、なんなのか。片方の足に体重をかけ直して、アタシは腕を組んだ。聞いてやってもいいわよ、という意味で。
しっかし、よくよくあの男も、男にモテる男だわね。と変なところで感心してしまう。
「でも、俺はオリヴィエ様みたいに真剣にはなれへんなー・・・。なんか、今回、オスカー様に一線ひかれたみたいになったんは、ちょっと・・・いや、だいぶ気になりましたけど。」
あんまりに、真剣な声。
「まあいいか、って思ってまうんですわ。いっつも。まあ、いいか。縁がなかったんだろうって。・・・諦めるのは、得意やから。」
肩を竦めて、はぁ、とため息をつく。緑色の頭が仕方ないっすわ、とばかりに小さく力なく、左右に揺れた。
「それって、諦めようとしてるだけでしょ。本気にならないようにしようって、自分から、そうし向けてるだけでしょ。結局。」
アタシは、微妙にイライラする。なーに、甘えたこといってんのよ、いい大人が。
「し向けている・・・そうなんですかね。よくわかりませんけど。」
「アタシなら・・・。」
と、言いかけて。アタシなら?アタシなら、諦めない?
・・・嘘をつけ。今、まさに、自分で自分の手綱を引き締めているじゃないか。
「なんです?」
体育座りした膝の上に、頬杖をついて、男は少しだけ嬉しげな顔で、小首を傾げた。かっと、自分の中で羞恥心が火を噴く。久々の、感覚。
「俺は、オリヴィエ様みたいに、本気になれへん。オリヴィエ様は、本気なんやなーって思いますよ。だからきっと、そんな顔しはるんですわ。俺・・・そういう苦しいのは、ゴメンです。」
どこか、上から見下ろしたみたいな台詞なのに。何故か、その顔は私を羨むように、羨望の眼差しを投げかけてくる。
・・・そんな顔?どんな顔よ?
「めっちゃ色っぽいですけど・・・辛くありません?」
アタシは、言葉に詰まる。なーにいってんのよぉ、と他の誰かに言われたら、きっともっと早い段階で、誤魔化すことが出来たはずなのに。何故この男には、それが出来なかったのだろう。
ペースを見失った自分を、どこかで別の自分が客観的に嗤っている。その自分を、今度は「嗤ってせいぜいカッコつけてれば?」と皮肉る自分もどこかで存在していて。
「ハッ、アタシが、オスカーを?冗談止めてよ・・・。アタシがどんな顔してるように見えるか知らないけどね、アタシは・・・・。」
しまった。口調がヒステリックすぎる。修正しないと・・・。
んでもって、アタシは・・・・。・・・なんだったっけ。
「泣かないで・・・、下さい。」
泣いてないわよ。アンタの目玉がどれだけ故障してるか知らないけれど。アタシは泣いてない。
念のため、指先で自分の目尻を触って確かめる。ほら、やっぱり泣いてなんかない。
男は立ち上がって、アタシの身体を抱いた。
そうか、これが、この男のテクニックか。そっと抱かれた腕の感触で、アタシは自分が冷静さを取り戻すのを感じた。
「つまんない、手ね。でもいいわ。アタシもフラストレーション溜まってんの。一晩だけなら、つきあったげる。」
どこか、八つ当たりにも似た、けれど、強ち八つ当たりだけとも言えないような、静かな憤りを、この男に感じて。アタシは淡泊に告げた。
「なんか、さっきまでの雰囲気が台無しですけど・・・。」
と苦笑しながら、男はアタシの髪の中に鼻を埋める。
そのまま、優しく耳に落ちてきた口づけに、アタシは、その男をベッドに突きとばした。
「まあ積極的♪」
と、突きとばされて、ベッドで一度軽く弾んだ男は、勢いでふぁさ、と顔にかかった長い髪をどかしながら、どこかおどけた調子で言う。アタシは、その身体の脇に膝をついて、ベッドのスプリングを軋ませた。
額、項、とキスを啄むようにキスをして、そのまま、胸元を両手で開いてそこに鼻を潜り込ませようとする、と。
「なななな、なんか思ってたのと違うよう・・・な?アレ・・・レ?もしかしてオリヴィエ様って・・・。」
青筋を立てて上へ上へと、おびえたようにずり上がっていく男がさっきの態度とは一変、情けなく声を震わす。
「タチ一本(※腐女子語でいうところの総攻)だけど?」
たまに吃驚されることがあるので、その反応には慣れている。
「え、えぇ!?!?ままま、待ってください。お、俺の方がタッパもあるし、見た目的にもどう見ても俺がタチでしょ!?っていうか俺タチ以外経験ないですしっっ!!」
あのねぇ・・・。
「ちょっと。色気のない声だすの止めてくれない?萎える。」
男がずり上がった分を、サンダルを脱ぎ捨てて、アタシも乗り上がり、その鬱陶しい口を塞ぎにかかる。舌を滑り込ますと、まあ遊び人としては及第点の応答が返ってきた。一通り堪能した後で、ふん、とばかりに思い切りその舌をねじ切るようなつもりで吸い上げてやる。アルコールの香りが鼻をつく。まあでも、ウィスキーの香りは悪くはない。
「ふっ・・・うっ・・・。」
こちらが解放するタイミングで、男は小さく息を上げて、くてん、と脱力。オスカーの方がキスはうまかったな、とアタシは無意識に訳の分からん冷静な評を下す。
「い、いや、テクニックではオリヴィエ様に負けたかもしれませんけど・・・。ネコは無理ですって・・・。絶対無理・・・。じゃ、じゃんけんにしましょうよー。状況としてはフィフティでしょ?」
往生際の悪い・・・。
「アンタが無理矢理誘ったんでしょうが。」
フィフティな訳があるか、と人差し指をその鼻の先にくっつけて、アタシは座った視線を真っ向から送る。
「・・すんません。」
男は完全に気圧されたらしく、小さくなっている。
「あ!!そ、そうだ、それじゃ、俺この件は持ち帰って検討させてください!」
と、今度は思いついた、とばかりに笑顔の懇願。と、共に身体を無理矢理起こそうとする。ので、
「却下。もう遅い。」
アタシは低く唸って、それをさせまいと、身体をぎゅ、と近づけて上からのしかかる。アタシの身体の影が、その男の顔にかかって表情を曇らせる。
・・・なんだろう。さっきまでは別にそうでもなかったんだけど、妙に今のやりとりでムラっと来た。
がっくりと項垂れてルルル、と泣き真似を始める男を尻目に、アタシは、はだけた胸元から手を入れて、肩を露わにさせる。細身の割には、しっかりとした筋肉がついていて、思ったより健康的な体つき。
その肩に吸い付きながら、少々荒っぽく全部脱がす。脱がし終わった服をえい、と蹴り飛ばしてベッドの外に追いやった。
「お、俺自分で脱ぎますから・・・・っ。」
と観念しかかった声が途中、何度かノイズとして耳に入ったが、気にしないことにする。
脱がすのも楽しみの一つだしねぇ。
「あかん・・・。恥ずかしすぎる。」
男は、部屋の明かりを消さないままに、その裸をじっと見下ろしているアタシに抗議とも独り言ともつかない台詞を絞るような声で投げる。
大きめの手のひらが、開いて顔全体を覆っている。
もしかして・・・。
「なんか、すんごい遊んでる風なこと言っておいて、実はあんまり経験なかったりする?」
思わずマジな顔になってしまう。だとしたら、寒いよ?アンタ・・・。
くっ、となんだか唇をかみ締める勢いで、男は顔を隠したままに、そっぽを向いて、
「普通より、多いですっっ!」
と、力説した。
「両手で足りるくらい?」
おもしろ半分でからかうように聞いてみると、
「・・・・。」
男は身体も横にして、丸くなろうとする。「あー・・・もー。いやや。」とかなんとか、ブツブツ口の中で呟いている。
手からはみ出した耳は、真っ赤に染まった。
「ホントは、経験人数なんて、多くない方がいいに決まってるんだから、いいじゃない。ま、とはいえ、アンタの場合は、その分続いてるわけでもないみたいだから、可哀想としかいいようがないけど。」
慰めるつもりが、笑いに乱れて、声がよれる。だめだ、結局ぶっと思い切り吹き出してしまった。
いやいや、笑っちゃいけないんだけどさ。でもさ。
「なんでそんな遊び人風を装う必要があるわけ?寧ろ自分から可能性減らしてるじゃないの。」
あんまりに、アホ過ぎると思わない?
「なんか、重たいやないですか、好きになってますよー、みたいなん。全面に出したら。」
だから、軽い振りで誤魔化して撃沈してるって??だめだ、イカン。
「笑いすぎですよ、オリヴィエ様。」
むぅ、と唇を尖らせて、チャーリーはぱたりとこちらに身体を向け直して、顔を隠すのを止める。
尖らせた唇に軽く唇をちゅ、と合わせてから、額を吸いつつ、その上半身を抱いて、ずりずりとベッドの真ん中に移動させる。アタシが服を着たままなのが気にくわないのか、チャーリーがぎこちなく、服を脱がそうとアタシの下で藻掻き始める。
「くすぐったい。やめてよ。」
アタシは笑いながら、自分でシャツだけを脱いで、そこらに投げた。
「オリヴィエ様って・・・華奢なのは肩だけなんですね。」
「肩だけとは失礼な。他の部分にも筋肉はできるだけつけないように気を使ってるわよ。マッチョなんて美しくないじゃないのさ。」
くす、と仕方なさそうに笑う顔は、なかなかいい男風だ。生意気な、とアタシも笑う。
仕返しに、ペロリ、と胸を舐め上げて、乳首を吸う。
「うぁっ!ちょぉ・・・・待・・・っ。」
大して技らしきものを使っていないのに、早速チャーリーはギブアップしかかる。そんなのにいちいち取り合ってたら、とても「一晩」が終わらないと考えて、アタシはそういう抗議はシャットアウトすることに決め、続きに取り組む。
柔らかく吸ったものを、一度外気に晒して、舌先でそれを押しつぶす。
「んんんっっ!!」
悲鳴のように高く上がった声と、力一杯瞑った瞼をちら、と視線を持ちあげて確認し、本気で、されたことないのかぁ、とちょっと気の毒になる。まあ、誘ったのはアンタだし、アタシが同情するのも変な話ではあるが。
ちゅぅ、ともう一度吸い上げてから、脇腹に唇を落とす。あばら骨の形を舌先でなぞって、臍へ。背中を両手で抱いて、少し持ちあげるようにすると、下腹に落としたキスに反応して、チャーリーの身体が綺麗にアーチを描いて反り上がる。
「ふっ・・・なんか、ちょ・・・・まだ何もしてへんのに・・・。」
そうねぇ、反応はちょっと大げさすぎるかしら。小刻みに震えているように見える身体は、「怖い」のか「気持ちいい」のか。
「どっちかしらね?」
笑いながら、今度は足の付け根にキスを落とすため、背に回した両手を腰骨に移動させる。
「な・・・にと・・・何がですっ?んっ!」
息が上がりすぎだってば、と、左手を茂みの中に探り入れながら、右手でチャーリーの左足を開かせ、持ちあげる。
「あ、あかり消してください!やっぱ、ちょっと・・・なんか!!」
焦ったように、口元を片手で押さえながら、喚かれ。
「ごめん。なんか言ったー?聞こえない。」
アタシの指先はくるくると既に頭を擡げているそれの周りを周回してから、きゅっとそれを一気に扱く。
「あっっっはぁっっ!!!」
あ、って・・・。すぐに達してしまいそうなそれを、ぎゅ、と根本に指を絡ませて、先に舌を這わす。出口の小さな穴に、舌先を擦り付けるようにすると、チャーリーはアタシの頭を両手でやんわりと掴む。どいてくれって?力ずくでどけないのは、アタシが守護聖だから遠慮してるのかしら?
アタシはそれ越しにチャーリーの何かに耐えるように、ふるふると震える顎を眺めて言った。
「やめないよ?」
「しげき・・・強すぎ・・・ます・・・て!」
抗議の声はせっぱ詰まっている。そうか、強すぎるのか、と。今度は、ぱく、とそれを口に含む。ビクン、ともう一度身体が跳ね上がってアーチを作る。
「んんんっ!ふ・・・ぁ・・・も、もうっっ!!」
「ま・だ☆」
アタシは絡めている指に力を込める。唾液と先走りで濡れそぼったそれと指が強くこすれ合ってギチュッと卑猥な音を立てた。
「うっ・・・はっ・・・・んぅっ・・・」
必死に堪えたような、くぐもって断続的に上がる声をBGMに、形をなぞるように一通り舐め上げる。少しこちらにそれを傾けて、裏側を舌先で刺激した。
「あうっぅっ!!も、もう、無理ですって・・・オリヴィエ・・・さ、まぁっっ!!」
アタシの頭を掴む指は、ふるふると震えながら、すがるように、少しだけ力を増す。
「しかたないわねぇ。」
アタシは、唇でそれを刺激しながら、指を緩める。少しずつ。
「ぅ・・・はっっあああ!!!」
解放されるとほぼ同時にはじけるように白濁としたものがそこから噴出し、アタシはそれの根本付近を左の親指で刺激しながら、溢れたモノを飲み下す。
「んんっ!もうっ!や・・・めっっ!!はっっ・・・!!」
達した後も続けられる刺激に耐えかねて、チャーリーは身を捩ってそこから抜け出そうとする。アタシは悪戯心で、肘を使って、その両足の腿を押さえ込み、そこにしつこく舌を這わせた。
「んーーーー!!!!」
いやいや、と思い切り振られた頭と上半身に、アタシは苦笑しながらそれを解放する。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・・ん・・・。」
呼吸を整えながら、高ぶった身体の神経を必死に休ませようと集中するチャーリーは目を瞑って、すっかり自分の内部のことに必死らしい。
「あらら。アタシはまだこれからだからね?」
そこで高ぶりを抑えられちゃあ困るのよ、とチャーリーの左の二の腕を、こちらの左手で掴んで、ぐい、と引く。ほとんど力はいらない。勢いと体重だけで、チャーリーはくる、と綺麗に俯せになる。
「や、やっぱし・・・本気ですか・・・。」
今更何を言ってるのかね、ワトスン君。突然降臨したホームズはともかく、アタシは失笑する。
「これで終われるわけ、ないでしょ?」
お気に入りの宝石満載のベルトを、我ながら器用な動きで片手で外し、その上にのしかかって脱力する。肌と肌が密着して、そこから妙な安心感が生まれる。
「爪があるから。ゴムは?」
「スラックスの・・・ポケット・・・」
そのまま息絶えそうな声で、なんとか紡がれた声に、アタシはほいほい、と軽い調子で蹴飛ばした衣類の中から、それを見つけ出す。
「本気・・・ですか?」
俯せになって脱力しながらも、顎を精一杯引いて、腰元に乗り上げているアタシに懇願するような視線が送られる。微妙に寄ってしまった眉は、優男風の顔を情けないそれに仕立て上げていて。
「しつこい。」
アタシはそれを見下ろしながら、歯と爪先をつかってゴムの袋を破る。唾液をチャーリーの後ろに塗してから、袋から出したブツをそこにそっとあてがった。
じり、と一度。チャーリーは身じろぐ。
往生際の悪さは、彼奴に匹敵するかもね、やや呆れつつも、
「力、抜いてね。」
頭の後ろで囁きながら、指をそっと潜り込ませる。自身の肩の位置で、シーツを、ぐっとチャーリーが握り込む。
「・・・・っ・・・・」
案の定、息を詰めているチャーリーの硬い身体を、それ以上無理矢理に開くのは躊躇われて、
「息はいて。」
言いながら、背中にぴったりと肌をつけて乗り上げ、アタシも耳裏に向かって息を吐き出す。ゆっくりと。その吐息に反応して、チャーリーが上ずりつつも、息を吐く。
「っはぁ、ぁ・・・」
アタシはよしよし、と耳たぶに軽くキスをしつつ、少しだけゆるんだ内部に、指をにじらせた。
盛り上がった肩胛骨が、異物感に必死で耐えてます、とばかりに震えて。
空いている左手で、明るいグリーンの髪の中に指先を入れて、項を出させる。襟足をゆっくり、だんだんと強く吸い上げる。チャーリーの意識が散っている間に、私は内部をまさぐった。
「ふぁっ!!」
突然、甲高い声が上がって、思わずほくそ笑む。
今度は異物感に耐えるためではなく、快感に痺れたように細かく、チャーリーの肩や、頭が震えていた。
「見つかってよかったじゃなーぃ♪」
と、アタシは悪戯っぽく笑い、ぐい、と指先をそこに当てたままに、チャーリーの肩を引いて、再度仰向けにひっくり返す。
「うぁぁっ!!」
ゴリ、としこりを押し込まれて、チャーリーの悲鳴が上がる。
「痺れる感じがする?」
少しだけ潤んだように見える瞳に意地悪く吐息を混ぜて問いかける。
「はっん・・・っ・・・し、痺れてはいますけど・・・っへ、変な感じ・・・。」
上がった吐息を隠すように、チャーリーは唇をかみ締める。
・・・未体験ゾーンってわけ。
「それじゃ、変な感じじゃなくしてあげるわ。」
指を抜いて、代わりに自分の先端を少しだけ潜らせる。当たり前だけど、熱い。抱え上げた両の足の先が、怯えたように力が入る。
「大丈夫。無茶しないわよ。」
アタシは笑って、チャーリーの伏せられた瞼をじっとみて、動きを止めた。おそるおそる開かれた瞳に笑いかけて、安心させてから、ほんの少しだけ身体を進める。チャーリーが息を吐き、息を詰めたところで動きを止める。そうやって、ゆっくりと、チャーリーの中にアタシのすべてが収まるまで時間を掛けた。
「全部、入った。」
アタシがにこっと笑って、チャーリーの身体の上に乗る。ぴったりと合わさった胸元は、互いに汗ばんでしっとりと濡れていた。
「なんか、共同作業って感じ、ですね・・・。ほんまに・・・。」
ほっとしたのか、さっきまで必死に息を吐いたり止めたりを繰り返していたチャーリーも口元をほころばせた。
チャーリーの内壁が、脈打っているのが、ダイレクトに伝わってきて。じわぁ、と何かが這い上って、心を満たす。
どこか、惚けたようなチャーリーの顔つきと、潤んだ瞳。
ゆっくりと、腰を使う。チャーリーの内部の様子を探りながら。寄せて返す波のような互いの快感が、やがてぴたりと、重なり合う、その時を目指して。

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シャワーを軽く浴びて汗を流し、アタシはチャーリーの部屋に用意されていたバスローブを勝手に拝借する。後でアタシの部屋のものをもってきておけば、問題ないだろう。
冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を一つ、取り出して、簡単に喉を潤す。
窓から入る夜景の照り返しだけの、僅かな光りが、ベッドに俯せて寝入っているチャーリーの顔をうっすらと照らし出した。
アタシは、その出窓に腰を下ろして、片膝を抱く。

都会の夜景は、何故かアタシをノスタルジックにさせる。
幼い頃馴染んだ田舎の景色とは、似ても似つかない。この景色が・・・何故。
母がよくアタシが幼い頃歌ってくれた歌が、口をついて、小さなハミングを刻む。

遠くを想って意識が飛んでいこうとした処で、ベッドからごそ、と衣擦れの音がした。
「ショックやわ・・・。」
大して大きな声で歌ったつもりはなかったが、起こしてしまったらしい。チャーリーが上半身を起こし、シーツを身体にまきつけたままに、頭を乱暴にガリガリと掻いた。
「ショック?何が??」
「俺・・・、よくなかったですか・・・って何言うてるんやろ、俺・・・初めてやし当たり前やん。あー、つまり、なんで、その・・・オリヴィエ様は・・・」
ぼそぼそと聞き取りにくい声で、どこか明後日の方向に視線を彷徨わせながら、チャーリーは再度頭を掻く。
「どうしてアタシはイカなかったんだ?って話?」
苦笑しながら、アタシは聞き返す。くっ、と思わず喉が鳴る。
「・・・・まあ、そんなとこです。」
ぼふ、とチャーリーは起こした上半身を脱力させ、こちらを見たままに、横になった。
「ヤだったから。」
短く、淡泊に告げた言葉に、チャーリーが顔を枕に埋める。
「いいんですけど・・・慰めたいと想ったのに、慰められたのが俺やったなんて、ちょっとかっこわるいなあって思っただけなんで、いいんですけど!!」
と、誰にしているのか分からない言い訳が枕に埋めたままに叫ばれる。
「誤解しないでよ。アンタとするのが実はヤだったとか、そんなことじゃないってのは、本当は分かってるでしょ?」
アタシは立てた膝に腕を乗せたまま、チャーリーの方へ身体を向けた。
「・・・・。」
枕につっぷしていた顔が、ごろ、と寝返りをうって、こちらを見上げる。
「空しくなっちゃうのが、勿体ないって思ってさ。」
多分、あのまま最後までしてしまったら、空しくなってしまう気がしたのだ。だから、自分の方は、途中で終わりにした。
「空しい?」
「抱き合って、暖かくなって、お互いの温もりを共有してさ。・・・でも、最後までしちゃうと、なんかそれが一気にすっと吹っ飛んでっちゃう気がしてさ。急速に熱さがクールダウンするより、だんだん温くなってくほうが、いいでしょ?・・・だから。」
にこっ、と笑って、アタシは窓から降りる。
「いつもは、エチケットと思って最後までするんだけどね。」
笑って、ベッドに近寄り、マットレスに顎を乗せる。
チャーリーがらしくもなく、かっと赤くなるのを眺めて、アタシはにぃ、と笑った。

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誰が歌っているのだろう?
誰が叫んでいるのだろう?

なんでもないよ、と声がする。
どうしてそんなに、いつも、独りで。
今にも折れそうな、そんな表情で。
貴方は・・・笑っているの?

微かな歌声に誘われるように、うっすらと目を開ければ。
鼻歌を歌いながら、夜の灯火を受けて、髪をキラキラと輝かせている、麗人が窓辺に腰掛けているのが目に入る。
優しいような、悲しいような、伏し目がちな瞳。
また・・・そんな顔をしはるんや。
手を伸ばしたい衝動に駆られる、不思議な表情。でも、どれだけその表情が素敵だったとしても、やっぱりそんな顔をしているのは、良くないと思ってしまう。

むくりと起き上がって、なんと声をかけていいのか分からないままに、下らないことを沢山話した。おそらく。あまり覚えていない。
やがてその人は、俺のことを少しは気に入ってくれたような事を告げ、こちらに近寄って、悪戯好きな少年のような顔で、にっと笑いかけた。
その後の会話は、やけによく覚えている。

「吟遊詩人は、本当は・・・。」
「なんですって?」
「吟遊詩人は、本当は。青騎士と赤騎士を仲良くなんか、させたくなかったんじゃないかしら。きっと・・・いつまでも、三人で、馬鹿みたいに喧嘩したり笑ったりしてたかったんじゃない?」
「ふーむ。それが、実は。王様が吟遊詩人に歌を歌わせたのは、実は王様が吟遊詩人を好きで、3人の関係を壊したかったからなんですわ。」
「は?それじゃ、王様と吟遊詩人が結ばれてハッピーエンドなわけ?」
「ええ、まあ、吟遊詩人がその気になってくれたら、ですけど。」
「・・・。」
「ここでクイズです!さあ、誰の話でしょう〜♪・・・いでっっ!!何も殴ることないじゃないですかっっ!」
「今、適当に創作したでしょ。その話。」
「ははは・・・。ま、まあいいやないですか。で、この先その気になる可能性はありそうですか?」
「そんなの決まってるじゃない〜☆100%、ない!!」

その時見せてくれた表情が、物憂げな素敵な顔よりも、もっとずっと素敵な軽やかな笑顔だったので。

「むむむ!10%以上はあると見ました!明日メルんとこ行ってちょっと聞いてきますわ!」
調子に乗って俺は言い、
「どうだかねぇ。」
と、華奢な肩が竦められるのに、目を細めた。


終。
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